上には上がいる
【第85回フリーワンライ】
お題:
消しゴムじゃ消せない
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
「――よって、ここに統一銀河連邦の樹立を宣言する」
後に、主要ネットワークはその瞬間を“銀河系が揺れた”と表現した。あるいはそれは、誇張などではなかったかも知れない。
同位通信による宇宙同時放送だった。かなりの長口上にも関わらず、宇宙史に残る出来事を注視し、宣言に万雷の拍手を送った。銀河規模の揺れが観測されてもおかしくはない。
次いで初代代表が統一銀河連峰のマークを紹介した。遍く星々を四本指の無数の手が包んでいる。
初代代表は両手を広げ、二つの顔に晴れやかな笑顔が浮かんでいる。誇らしげに胸を張り、背中の腕を連邦マークに掲げた。
「ご覧下さい。このマークの縁を。この言葉こそ、我らの出発点なのです」
マークの外側には連邦主要種族の古語が刻まれていた。その古語は『上がある』という意味だった。
「こう言うと、種族主義となじられるかも知れませんが、言葉の意味するところは宇宙共通の概念であります。
遙かな昔、我々の種族の遠い先祖が絶滅の危機に瀕していた時代、今では“はじまりの洞窟”と呼ばれる場所に刻まれていた言葉です。その傍には言語の参照表も残されていました。
おわかりですか? これは、我々ではない“何者か”が、我々に向けたメッセージなのです。
この言葉の存在によって、我々は上へ上へと“何者か”を目指し、発展し、遂には銀河の平定にこぎ着けたのです」
それは彼らの誇りだった。超越者が彼らを見ているのだという。
しかし遂に、銀河を収めてみても超越者の姿はどこにも見当たらなかった。
それを彼らは、宇宙には「次の段階がある」のだと解釈した。超越者はいつまでも彼らを教え見守る先導者であった。
*
船窓の向こうにある青い星を見下ろしながら、この船の絶対君主の言葉を思い出した。
「上陸は許可出来ない」
地球型惑星を求めて遙々銀河を渡ってきたのに、地を踏みしめることすら許されないとは。
「ここは発展途上の惑星だ。地表に降りた時の原生生物への影響は計り知れない。気紛れに道端でピクニックをするようなわけにはいかないのだ」
「しかし」
「しかし、ではない。着陸の痕跡を消しゴムで消すように消し去ることは出来ない。探査プローブを下ろして最小限の観察に留める。以上」
探査プローブは惑星に存在する物質を走査し、一から作り出す。投下後は放棄することになるが、時間経過によって地表と同化する。実にクリーンな装置だった。
作業に着手したのが一年前。プローブを降下させたのが八ヶ月前。あと一週間ほどで惑星全域の調査が完了する見通しだ。
白く染まった大陸を見やる。惑星は氷河期を迎えていた。地球がそうだったように、地上の生物は死滅しかかっている。彼は古生物学者だった。古代の地球へタイムスリップすることは不可能だが、酷似する環境を観察することは可能で、そのチャンスはすぐ目の前にあった。
こんな機会はそうそうあるものではない。彼は意を決すると、探査プローブの一つをハッキングした。
プローブの現在地は大陸沿岸部だった。知性の芽生えを感じさせる四指三本腕の歩行生物の集団が、生存を賭けた縄張り争いをしている。その集団の一つが飛び抜けて強力らしく、安全な洞窟を確保するところを観察出来た。
だが、洞窟内も決して暖かいわけではないし、食料の確保が出来なければその集団もやがて死に絶えることだろう。当代で抜きん出た集団でも、生き残るのは困難なのだ。
そんな集団を見ている自分は、あのアフリカで絶滅を免れたホモ・サピエンスの末裔なのだと思うと、どこか皮肉な思いを覚えた。
彼は子細な記録を付けたあとで、茶目っ気を出した。なぜかはわからないが、抗えない衝動に従って、プローブの外部端子で洞窟に他愛もない落書きをした。
実のところ、そんな彼の行動は遺伝子レベルに巧妙に隠された悪戯の発露なのだが、勿論彼がそんなことを知るはずもなかった。
『上には上がいる』了
超越者にとっては何気ない行動でも、超越者たり得ない者には途轍もない意味が生じたりする感じ。勘違いの連鎖というかバタフライ・エフェクトというか。
あちこち削ってもっとすっきりさせた方が話はわかりやすいだろう。まあ時間制限のあることなんで仕方ない。
基本は「路傍のピクニック」ことストルガツキー兄弟の『ストーカー』リスペクトで、統一銀河連邦初代代表は“あの”銀河帝国大統領オマージュ。洞窟のくだりは星野之宣版『星を継ぐもの』のイメージ。