背中を預ける
休憩を終えた商隊は、再び王都へ向かって歩き始めた。
午後の日差しが木々の間から差し込み、
街道には穏やかな空気が流れている。
ローディスは商人たちと談笑しながら歩いていた。
その少し後ろでは、
カイルが変わらず周囲へ鋭い視線を向けている。
だからこそ、その異変にはすぐ気付いた。
「……止まれ」
低い声だった。
しかし、その一言だけで商隊全体の空気が張り詰める。
ローディスもすぐに笑顔を消した。
「何かいる?」
「ああ」
カイルは森の奥を見据えたまま、小さく頷く。
「三体」
「ゴブリンか」
「いや、もっと大きい」
短いやり取りだったが、ローディスはその声色から、
カイルが冗談を言っていないことを悟った。
同時に、こちらへ警告を投げるだけでなく、
すでに次の動きを考えているのだと分かる。
その直後だった。
茂みを掻き分ける音が響き、一匹の魔物が飛び出してくる。
灰色の毛並み。
鋭い牙。
大きな狼によく似た魔物だった。
続けて二匹。
商人たちから悲鳴が上がる。
「皆さんは荷馬車の後ろへ!」
ローディスが声を張る。
商人たちは慌てて身を寄せ合った。
その間に、カイルはすでに剣を抜いていた。
迷いのない動き。
狼型の魔物が飛び掛かる。
しかし次の瞬間。
鋭い一閃が空気を裂いた。
魔物は悲鳴を上げる間もなく地面へ倒れる。
(速い……)
ローディスは思わず目を見張った。
無駄が一つもない。
元騎士という話は本当らしい。
残る二匹が左右から襲い掛かる。
ローディスは短剣を抜き、素早く一匹の前へ回り込んだ。
「こっちは任せて!」
声を掛けると、カイルが一瞬だけこちらへ視線を寄越す。
それは了承とも警戒ともつかない、短い確認だった。
だが次の瞬間には、もう魔物へ意識を戻している。
ローディスもそれに応えるように、目の前の敵へ集中した。
魔物が爪を振るう。
身体をひねってかわし、そのまま足元へ滑り込む。
一撃。
二撃。
体勢を崩した隙へ、最後の一太刀を叩き込む。
魔物は小さく唸り、その場へ崩れ落ちた。
「あと一匹!」
声を上げた瞬間だった。
最後の魔物はカイルへ向かうと見せかけ、
不意に進路を変え、荷馬車へ飛び込もうとする。
「しまっ――」
商人たちの顔が青ざめる。
間に合わない。
そう思った次の瞬間。
ローディスは地面を強く蹴っていた。
身体が勝手に動く。
荷馬車の前へ飛び込み、魔物の突進を受け止める。
衝撃で地面を滑りながらも、その進路だけは逸らした。
「ぐっ……!」
腕へ鋭い痛みが走る。
それでも離さない。
その一瞬で十分だった。
「下がれ」
低い声と同時に、カイルが横へ踏み込む。
振り下ろされた剣が陽光を反射する。
魔物はそのまま倒れ、静かに動かなくなった。
辺りへ静寂が戻る。
「終わった……」
誰かが呟いた。
張り詰めていた空気が一気に緩み、
商人たちから安堵の息が漏れる。
「助かりました!」
「ありがとうございます!」
何人もの商人が頭を下げた。
ローディスは照れくさそうに笑う。
「皆さんが無事なら良かった」
その時だった。
「腕を出せ」
隣から静かな声が聞こえる。
「え?」
「怪我をしただろ」
ローディスは自分の左腕を見る。
袖が少し裂け、薄く血が滲んでいた。
「あ、本当だ」
本人は今まで気付いていなかった。
「これくらいなら――」
言い終わる前に、カイルが救急用の包帯を取り出す。
「座れ」
「いやいや、自分で巻けるって」
「届かない」
「え?」
「利き腕じゃない」
言われて初めて気付く。
確かに少し巻きづらい。
「……お願いします」
素直に腕を差し出すと、
カイルは手際よく傷口を消毒し、丁寧に包帯を巻いていく。
動きは驚くほど慣れていた。
「騎士って、こんなことまで習うんだ」
「仲間の応急処置くらいはな」
包帯を結び終えると、カイルは静かに立ち上がる。
「無茶をするな」
その一言に、ローディスは苦笑した。
「商人さんたちが危なかったから」
「……止める暇もなかったな」
カイルはそう言って、わずかに眉を寄せる。
責めるというより、
次に同じことが起きた時のために警戒しているような顔だった。
ローディスは肩をすくめる。
「お前は毎回そうするのか」
「……うーん」
少し考えたあと、ローディスは照れ笑いを浮かべる。
「たぶん」
その返事を聞き、カイルは小さく息を吐いた。
「困った奴だ」
呆れたような口調だった。
けれど、その瞳には責める色はない。
ローディスはその表情を見て、少しだけ笑う。
(この人、怖い人じゃないな)
口数は少ない。
愛想もあまりない。
それでも、誰よりも周りを見ていて、ちゃんと仲間を気遣える人。
さっきまで少し身構えていた気持ちが、
いつの間にか和らいでいるのをローディスは自覚した。
そんなカイルに対する印象が、
ローディスの中で少しずつ変わり始めていた。
一方のカイルもまた、
包帯を巻き終えたローディスを静かに見つめていた。
商人を守るため、迷わず飛び出した背中。
痛みよりも先に他人を心配する優しさ。
無鉄砲だと切り捨てるには、あまりにも真っ直ぐだった。
危うさはある。
だが、
その危うさの中に、こちらを信じて動いたような気配もあった。
その姿は、どこか危うくもあり、目が離せなかった。




