鏡の向こうの世界では
「薫(かおる)! 俺はお前のことが好きだ! ずっと……好きだった! 付き合ってくれ!」
俺は、ずっと胸に秘めていたことを薫に叫んだ。しかし、薫から返ってきた言葉は……。
「ごめん、お前にだから言うけど、俺、男が好きなんだ。お前のことは大事な親友だと思ってる」
こうして衝撃の事実と共に俺の初恋は見事に玉砕した。
俺の名前は敷島 晶(しきしま あきら)! 男勝りで名前も男っぽいってよく言われるけど、正真正銘の女だ!
「はよっ! 薫!」
俺は登校途中、前を歩く大きな背中をばしっと叩いた。
「お、晶、はよ!」
こいつは舞野(まいの) 薫。俺の幼なじみで親友。
「昨日のサッカー観たか?」
薫はいつもの調子で言う。
「もち! 惜しかったよな~!」
こんな他愛ない会話が俺は好きだ。でも……俺はその先に一歩進みたいと思ってしまった。
だから、告白した。結果はご存知の通り。
俺は告白の後、学校のトイレの鏡を見る。髪の毛はショート。でも胸は膨らんでいる。俺はため息をついた。
「俺が男だったらなぁ……」
『なら、なってみる?』
「え?」
鏡から声がした気がする。まさかと思って鏡を触る。
『ふふ、混乱してるわね』
鏡の中にいる自分が確かに口を動かして喋った。
「うわっ! なんなんだ!?」
『考えたことない? 鏡の向こうにも世界があるって』
え、つまり鏡の向こうの世界にいる俺が話しかけてきてるってことか?
『ちょっと理解したみたいね』
信じがたいけど、実際こうして喋ってるわけだし……。
「……その鏡の向こうの世界にいる俺がなんなんだよ」
『鏡の向こうの世界に行ってみない? って言ってるの。私と立場を交換するの。男になれるわよ』
男に……? そうしたら薫にも……。でも……。
「お前はなんでそんな話持ちかけてくるんだ?」
鏡の俺は少し切なげな顔をしたあと笑った。
『私にも、叶えたいことがあるの』
「……」
こいつの目的は不明だけど……でも……俺の願いが叶うなら……!
「行く!」
鏡の俺は、にこっと笑って
『契約成立ね』
そう言ったら鏡が光だした。
「うわっ!」
眩しさに驚いて目を閉じる。そして再び目を開けると……。
そこには学ランを着た俺が鏡に映っていた。でも……髪の毛長い……。なんでだ?
とりあえずそれは置いといて、胸をぺたぺた触ってみる。無い。
「……」
トイレの個室に入ってアレを確認する。……ある。
「……よっしゃあ!!」
俺は男になれたことを喜んだ。
とりあえず家に帰ると母さんに
「あんた喋り方変えたの?」
って変なことを言われたから
「ちょ、ちょっと気分転換」
と誤魔化しておいた。そういや鏡の俺は女っぽい喋り方してたな……。まあいいか。
次の日、登校中に薫を探してみるが見当たらない。どこだ……? と思っていると、いきなり背中を叩かれた。
「おいっす! 晶!」
鈴を転がしたような可愛らしい声。でもこの喋り方……。
振り返ると小柄な女の子がいた。でもすぐにわかった。薫だと。
「(薫……女の子になってんじゃん……。確かに俺が男になってたら薫が女の子でも不思議じゃない……)」
「何ぼーっとしてんの?」
「あ、ああ……なんでもない……」
薫の言葉に俺は慌てて取り繕った。
「昨日のドラマ観た? キュンキュン度ヤバい回だったよね~!」
「あ……観てない……」
「え……晶、欠かさず観てたじゃん……」
あ、こっちの俺はそうなの?
「しゅ、宿題わかんなくていつの間にか時間経ってて……」
「めっずらしー」
この感覚……やっぱり薫だ。どうでもいいことを話して楽しむ。女の子になっても薫だ。
決めた。今日告白しよう。善は急げだ。
「そういえば晶、喋り方変えた?」
「ん、んん……まあ、気分転換」
「へぇ~」
そうして放課後、俺は薫を学校の中庭に呼び出した。
「晶、どうしたの?」
「薫……俺……」
俺は薫に向かって叫んだ。
「俺、薫のことが好きだ! 付き合ってくれ!」
そう言うと、薫は少し悲しそうな顔をして言った。
「ごめんね、晶。前にも言ったけど私、女の子が好きなの。だから晶の気持ちには応えられない」
「え……」
ああ……そうか……元の世界の薫が男が好きなら、この世界の薫は……。どのみち……叶わない恋だってことかよ……。
そんな俺に薫は告げる。
「でも、晶は私の大事な親友だよ。それは変わらない」
その言葉に俺は気づいた。薫は薫だなって。
学校のトイレで俺は鏡に向かって話しかける。
「なあ」
『なあに?』
鏡の俺は応える。
「知ってたんだろ? こうなるって」
『……うん』
「ならなんで……」
鏡の俺は悲しそうに笑う。
『私も、可能性ってものを信じたかったから』
ああ、まったく……。
「お前もどうしようもなく俺だな」
「よっす! 薫!」
登校中の俺は薫の大きな背中を叩いた。
「なんだ晶、元気じゃん」
「ずっとへこたれる俺じゃないの」
「確かに」
薫は笑った。
俺は結局、元の世界に戻った。鏡の俺も同意した。
鏡の世界に行っても、根本的な解決なんてしない。俺はそれを知ったから。
消極的な理由だけど、俺はこの世界で生きていく。
「なあ薫」
「? なんだ?」
「俺はお前の大事な親友だろ?」
薫は笑う。
「ああ」
鏡の向こうの世界には、もう行かない。




