№4
翌朝からクリスの頭を悩ませる出来事が起こった。鈴が妙に不機嫌でブスッとしている。原因はそう、コレスティーノだ。―――あの豚男め。
コレスティーノは今朝も、「おはよ~さん、そしてこにゃにゃちわ~」と意味不明な言葉を発しながらベッドに忍び込んで、玲を驚かしていた。
「きゃっ! 何この変なおじさん! ……殺すわよ?」
玲はコレスティーノの顔面にパンチを一発お見舞いした。そしてその時、クリスがあることに気付く。
「ん~……」
鈴が眉間にしわを寄せていた。
クリスはこれはまずいとばかりにコレスティーノに静かにしてくれと頼む。
「えっ? どうしたん? 何かあったん?」
コレスティーノは全く注意を聞いていないのか、それともわざと大声で言っているのか……。
クリスは恐る恐る鈴の方に顔を向けた。
「………」
鈴は喧嘩を売るようにクリスたちをガンつけていた。玲もやばいと感じたのか、クリスの手をとり、そっと握った。クリスも玲の手を握り返す。
「なんや~、鈴えらい不機嫌やな。寝起き悪いんか」
コレスティーノは何も知らずひょうきんに笑っていた。反対に、クリスと玲は顔を強張らせている。
「鈴、あのさ」とクリスが呼び掛けた瞬間。
「………何?」
鈴は神経を集中させ気を高めて、魔法を発動させやすいような体制をとっていた。だが、無論ここではそんなことはできない。鈴はますます腹が立ったのか、地団駄を踏んだ。
「ちょっと鈴、いい加減にしなさい!」
玲が鈴をたしなめる。
「何? 玲。俺に構ってほしいの?」
鈴はつかつかと玲の元へ歩み寄ると、玲に口づけをした。
「なっ……?! 何するのよ鈴っ!!」
玲は顔を真っ赤にして鈴を引き離す。「いい加減にしないと監禁するわよっ!!」
「できるもんならしてみれば?」
鈴はフッと微笑んだ。玲は肩を上下させながら「鈴のバカっ!」と叫ぶ。
騒ぎを聞きつけてやって来たスノーとベイビードールは、どうしたんだと言いたげだったが、巻き添えを食らうのは嫌だったので、じっと遠巻きに見ている。フローラはと言えば、そんな鈴に癪に障ったのか「クリス、今すぐそのガキの舌を切るか殺せ」と、平然と言い放った。
クリスは、鈴を何とかしなければと思った。鈴は寝起きが悪く、誰かに起こされるとすぐに怒って不機嫌になり、玲が話に絡むと上機嫌になるのだ。
「何か凄いことになってんなぁ。もしかして修羅場ってやつ? ……ま、そんなこと俺には関係ないか。よーし皆、朝食食べ終わったら海行くで」
根本的な原因を作った彼は鼻歌を歌って上機嫌だった。暴走する鈴を止めるクリスと玲の苦労などお構いなしだ。
「海……?」
鈴はすっと目を細める。
「そや、海やで!」コレスティーノはにっと笑って言った。
ヤバイ、とクリスたちは思った。今の鈴ならツーハンデットソードでコレスティーノを殺しかねない、と。だが鈴は『海』という言葉を聞いた瞬間、目を輝かせて言った。
「玲っ、クリス兄! 早く行こうよ!」
どうやら目が覚めた―――正気を取り戻した―――らしい。自分の行動を振り返らない言動である。そんなことなら「海行こうね」と言っておけば良かったとクリスは後悔した。
一方。事情を詳しく知らないスノーたちは「何だこのガキは」と思った。それを見透かしたのか、玲が疲れた様子で言う。
「朝起きたばかりの鈴は、タチが悪いのよ」
日常的に玲がブチ切れて剣を振りかざすため、中々気付かれないが、本当にタチが悪いのは寝起きの鈴だったりする。
「海かぁ。べビィ―も行く? 久しぶりに海水浴としゃれこもう」
スノーは乗る気満々だったが、ベイビードールは全然乗る気ではないようだった。