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恋愛小説

ボーリングが結んだ縁

1.

斎田晴子は胸を高鳴らせながら、憧れの花籠女子大学付属高校の門をくぐった。


花籠女子大は私学で最難関の女子大である。


この女子校は全員無試験で花籠女子大に行ける代わりに進級が厳しく、2年連続で落第すると退学処分になる。


肩までの黒髪を風に揺らしながら歩く自分の姿に、ほんの少し気恥ずかしさを覚える。


青雲の志を抱いて入学したとはいえ、心の奥では「やっていけるかしら」と小さな不安もあった。


木造の校舎に足を踏み入れると、木の香りがふんわりと鼻をくすぐる。


並木道の両脇にはテニスコートが広がり、風にそよぐ白いネットが春の陽気に揺れていた。


食堂はまだできたばかりで、パン屋がやってきて菓子パンを売ってる程度でる。


ほとんどの生徒は自分の弁当を壁際のスチーム暖房の上に乗せて温めて食べていた。


2.

晴子が2年生に進級し始業式が終わり、隣の西川陽子と小さな声で笑い合っていた。


そのとき、後ろからふわりとした足取りで見慣れない女の子が教室に入ってきた。


肩までの茶髪が柔らかく揺れ、淡いピンクのブラウスと紺色のプリーツスカートが控えめでありながら目を引く。


「私の席、あるかしら?」


少しぎこちない声。


でも勇気を振り絞った様子が伝わる。


後ろには冷やかす連中がちらほらついていた。


落第生だった。


その子の名は久保清子。


当初は友だちもなく、遅刻や欠席を繰り返していた。


3年になるとき、晴子は清子が退学になったかどうか少し興味があった。


意外なことに、久保は3年生として今日も教室にいた。


3年になって、最初の数学の授業で、50代の男性教師・藤田が名指しで、久保を突然叱りつけた。


「久保、駄目だよ。金田先生大変だったんだ!」


「はい・・・」


久保は俯いて、か細い声で返事した。


落第の基準を満たしていても、判定会議というものがある。


藤田先生は1年上のクラスの担任で久保清子の元担任にあたる。


金田先生は30代前半の気弱な性格で、2年連続落第で退学の基準を満たしていた久保を懸命に庇った。


それを見ていた元担任の藤田が怒りを募らせ、名指しで叱りつけたのである。


3.

全員無試験で私学女子大最難関の花籠女子大に行けると、真面目で成績の優秀なグループと駄目なグループに当然別れてくる。


斎田晴子は駄目なグループのリーダーになっていた。


彼女は一人寂しそうな久保に声をかけた。


「久保さん。これからみんなでボーリングに行くんだけど、一緒に来る」


久保は黙って着いてきた。


彼女らの平均は130点どまりである。


久保が投げると、ストライク。


だが、それではまぐれということもある。


ところが11回連続ストライクを出したので、皆はどきもを抜かれた。


あと一回ストライクを出すとパーフェクト、300点となる。


皆は固唾を呑んで見守った。


久保の最後の一投は、ピンが一本揺れて止まった。


299点である。


斎田晴子は驚き、久保清子に駆け寄った。


「なんで、そんなに上手なの?」


「母がプロなのよ。今は第一線を退いて、レッスンプロだけど」


「ふ〜ん。これからも一緒にボーリングに行きましょう。私にも教えてね」


「私にも」


それから久保は登校するようになった。


ボーリングでは、何度かパーフェクトを出し、晴子たちにも教えた。


こうして、3年生の出席数は満たされ、成績面でも問題なく、久保清子も卒業して、花籠女子大文学部に進学した。


斉田春子は教育学部にそれぞれ進学した。


4.

大学に入ると、花籠女子大学と大日大学との交流が多く、斎田晴子は誘われるままに英語研究会に参加していた。


男子学生たちとの共同作業は、緊張しつつもどこか楽しかった。


4年になって暖かくなった6月、心友遊園でクラス会が開かれた。


古い木造住宅を改造したような建物の2階は開放的で、襖で仕切りなどはなく、風が柔らかく通り抜けていく。


金田先生や、作文を全クラス3年間担当した伊藤先生も出席していた。


久保清子も出席していた。


肩にかかる黒髪は控えめにまとめられ、白いブラウスに淡い水色のカーディガンを羽織っている。


スカートの裾が椅子に触れるたびにそっと揺れ、その慎ましい動きに、斎田晴子は思わず目を向けた。


頬をうっすら染め、指でカバンの紐を握る仕草に、控えめながらも可愛らしい印象が滲んでいる。


晴子は隣で、久保の控えめな仕草に密かに目を向けた。


強いようでいて、少し不安げなところが可愛らしいと感じた。


5.

