二話 魔法少女も生活保護を受けられるようにしてほしい。
はい、どーも桜庭可憐です。魔法少女です。
あんな一話を見ても二話を読もうと思った奇特な人。ありがとね。
さて、知っての通りあたしは中学三年生だ。受験生であり、思春期の女の子だ。
そんな奴が魔法少女をやるとどうなるか。
答えは簡単。やさぐれる。
学校で友達はろくにできず(そもそも十五歳にもなってフリフリのコスチュームで戦う女子と友達になりたい奴は控えめに言っておかしい)男子にもモテず、というか同年代の男子に恋をすることもなくなる。完全にあぶられたあたしは教室で一人机に突っ伏すしかないのだ。
しかし、そんなあたしに声をかけてくる奇特な奴もいる。
「可憐ちゃんおはよう」
振り向くとそこには隣のクラスの白井澪がいた。
「おっはー」
「どうしたの? 元気ないね?」
「これ見て元気ある奴がいたらそいつは人間じゃないと思うんだ」
言いながらあたしはすばやくスマホを操作してとあるまとめサイトを澪に見せた。
「『魔法少女クリムゾン・レッドのパンチラwww』……?」
「昨日グリムバグと戦ったときにオタクが撮ってたんだよ」
「あー……」
納得と気持ち悪さと憐れみが混ざった複雑な表情で澪はスマホをスクロールしていく。きっとそこにはあたしのパンツ、もといアンダースコートの写真がたくさんあるのだろう。見えてもいいものだけど、自分の下半身の写真をネットにあげられればたとえスカートの上からでも嫌悪感を示すと思う。
「見えてもいいのにね」
「そんなもんなだよ。男なんて、いやオタクにとってパンツと水着に差がないようにパンツとアンダースコートに差はないんだよ」
「そだね。こういうことする人たちだもんね」
澪はシュシュで一つにまとめたセミロングの髪を揺らしながらスマホ私に返した。
「そういえばさ……」
澪が私を見つめる。
「どうした?」
「今日って非番って言ってたよね……?」
魔法少女は通常学校が終わったらグリムバグの出現に備えて基地にいるのが当たり前だ。しかし、くさっても公務員扱いの魔法少女。超過勤務は許されないので週に二度非番の日がある。武蔵村山市にはあたし一人しか魔法少女はいないが、あたしが担当する武蔵村山市のグリムバグの出現頻度は週一回とさほど高くない。なので、グリムバグの出現を予想しながらシフトが組まれる。よって、昨日めでたくパンツをオタクに撮影されたあたし、もといグリムバグを倒したあたしは非番というわけだ。
「そうだけど――」
言ってから気付いた。澪にそれだけは言ってはいけないと。
「そ、それじゃあ、私の家に来ない? 今日誰もいないんだけど……」
あたしは自分の表情筋が凍りつくのを感じた。
澪は魔法少女という最凶の属性を持つあたしと友達でいてくれる貴重な同年代の女の子だ。しかし、彼女の家にだけは行きたくない。なぜなら
白井澪はガチレズなのだ。
かつて、魔法少女ではなかった頃のあたしは友達もたくさんいて、その中の一人が澪だった。しかし誰も彼女の本当の姿を知らなかったのだ。
何も知らないあたしは知らない間に食虫植物の中に入ってしまった哀れなハエのように澪の家に遊びにいってしまい――そして襲われた。比喩でもなんでもなく。ガチで襲われた。耳元で「ずっと可憐のことが好きだったの……」なんて囁かれながら体中を触られ、ここから先は十八禁というところで宅配業者が澪の家の呼び鈴を鳴らし、その隙にあたしは窓から脱出した。当時は魔法少女ではなかったので右足を骨折するという代償があったが、それでも逃げた。
本当ならそれで澪との関係は終わりだったはずだが、幸か不幸かあたしが魔法少女になり、孤立してしまったことで再び友達(仮)になってしまったのだ。
「そうだね――」
ぶっちゃけ言うと、澪と関わりたくない。
しかし、魔法少女になるという代償はあまりに大きく、友達を全て失ってしまった今、頼れるのは澪だけなのだ。あたしだって少し荒れたからといって「普通の中学三年生」だ。友達と恋バナだってしたいし、休日にはカラオケに行ったり、ボーリングに行ったり、洋服を買いに行きたい(貧乏だからお金ないけど)それに、魔法少女というメンタル絶対殺すマンな職業(でいいのかな……?)を続けるのには愚痴の一つ聞いてくれる友達がいないときつい。でも、澪に襲われて何もかも失うのは(ファーストキスは失ったけど)もっときつい。誰か助けて!
――キーン、コーン、カーン、コーン……
と、その時タイミングよくチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。
「そろそろ始業式はじまるから体育館に移動するぞー」
(ナイス! 先生!)
