表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋をすると、世界がひとつ壊れる  作者: Futahiro Tada


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/25

それでも、ここにいる

それでも、ここにいる


 歪みは、夜に起きた。

 音はなかった。

 光もなかった。

 ただ、

 世界の重さが、急に変わった。

 眠っていたはずの私は、

 胸の奥に走る違和感で目を覚ました。

 ――これは、まずい。

 修復師だった頃の感覚が、

 遅れて、しかし確実に蘇る。

 小さな歪みじゃない。

 生活に支障が出る程度のものでもない。

 世界そのものが、選択を迫られている。

「……起きて」

 彼の肩を揺らす。

「どうした?」

 まだ眠気の残る声。

「来てる」

 それだけで、

 彼は理解した。

 外に出ると、

 空が、裂けていた。

 夜空の一部が、

 布のようにめくれ上がり、

 向こう側が、見えない。

 星は、そこだけ存在しない。

 歪みは、

 ゆっくり、しかし確実に広がっている。

「……これ」

 彼が、息を呑む。

「今までとは、

 比べものにならない」

「ええ」

 私は、正直に答えた。

 これが、

 決定的な歪み。

 世界が、

 「曖昧な共存」を

 これ以上許さない段階に来た証拠。


 ***


 人々が、集まり始める。

 悲鳴はない。

 怒号もない。

 ただ、

 恐怖だけが、

 静かに伝染していく。

「……どうするんだ」

「これ以上、

 壊れたら……」

 誰かが、

 こちらを見た。

 それが、

 一人、二人と増えていく。

 もう、

 私たちは隠れられない。

 この歪みは、

 私たちの恋と無関係ではない。

 それを、

 誰もが、感じ取っていた。

「……僕が、離れれば」

 彼が、低く言った。

 私は、彼を見る。

「……この歪み、

 収まるかもしれない」

 その言葉は、

 逃げではなかった。

 彼は、

 世界を見ていた。

「君と一緒にいる限り、

 選択は、

 ずっと僕たちの上に降ってくる」

 空が、

 もう一度、大きく歪む。

 世界が、

 耐えかねて、呻いている。

「……これは」

 彼の声が、震える。

「世界か、

 僕たちか、

 選べってことだ」

 私は、

 何も言えなかった。

 彼の言葉は、

 正しかったから。


 ***


 もし、

 ここで別れれば。

 距離を置き、

 感情を抑え、

 互いの存在を

 世界から切り離せば。

 歪みは、

 ゆっくりと

 収束するかもしれない。

 完璧ではなくても、

 破滅は避けられる。

 それは、

 合理的で、

 正しい選択だ。

 ――かつての私なら、

 迷わず選んでいた。

「……ねえ」

 彼が、私を見る。

「今なら、

 まだ引き返せる」

 彼の目は、

 優しかった。

 だからこそ、

 残酷だった。

「君は、

 修復師じゃない」

 彼が、続ける。

「世界を、

 背負う必要はない」

 胸が、

 締めつけられる。

「……それでも」

 私は、ようやく口を開いた。

「あなたは?」

 彼は、

 一瞬だけ目を伏せた。

「……僕は」

 唇を噛む。

「世界が壊れないなら、

 離れてもいい」

 その言葉に、

 痛みが走る。

 彼は、

 自分を犠牲にする選択を

 今も、自然に選べてしまう。

 それが、

 彼の優しさであり、

 彼の傷だった。


 ***


 空が、

 さらに裂ける。

 地面が、

 わずかに浮き上がる。

 誰かが、

 泣き始めた。

 私は、

 ようやく理解した。

 この歪みは、

 恋の強度だけが原因じゃない。

 私たちが、

 「別れられる」と思っていること自体が、

 歪みを生んでいる。

 選び続けると言いながら、

 最後には、

 切り捨てる余地を残している。

 世界は、

 それを見逃さない。

 私は、

 一歩、彼に近づいた。

「……ねえ」

 彼が、驚いたように私を見る。

「別れるという選択肢を、

 今、捨てる」

 彼の目が、見開かれる。

「え……」

「逃げ道を、

 なくす」

 空が、

 一瞬、静止した。

 歪みが、

 広がるのをやめる。

「それは……」

 彼の声が、掠れる。

「世界を、

 危険に晒す選択だ」

「ええ」

 私は、頷いた。

「だからこそ、

 世界は、

 私たちを信じるしかなくなる」

 これは、

 賭けだ。

 修復でも、

 制御でもない。

 関係そのものを、

 世界に差し出す賭け。

「……怖くないの?」

 彼が、震える声で訊く。

 私は、正直に答えた。

「怖い」

 彼の手を、

 強く握る。

「でも」

 視線を逸らさない。

「ここで離れたら、

 一生、

 選び続けるって言葉を

 信じられなくなる」


 ***


 私は、

 世界に向かって言った。

 大声ではない。

 宣言でもない。

 ただ、

 確かに届く声で。

「私は、

 彼と生きる」

 空が、

 軋む。

「壊れるなら、

 一緒に、

 壊れ方を選ぶ」

 地面が、

 震える。

「修復しない。

 離れない。

 責任を、

 引き受ける」

 歪みが、

 収束を始めた。

 完全に、ではない。

 だが、

 拡大をやめた。

 世界は、

 理解したのだ。

 逃げ道のない選択は、

 歪まない。

 彼が、

 涙を浮かべて笑った。

「……ずるいよ」

「え?」

「そんな選び方、

 初めて見た」

 私は、

 彼の額に触れた。

「私も」

 世界は、

 壊れなかった。

 癒えもしなかった。

 でも、

 踏みとどまった。


 ***


 人々が、

 息をつく。

 誰かが、

 静かに拍手をした。

 それは、

 称賛じゃない。

 理解でもない。

 ただ、

 「見届けた」という合図。

 歪みは、

 空に残る。

 完全な安定は、

 もう来ない。

 それでも。

 私たちは、

 別れを選ばなかった。

 それが、

 最終的な答えだった。

 第5章は、

 終わりへ向かう。

 世界は、

 壊れない。

 それは、

 誰かが修復したからじゃない。

 選び続ける覚悟が、

 逃げ道を許さなかったからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