安藤武雄は高校時代に勉強をサボり、希望の大日大学に進学できず、1浪して琴桜大学に入学した。


クラブ活動を2年まででやめて、3年から勉強に専念するつもりだった。


彼が4年になったある晩、駅近くでゼミ仲間の吉川英治と酒を飲んでいたときのことである。


隣の空いたスペースに女子学生が集まってきた。


女子学生たちの話題が耳に入る。


「あれ?男子学生がいないぞ」


「花籠女子大か?」


好奇心から、武雄は少し離れたところから観察していた。


女子たちだけのクラス会だと分かると、終わるのを待って、彼

は勇気を出して声をかけることにした。


「あのー、僕、琴桜大学の安藤です。もし二次会に行くなら、僕たちも一緒に…」


彼女らは顔を見合わせた。


「どうする?」


「わたしは彼がいるから行きません」


「わたしは行ってもいいです」


「でも予約してないから、マクドくらいしかないですけど、それでもいいですか」


「一緒に行きましょう」


6.

こうして、安藤と吉川は花籠女子大の2人とマクドで臨時の合コンをすることになった。


花籠女子大の2人は、斎田晴子と久保清子と名乗った。


花籠女子大は私学で最難関の女子大であり、大日大学の男子学生と付き合っているものが多く、琴桜大学と付き合ってるものはあまりいない。


琴桜大学のほうが格下なのである。


安藤はそのことにやや引け目を感じていた。


「やっぱり花籠女子大学は、僕らよりできるんでしょうね」


斎田と久保はしばらく黙っていた。


「何か、気に触りましたか?」


安藤は恐る恐る尋ねてみた。


「それが私達、付属をギリギリで卒業したもので、そうでもないんです」


「付属は確か、全員無試験でしたよね」


「そうです。久保さんは元々は1年先輩なんですよ」


斉田が答えた。


「ということは落第したのですか?失礼ですが」


「そうです」


久保は素直に認めた。


「1年浪人なんて普通ですが、落第は嫌なもんでしょう」


「そうです。わたしなかなか友だちができなくて、2年連続で落第して退学になるところだったんです。それを担任の金田先生が頑張ってくれて」


「友だちはできたんですか?」


「そうです。この斉田さんがボーリングに誘ってくれなければ、どうなったことやら・・・」


「あなた達はボーリングが好きなんですか?」


「そうです。わたしの母がプロボーラーで、今はレッスンプロですけど」


「貴方がたのボーリングの腕前はどのくらいですか?」


「最初はよくて130点だったんですけど、久保さんのお陰で今は160点くらいです」


160点と聞いて、安藤はどきもを抜かれた。


「それはアベレージですか?」


「そうです。久保さんはパーフェクトを何度も出してるんです」


「それならプロテスト楽勝じゃないですか」


「まあ、そうですね。でも生活費にはあまりならないのが現状で」


久保は俯いて答えた。


「これからも会いましょう」


彼らは互いの手帳に連絡先を書いて交換して、その日は別れた。


7.

安藤武雄は、それからも久保清子と付き合った。


安藤はゼミ活動を中心に馬力に馬力をかけ、大手総合商社の源商事に内定した。


久保清子はプロテストに合格して、大学生プロボーラーとして活躍していた。


久保清子が2試合連続でパーフェクトを出すと、一斉にマスコミが騒いだ。


それは奇しくも安藤が内定したのと同じ日だった。


安藤は久保清子に電話した。


「2試合連続パーフェクトおめでとう」


「ありがとう」


「僕も源商事に内定したよ」


「本当に?すごいじゃない」


安藤は華やかな高級レスランに清子を誘った。


「いいの?こんな高いお店で」


「今日は特別さ」


「特別って?」


「結婚して下さい」


清子は少し間を置いてから、だがはっきりした声で答えた。


「ふつつかものですが、よろしくお願いします」


安藤はカメラを取り出すとボーイに言った。


「すみません。これで写真を撮ってくれませんか」


二人並んだ写真が、婚約写真として末永く二人の幸せを祈るかのように、いつまでも二人の部屋のテーブルの上に飾られた。


















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