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新しい旅のはじまり

 

 山道を吹き抜ける風が、金色の髪を優しく揺らした。


 ローディスは肩へ担いだ荷物を軽く持ち直し、小さく息を吐く。


 振り返れば、辺境の森が静かに広がっていた。


 その奥には、小さな木造の家がある。


 煙突から立ち上る白い煙。


 薬草畑。


 窓辺で揺れる小鳥。


 そして、そこへ帰っていく二人の姿。


 思わず笑みがこぼれた。


「……本当に、良かったな」


 自然と口から零れた言葉だった。


 十年ほど前、恋人を探して世界中を歩き続けた青年がいた。


 誰よりも強く、それなのに誰よりも危うかった男。


 何度止めても止まらず、何度傷付いても立ち上がり、

 ただ一人の恋人だけを探して歩き続けた。


 そんなフィリックスが今は、穏やかに笑っている。


 恋人の肩へ上着を掛け、熱いお茶を冷まし、

 何気ない会話に少し照れたような顔を見せる。


 あれほど荒れていた男が、ようやく帰る場所を見つけたのだ。


 ローディスは空を見上げた。


 青空はどこまでも高く、雲がゆっくりと流れていく。


 胸の奥に張りついていた不安が、ふっと軽くなった気がした。


 もう、あの男のことを心配し続ける必要はない。


 辺境には帰る場所があり、その場所には待っていてくれる人がいる。


 それだけで十分だった。


 ローディスは再び歩き始める。


 森を抜け、小川を渡り、昼を過ぎた頃には街道へ出た。


 荷馬車が行き交い、旅人たちが笑いながらすれ違う。


「こんにちは!」


 顔見知りの商人へ手を振ると、向こうも笑顔で手を振り返してきた。


「ローディス! 久しぶりだな!」


「元気そうで何より!」


 少し立ち話をして、また歩く。


 こういう時間が好きだった。


 旅先で人と話し、笑って別れ、またどこかで再会する。


 冒険者という仕事は危険も多い。


 それでも、

 ローディスが旅を続ける理由の一つは、人との出会いだった。


 困っている人がいれば手を貸したい。


 泣いている子どもがいれば笑ってほしい。


 傷付いた仲間がいれば支えたい。


 そんなふうに思うのは、昔から変わらない。


「……まあ、性分だよな」


 自分で苦笑しながら呟く。


 昔から放っておけなかった。


 困っている人を見ると、身体が勝手に動いてしまう。


 だからよく、

「ローディスさんはお人好しなんですよ」と言われる。


 それでも構わなかった。


 誰かが笑ってくれるなら、それで十分だった。



 夕方。


 ローディスは街へ辿り着いた。


 石造りの門をくぐると、露店が並び、

 夕飯の支度を始める香ばしい匂いが漂ってくる。


「まずはギルドだな」


 依頼を受けなければ旅は続けられない。


 冒険者ギルドの扉を開けると、賑やかな声が耳へ飛び込んできた。


 受付には依頼を探す冒険者たち。


 酒場では討伐を終えた者たちが笑い合っている。


 見慣れた景色に、ローディスは自然と笑みを浮かべた。


「さて、次はどんな出会いが待ってるかな」


 その時だった。


 受付の向こうから、職員がローディスを見つけ、大きく手を振る。


「あっ、ローディスさん!」


「ちょうど良かった!」


「あなたにお願いしたい依頼があるんです!」


 ローディスは首を傾げながら近付く。


「俺に?」


「はい!」


 受付嬢は書類を一枚取り出した。


「少し危険度の高い護衛依頼なんですが、

  依頼人の希望で二人以上の同行が条件になっていて……

  実は、もう一人だけ先に決まっている方がいるんです」


「その方と臨時パーティーを組んでいただけませんか?」


 ローディスは軽く頷く。


「もちろん。相手はどんな人?」


 受付嬢は書類へ目を落とし、静かに答えた。


「元騎士の冒険者です。名前は………カイルさん」


 その名前を聞いた瞬間だった。


 ギルドの奥、依頼掲示板の前に立つ一人の男が、ゆっくりとこちらを振り返る。


 短く切り揃えられた黒髪。


 澄んだ青い瞳。


 高い背丈に、無駄のない引き締まった体つき。


 静かな眼差しは、どこか近寄りがたい空気を纏っていた。


 男はローディスを一瞥すると、小さく口を開く。


「……お前がローディスか」


 低く落ち着いた声が、ギルドの喧騒の中で静かに響く。


 ローディスは一瞬だけ目を丸くしたあと、人懐っこい笑顔を浮かべた。


「そうだけど。君がカイル?」


「ああ」


 返ってきたのは、それだけだった。


(……無口な人だな)


 第一印象は、それだった。


 まさかこの出会いが、自分の人生を大きく変えることになるとは。


 この時のローディスは、まだ知る由もなかった。




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