心の中でガッツポーズをした。
「ご、ごめんね澪。そろそろ移動するみたいだから」
「う、うん。わかった」
澪は頬を赤らめながらあたしに背を向け去っていった。
あぁ、なんてラブコメ展開なんだろう……澪が男子なら。
面倒な始業式を終えたあたしは逃げるように家路についた。澪に襲われることと、澪との関係を保つことを天秤にかけた結果だ。まぁ、今日一回くらいならさすがに澪との関係は断たれたりしないだろう。それに今日襲われたら疲れ(主に精神的なもの)も相まって「あっ……女の子でもいいかも……」ってなりそうで怖い。あたしはまだ十五歳だ。ノーマルから道を踏み外すにはまだ早い。
そんなこんなでチェーンが悲鳴をあげる塗装がはげて錆ついたボロボロの自転車に乗り、三十分かけて我が家へ。
「でも、これが我が家なんだよな……」
築約七十年。1947年に建てられた「えっ? 建築基準法とか大丈夫?」な二階建てアパートの一階、一番端の105号室があたしの部屋である。自転車を扉の横に止め、カギだけはやたら頑丈な紙より薄い扉をあけ中に入る。
「ただいま……」
出迎えたのは靴を三足も置けばいっぱいになる玄関。小さな台所に、このご時世に和式なトイレ、熱湯か冷水しか選択肢のない給湯設備がイカレたシャワー室、六畳の居間というお洒落(笑)なワンルームだ。
ローファーを脱ぎ、部屋にあがると、スクールバッグを放り投げる。制服のリボンをむしり取り、スカートを脱ぎ捨て、Yシャツのボタンを全て外して、畳に身を投げる。
「暑い……」
あんまり季節感ないけど今日は九月一日。絶賛夏である。もちろんこんなオンボロアパートにクーラーなんて文明の利器はなく(なんたってトイレが和式だからね!)、扇風機すら貧乏で買えないあたしはこうして毎日暑さと戦っているのだ。
汗が全身から噴き出してしっとりとあたしの体を濡らしていく。あっ、これなんかすごくエロいね。Yシャツに下着姿の中学三年生が畳にねころがる図。書籍化されたらイラストレーターさんにこのシーンは挿絵にしてもらおう(されない)。でも、そんなのありえないから読者の皆は好きなイラストレーターさんであたしのえっちな姿を想像、もとい創造しよう!
「つまんねー……そもそも貧乏であんまり飯食ってねーから胸もないし、ガリガリとはいわないけど、やせ過ぎてあんまりエロくないだろうし……誰得だよ……」
自分で突っ込みを入れて、私はのそのそと立ち上がりシャワー室へ向かった。
さて、前述の通りシャワー室のシャワーは熱湯か冷水の二択である。いくら温度設定をいじっても出るのは氷のように冷たい水か、芸人がつかる熱湯風呂より熱いお湯だけだ。適温のお湯なんてものは出てこない。早くこのイカレた給湯設備を直してください大家さん……
(頼む……冷水……冷水……)
体にまとわりつくYシャツと下着を脱ぎ捨て、シャワー室に入る。そして蛇口を捻り――
「熱ッ!!!!!!」
おおよそ十五歳の少女とは思えない声をあげながら、あたしはシャワー室から転がり出た。博打は外れたのだ。
「熱っ……シャワーの温度じゃねーぞ……」
お湯、もとい熱湯が触れた肩を見てみると真っ赤になっていた。
「うぅ……」
可愛い声を出したが、十五歳の少女が熱湯を被ってのたうち回る姿などありえない! あたしは芸人か!
仕方ないので、のそのそと立ち上がり、未だに熱湯が噴き出しているシャワーをお湯に触れないように止め(つか、湯気がヤバイ)台所へ。洗い場の蛇口をひねり、ヤカンに水を汲み、それを持ってシャワー室へ。そしてカップ麺にお湯を注ぐように、あたしは頭から水を浴びた。
「これが……貧乏か……」
両親が死んですぐに魔法少女になり、こんな生活を半年も続けてきたが限界だ。武蔵村山市から最低限の生活は保障されるからと魔法少女になったのに、支給されたのはこのオンボロアパートと光熱費、そしてスマホだけ。月々に支給される食費は一万円。グリムバグを倒してももらえるお金は五百円。生活はギリギリ、食べるものもロクなものではない……
「せめて生活保護が受けられればなー」
魔法少女は一話でも言った通り市の資金で運営されているので「公務員」扱いなのである。当然生活保護は受けられない。武蔵村山市はあたしという前例を元に、今後は魔法少女でも生活保護が受けられるようにしてほしい……
そんなこんなで、水を被ったあたしはしっとりと濡れた黒髪セミロングな髪を乾かし、冷えた体にだっさいTシャツを羽織って、畳に再びダイブした。
まぁ、なんていうか魔法少女はつらたんです。なので、夢の世界に逃げちゃいます。