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夜の前に

 その旅芸人がオレのいる村にやってきたのは、秋の収穫祭が終わった、次の日のことだった。

 その旅芸人は、リュートを背負って、大きな茶色いカバンを肩にかけていた。身なりは決していいとは言えないが、旅をしてきた割には小奇麗にしていて、何よりフードを取ったその顔は、とても印象的だった。

 オレは、こいつを見て、ひとまず「綺麗だ」と思うほか無かった。瞳は深いアメジスト色で、髪は闇を糸にしたかのように黒い。整った顔立ちで、細めの身体。歳は十二歳くらいだろうか。旅芸人として、一人で旅するにしては、まだ幼い。しかし、その動きには、しばしば優雅さが窺える気がする。ただの旅芸人には見えなかった。

 この辺境の土地に、何をしに来たのかと村の人々が尋ねた。

物語(ウタ)を歌いに。理由は特にないよ。足の向くままに歩いてきたから」

 旅芸人は、そう答えた。水晶のように澄んだ、よく通る声だった。

 それから、その旅芸人は「宿はある?」と尋ねる。様子を見に来ていた村長が、首を振る。

「そっか……。じゃあ、どこか泊めて貰える所はある? それから、今日の夜から何日か、ここの広場で公演(ショー)をやりたいんだけれど、いいかな?」

 収穫祭が終わり、もうしばらくすれば冬だ。村の人間の仕事は少なくなってきている。

 それに、この村にはあまり他所から人が来る事が少ない。

 村長は、ぜひそうして欲しい、自分の家でよければ泊まって行くといいと言った。

「よろしくお願いします」

 その旅芸人はぺこりと頭を下げて言った。

 村長が去ると、次は子供たちが彼の周りに群がって、質問を浴びせる。

 どこから来たの? どんな所へ行った事がある? 何で旅芸人になったの?

 その旅芸人は、困ったように笑って、それらに答えた。

「どこからだろうね。いろんなところを歩いてきたから。ああ、でも、この村の前には、×××国にいたよ。もう、大概の国はまわったかなぁ。旅芸人になったのは、物語(ウタ)がすきだから。それに、旅もね。旅をするのに、丁度いい職業だからかな?」

 オレは、同年代の子と混じらず、少し遠くからそれを見ていた。

 その旅芸人は、話を聞いていても、仕草を見ていても、とても不思議な感じだった。

 そして、オレはこの不思議な旅芸人の物語(ウタ)を早く聞いてみたいと思った。



◇◆◇◇◆◇◇◆◇



夜になって、焚き火を囲んで、村人全員で話を聞く事になった。

旅芸人は、静かにリュートを構えて、いくつか音を鳴らす。焚き火の爆ぜる音しかない静寂の中、そのリュートの音は神秘的に響く。

 やがて、その音は何時の間にか音楽になっていた。

 溢れ出す音楽。オレは、その音の波に飲まれていった。

 ふと、音楽の波が弱まる。

 その音楽の波の上に、旅芸人の澄んだ声が物語(ウタ)を紡ぎだす。


「それは遥か昔の出来事―――

 ここより東の国での物語

 教会の小さな孤児院に 一人の少年と一人の少女が暮らしていた

 幼き少年の名はアーサー 

焦げ茶の髪に 琥珀の瞳 この物語の主人公

 幼き少女の名はフィアナ

淡い茶色の髪 エメラルドの瞳 世界を支配し得る力をその身に宿す

二人は互いに惹かれ合い 互いに共にいることを神に誓う

 “自分は君をかならず守る。命の尽きる、その日まで”

 幼い二人は誓いあう

されど彼らの望みは果たされず 二人はそれぞれ別の地へ

 アーサーは鍛冶屋のもとへ  剣を創る者となる

 フィアナは王家のもとへ 全てを支配し得る力を使い 国を担う柱となる

 時は流れ その五年後―――


 物語はそこから始まる」



 オレは、その旅芸人の話に引き込まれていった。


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