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恋をすると、世界がひとつ壊れる  作者: Futahiro Tada


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感情を裁く場所で

感情を裁く場所で


 公開審問会場は、円形だった。

 天井は高く、壁は白い。

 どこにも装飾はなく、

 感情を想起させる要素が、意図的に排除されている。

 ――感情を測る場所に、

 感情が存在してはならない。

 それが、この場の設計思想だった。

 私と彼は、中央に立たされていた。

 椅子はない。

 逃げ場もない。

 周囲を囲むのは、三層構造の観覧席。

 最前列には、再編暫定評議会の評議員たち。

 その後ろに、修復師代表団。

 最上段には、一般公開枠――世界。

 無数の視線が、突き刺さる。

 彼が、わずかに肩を強張らせたのが分かった。

「……大丈夫?」

 声を落として訊く。

「うん」

 彼は、短く答えた。

 だが、その声は、

 いつもより少しだけ、硬い。

 彼にとって、この場所は地獄だ。

 感情を持たないとされてきた存在が、

 感情について説明を求められる。

 それは、

 存在理由そのものを問い直されることと同義だった。


 ***


 審問は、形式的な宣言から始まった。

「これより、

 感情起因型空間変動に関する公開審問を開始する」

 機械音声に近い声。

 感情を排した、正確な抑揚。

「本審問の目的は、

 世界維持制度の今後の在り方を判断するため、

 特異事例の観測・分析・評価を行うことである」

 評価。

 その言葉に、

 胸の奥が冷えた。

 彼は、

 人ではなく、

 事例として呼ばれている。

「特異事例B」

 青年の方に、光が当たる。

「あなたは、

 感情起因型歪みを

 発生させずに強度の情動反応を示した」

 数値が、空中に投影される。

 感情波形。

 安定指数。

 空間耐性率。

 彼の存在が、

 数式に分解されていく。

「この現象を、

 あなた自身はどのように認識しているか」

 彼は、口を開きかけて、

 閉じた。

 一瞬、

 世界が静止したように感じた。

 ここで、言葉を選べば――

 彼は、

 制度の中に取り込まれる。

 だが、黙れば――

 危険な沈黙として扱われる。

 どちらも、

 彼を守らない。

 私は、一歩前に出た。

「待ってください」

 会場が、ざわつく。

「特異事例A、

 発言権は許可されていない」

「承知しています」

 私は、真っ直ぐ評議会を見た。

「ですが、

 この審問は不完全です」

 沈黙。

「なぜなら」

 私は、はっきり言った。

「感情を、

 測れるものとして扱っている」

 ざわめきが、大きくなる。

「感情は、

 結果ではありません」

 息を吸う。

「関係です。

 文脈です。

 時間です」

 妹の顔が、

 脳裏をよぎる。

「数値にできるのは、

 後から切り取った断面だけ」

 声が、震えそうになるのを抑える。

「それを見て、

 『危険か、安全か』を判断すること自体が、

 すでに暴力です」

 評議員の一人が、言った。

「では、

 あなたは世界に何を提案する?」

 その問いは、

 罠だった。

 語れば、

 代表にされる。

 沈黙すれば、

 無責任とされる。

 私は、ほんの一瞬、

 目を閉じた。

 そして――

 沈黙を選んだ。

「……」

 会場が、ざわめく。

「答えられないのか?」

「提案を放棄するのか?」

 私は、目を開け、静かに言った。

「いいえ」

 一語、一語、区切る。

「選ぶ権利を、

 私から取り上げないでください」

 世界が、息を呑む。

「私は、

 世界の代弁者ではありません」

 彼の方を見る。

「この人の感情を、

 説明する責任もありません」

 沈黙は、逃げではない。

 拒否だ。

 世界が、

 他人の感情を

 勝手に裁くことへの。


 ***


 再び、光が彼を照らした。

「特異事例B」

 声が、少しだけ強くなる。

「あなた自身の意思で、

 感情について述べることは可能か」

 彼は、しばらく黙っていた。

 私は、何も言わない。

 促さない。

 代弁しない。

 選ぶのは、彼だ。

 長い沈黙。

 やがて、彼は、口を開いた。

「……言葉にすると」

 声は、低く、静かだった。

「たぶん、

 壊れると思ってた」

 会場が、静まり返る。

「だから、

 ずっと、

 言葉にしなかった」

 彼は、胸に手を当てる。

「でも」

 一歩、前に出る。

「今、

 世界が壊れてないなら」

 彼は、顔を上げた。

「……言っても、いい気がした」

 空間が、わずかに揺れる。

 だが、壊れない。

「僕は」

 彼は、はっきりと言った。

「この人といるとき、

 自分が世界から切り離されてないって、

 初めて思えた」

 ざわめき。

「それが、

 恋かどうかは分からない」

 正直な言葉。

「でも」

 彼は、私を見る。

「名前を付けないと、

 奪われる気がした」

 その瞬間。

 空間の揺らぎが、

 ふっと収まった。

 まるで、

 世界が耳を澄ましたように。

「だから」

 彼は、続けた。

「僕は、

 これを――

 恋だと呼びたい」

 静寂。

 壊れない。

 誰も、消えない。

 世界は、

 その言葉を、拒まなかった。


 ***


 評議会の誰かが、

 かすれた声で言った。

「……記録を、続行せよ」

 その声には、

 迷いがあった。

 世界は、

 まだ決断していない。

 だが。

 引き返せない地点は、

 確実に越えた。

 私は、彼の隣に立つ。

 もう、隠さない。

 恋に、

 名前が与えられた。

 第4章は、

 深く、

 決定的なところまで来た。

 次に問われるのは――

 世界は、

 それを許すのか。

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