表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋をすると、世界がひとつ壊れる  作者: Futahiro Tada


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/25

選ぶ権利は、誰のものか

第4章


選ぶ権利は、誰のものか


 世界は、まだ壊れていなかった。

 それが、何よりも不穏だった。

 街は機能し、人は眠り、朝になれば仕事へ向かう。

 空に揺らぎは残り、建物の輪郭はどこか曖昧なのに、

 致命的な欠落は、起きていない。

 ――まるで、世界そのものが、

 答えを保留しているかのように。

「……ねえ」

 彼が、低く言った。

「これってさ」

 私たちは、今は使われなくなった旧修復局の屋上にいた。

 通信が入りにくく、追跡も難しい場所。

「世界が、

 僕たちを試してるんじゃない?」

 私は、即答できなかった。

 だが、否定もできなかった。

「……そうかもしれないわね」

 風が、髪を揺らす。

「少なくとも、

 排除は選んでいない」

 彼は、空を見上げた。

「だったらさ」

 少し、子どものような声で言う。

「次は、

 誰が選ぶ番なんだろう」

 その問いは、

 この章全体を貫くものだった。


 ***


 答えは、

 思ったより早く、

 思ったより正式な形で届いた。

 正午。

 全公開回線に、一つの通達が流れる。

 修復師制度――

 正確には、再編暫定評議会名義。

 私は、通信端末を開いたまま、

 しばらく動けなかった。

「……来たね」

 彼が、私の横で呟く。

 画面には、簡潔な文面。

 だが、その一行一行が、

 重すぎた。


【通達】

現在発生している感情起因型空間変動について、

修復師制度は、以下の二案を世界に提示する。

第一案:

感情制御型世界維持(従来制度の強化)

第二案:

感情共存型世界再定義(新制度案)

なお、

特異事例AおよびB

(修復師R-17/感情安定化特異点)を

本判断の参考事例とする。


「……特異事例」

 彼が、苦く笑う。

「僕たちのことだね」

「ええ」

 私は、目を閉じた。

「世界が、選択を公式化した」

 もう、噂でも、暴露でもない。

 制度として、

 人々に問いが投げられた。

 ――感情を、管理し続けるか。

 ――それとも、共に生きるか。


 ***


 反応は、即座だった。

 世界は、割れた。

 従来案を支持する声は、

 恐怖に根ざしている。

「一度壊れ始めたら、止まらない」

「恋は理性を失わせる」

「選べると言っても、

 誰かの選択で他人が消えるかもしれない」

 彼らは、正しい。

 間違ってはいない。

 だが。

 新制度案を支持する声は、

 もっと個人的だった。

「もう、誰かを想うたびに

 罪悪感を抱きたくない」

「感情を隠して生きることに、

 疲れた」

「世界が壊れるかどうかより、

 自分が壊れそうだった」

 正しさと、切実さ。

 どちらが重いかは、

 誰にも決められない。


 ***


「……ねえ」

 彼が、通信を切り、私を見る。

「これ、

 僕たちが黙ってたらどうなる?」

 私は、すぐに答えた。

「旧制度案が、

 安全として採択される」

「だよね」

 彼は、頷く。

「だって、

 世界は怖がりだから」

 胸が、痛んだ。

「……それでも」

 私は、言った。

「発言すれば、

 私たちは、

 完全に象徴になる」

 それは、

 守られることでもある。

 同時に、

 消される危険も含む。

「それに」

 私は、続けた。

「恋に、

 名前を与えることになる」

 彼が、静かに息を吸う。

「……名前」

「ええ」

 私は、正面から彼を見た。

「共存という制度論じゃない。

 私たちが、何なのかを」

 彼は、しばらく黙っていた。

 そして、ゆっくり言った。

「……それって」

「?」

「君は、

 怖くないの?」

 私は、少し笑った。

「怖いわよ」

「じゃあ」

「でも」

 私は、はっきり言った。

「曖昧なまま守られる方が、

 ずっと怖い」

 妹の顔が、浮かぶ。

 名前を奪われたまま、

 世界から消された存在。

 もう、あんな思いはしない。


 ***


 夕方。

 再編評議会から、

 正式な招致が届いた。


 ――特異事例AおよびBは、

   公開審問において

   自らの立場を表明せよ。


 逃げ道は、ない。

「……行く?」

 彼が、確認する。

 私は、迷わなかった。

「ええ」

 深く、息を吸う。

「行きましょう」

 それは、

 世界を説得するためじゃない。

 世界に、

 決定権が誰にあるのか

 突きつけるためだ。


 ***


 夜。

 屋上から見下ろす街に、

 小さな光が灯っていく。

 一つ一つは、弱い。

 でも、

 確かに人の生活だ。

「……ねえ」

 彼が、言った。

「もしさ」

 少し、言い淀む。

「世界が、

 管理を選んだら」

 私は、彼を見る。

「そのとき、

 君はどうする?」

 この問いは、

 私に返されてきたものだった。

 私は、少し考えてから答えた。

「……世界が、

 私たちを選ばなくても」

 一拍、置く。

「私は、あなたを選ぶ」

 歪みは、起きない。

 世界は、

 まだ、沈黙を保っている。

 彼は、目を伏せ、

 それから、静かに笑った。

「……それなら」

 彼は、言った。

「僕も、

 ちゃんと立つ」

 それは、

 逃げないという宣言だった。

 恋に、

 名前を与える覚悟。

 世界が選ぶか。

 人が選ぶか。

 第4章は、

 ここから始まる。

 次に来るのは、

 戦いではない。

 公開の場で、

 感情が裁かれる瞬間だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