№3
「はははっ。止めておいた方がいい、君はべビィーの蹴りには耐えられなさそうだ」
スノーはほぼ義務的に笑った。
「んー、蹴りなら大丈夫かも。博士で慣れてるし。あ、でも、あんまり痛い思いはしたくないかな……」
はっきり言って、御免だ。
「だったら止めた方がいい。あそこが潰れそうな蹴りだから」
さらりと恐ろしいことを言う。
ベイビードールって、本当に男なのかな。自分も同じモン持ってるくせに、容赦ないってちょっと恐い。ますます敵にしたくないな。
「っというか、『博士』って誰のことだ?」
スノーは当たり前な質問をした。
「博士は博士だよ。俺と玲の義父さん。まあ色々な事情があって、今は一緒に暮らしていないけどね」
「さっき『蹴りなら』とか言ってたけど。虐待されてたのか?」
「そういうわけじゃないよ」
鈴はその後すぐに「多分」と付け加えた。
すると、後ろから「おーい!」と叫びながらパンツ一丁でやってくる、いかにも変態そうな奴がやって来た。コレスティーノだ。
彼はまっしぐらにスノーのところに来ると、こう言った。
「聞いてくれん?スノー。さっきそこで水浴びしとったら……」
コレスティーノはザリガニを指した。ザリガニは、コレスティーノの下腹部にある『何か』をはさんでいる。
「不潔な」
ベイビードールは吐き捨てるように言った。
「お気の毒。俺が取ってやるよ」
スノーは面白がってザリガニを引っ張った。
「あぁぁぁ!! いきなり痛いやんかっ、スノー!!」
涙目でコレスティーノは訴える。
「でもほら、取れただろ」
スノーにその訴えは伝わらなかった。
「ちょっと、そこにいるあなた」
玲はコレスティーノにつかつかと歩み寄り、愛用の武器『スクラマサクス』を彼の眼前に突き付けた。
「そういうのは鈴の目の毒になるから止めてくれる?」
コレスティーノはわざとらしく肩を竦め、「わぉ。これは友達になりたいっていう挨拶やな」と言う。
「いや多分、お前キモいから近づくなって挨拶だ」スノーが冷静に言った。
「そんなことないで、友達になろうって言ってるんや」
ベイビードールは溜息をついて呟いた。「お前のそのポジティブな考えは一体どこから来るんだ」
「玲っ」
鈴は慌てて玲に駆け寄った。
「僕は平気だよ。だから君は気にしなくていいんだ。それより僕は、玲がこんな奴―――コレスティーノ―――の近くにいるってことの方が嫌だ」
そう言って、鈴は玲を抱きしめた。
「俺の言うこと分かってくれるよな? 玲」
「え? あ、その……う、うん」
すると周りが赤や青やピンクや紫など、色とりどりになっていた。それはルピナスの花だった。一瞬にして辺り一面花畑になってしまった。
「ふむ。お前たちの愛がルピナスを咲かせたようだな。生命が繁殖を繰り返すのは一なる元素だ。それが愛だ」
「俺とべビィ―の時は咲かないよね」
「俺はお前のことが大嫌いだからな」
「はいはい。今はっきりと分かりますった」
「俺のベイビードール様への愛は強いで!!」
コレスティーノが負けじと言う。そこは皆スルーした。玲と鈴は訳が分からず困惑している。
「ねえ、コレスティーノ。鈴って可愛いと思わない?」
出し抜けに玲が言った。
「いや。俺はベイビードール様以外、可愛いとは思―――」
「お前たち凡人の身には分かるまい、一なる元素の神聖さを。しかし、いずれ分かる時がくるであろう。無幻の力はそれを教える」
そう言うとベイビードールは近くにある、崩壊した石像に一瞥をくれた。
「玲、鈴。よく見ておけ。―――さあさ、思い出してごらんなさい」
石像はゆっくりと徐々に砕け散った欠片を繋げ、壊れる前の姿に戻っていった―――。