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恋をすると、世界がひとつ壊れる  作者: Futahiro Tada


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終わらせる人

終わらせる人


 世界の判断は、静かに下された。

 それは、雷鳴のような宣告でも、

 誰かが涙する演説でもなかった。

 ただ、一つの文書として、

 全公開回線に流された。


 ***


【最終判断通達】

感情起因型空間変動に関する暫定結論として、

再編暫定評議会は以下を決定する。

一、従来の修復師制度は、現行の形での存続を終了する。

二、特異事例AおよびBに対する

恒久的隔離・存在切除は行わない。

三、感情共存型世界再定義を基礎とした

新制度移行期間を設ける。

四、その移行期間において、

当該二名は

観測対象ではなく、非公式協力者として扱う。


 私は、最後まで読み切ってから、

 端末を伏せた。

 しばらく、何も言えなかった。

 隔離は、されない。

 存在は、消されない。

 それは、

 世界が私たちを「許した」ように見える。

 だが――

 本当のところは、違う。

「……逃げたわね」

 私が、ぽつりと言う。

 彼が、こちらを見た。

「逃げた?」

「ええ」

 息を吐く。

「世界は、

 どちらも選ばなかった」

 管理か、共存か。

 切除か、解放か。

 そのどれにも、

 完全には踏み込まなかった。

「でも」

 彼が、ゆっくり言う。

「隔離されなかった」

「ええ」

 私は、頷いた。

「それは、

 私たちが、引き受けたから」

 世界は、

 最も安全な選択をした。

 ――責任を、個人に預ける。

 それが、

 この判断の本質だった。


 ***


 世界が決断を保留したことで、

 別の問いが、

 はっきりと浮かび上がった。

 ――じゃあ、

 あなたは、どうする?

 それは、

 彼に向けられた問いだった。

 夜。

 灯りの少ない部屋で、

 彼は窓際に立っていた。

 外では、

 人々の生活が続いている。

 叫びもある。

 怒りもある。

 それでも、

 世界は回っている。

「……僕ね」

 彼が、背中を向けたまま言った。

「少し前まで、

 自分が何者か、

 考えたことなかった」

 私は、黙って聞く。

「感情がない、

 記憶がない、

 名前も曖昧」

 彼は、苦く笑う。

「世界にとって、

 都合のいい空白だった」

 私は、拳を握った。

「でも」

 彼は、振り返った。

「今は、

 世界が僕を

 どう扱うかより」

 一歩、こちらへ来る。

「僕が、

 自分をどう扱うかの方が、

 大事だと思ってる」

 それが、

 彼の選択の始まりだった。

「僕は」

 言葉を、確かめるように。

「特異点じゃない。

 制度の欠陥でもない」

 視線が、揺るがない。

「誰かを想って、

 世界と折り合おうとしてる、

 ただの人間だ」

 私は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「だから」

 彼は、続けた。

「世界が、

 観測対象でいていいって

 言うなら」

 一拍。

「僕は、それを断る」

 空気が、止まった。

「……断る?」

 思わず、聞き返す。

「うん」

 彼は、静かに頷いた。

「協力者でも、

 象徴でも、

 例外でもなく」

 私を見る。

「君と一緒に、

 生きる人でいたい」

 その言葉に、

 歪みは起きなかった。

 世界は、

 もうそれを拒まない。

 それが、

 彼の最終的な自己選択だった。


 ***


 残された問いは、

 一つだけ。

 ――私は、どうする?

 修復師。

 それは、

 私が長い間、

 しがみついてきた役割だった。

 世界を守る人。

 感情を抑える人。

 正しい側にいる人。

 でも、

 世界はもう、

 その役割を必要としていない。

 あるいは――

 最初から、

 必要としていなかった。

 私は、修復具の入ったケースを開いた。

 見慣れた道具。

 銀色の針。

 世界を縫う糸。

 これで、

 私は何度、

 感情を切り捨ててきた?

 何度、

 誰かの恋を、

 なかったことにしてきた?

「……終わりね」

 私は、誰にともなく言った。

 針を、取り出す。

 少し迷ってから、

 それを床に置いた。

 音は、

 思ったより小さい。

 でも。

 その瞬間、

 胸の奥で、

 何かが確かに切れた。

 ――修復師としての私。

 役割。

 逃げ道。

 免罪符。

 それらすべてを、

 自分の手で終わらせた。

 彼が、

 静かに息を吸うのが分かった。

「……後悔、しない?」

 私は、顔を上げた。

「するかもしれない」

 正直に言う。

「でも」

 一歩、彼に近づく。

「もう、

 自分を裏切らない」

 それが、

 修復師を終えるということだった。


 ***


 外で、

 世界がざわめいている。

 新制度は、

 まだ形を持たない。

 混乱は、

 しばらく続くだろう。

 でも。

 私は、彼の手を取った。

 もう、

 守る側ではない。

 引き受けた。

 世界も、

 恋も、

 自分自身も。

 次に来るのは、

 制度の物語ではない。

 二人が、

 どう生きるかの物語だ。

 それは、

 世界の再生ではない。

 世界と共に生き直す、

 最初の一歩だ。

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