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恋をすると、世界がひとつ壊れる  作者: Futahiro Tada


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名前を呼ぶという反逆

名前を呼ぶという反逆


 追撃は、音より先に圧として来た。

 地下保管庫の奥で、空間がゆっくりと歪み始める。

 それは破壊ではない。

 **修復師特有の整えようとする力**だ。

「……来る」

 私が言う前に、彼が気づいた。

 その声は、これまでとは違う。

 怯えでも、諦めでもない。

 覚悟を含んだ声だった。

「修復師部隊」

 私は、記録断片をまとめて転送装置に接続しながら言った。

「三、いえ……五人以上」

 空間の揺れが、周期を持ち始める。

 複数人による協調修復の兆候。

 彼らは、この区域を直すつもりだ。

 つまり――

 私たちごと、なかったことにする。

「……この記録」

 彼が、宙に浮かぶ断片を見つめる。

「全部、君の妹の?」

「ええ」

 私は、歯を食いしばった。

「妹だけじゃない。

 同じ実験に使われた人たちの分もある」

 記録の量は、想像以上だった。

 例外は、妹一人ではなかったのだ。

「世界は」

 彼が、静かに言った。

「ずっと、

 誰かの感情を踏み潰して、

 安定してたんだね」

 その言葉と同時に、

 空間が大きく軋んだ。

 修復師が、到達した。


 ***


「修復師R-17」

 拡声魔術による声が、地下に反響する。

「あなたは、重大な規律違反を犯している」

 懐かしい言い回し。

 何度も聞いてきた正しさの声。

「記録の即時提出を要求する」

 私は、転送を続けながら答えた。

「拒否します」

 即答だった。

「それは、世界の秩序を揺るがす」

「ええ」

 私は、声を張った。

「だからです」

 沈黙。

 その隙に、

 私は彼に小さく合図を送った。

「……準備、できる?」

 彼は、頷いた。

 だが、迷いがあった。

「……どうやる?」

 私は、一瞬だけ言葉を選んだ。

「あなたの能力は、

 壊すものじゃない」

「……安定させる、だったね」

「ええ」

 私は、彼をまっすぐ見た。

「感じて。

 抑えずに。

 でも、流されないで」

 それは、

 修復師として教えられた真逆の指示だった。

「感情を、

 世界に馴染ませるの」

 彼は、深く息を吸った。

 ――その瞬間。

 修復師たちが、地下通路へ踏み込んできた。

 白い制服。

 展開される修復具。

 空間が、急速に整えられていく。

「危険区域を確保」

「歪み源を特定」

「対象、二名」

 冷たい声。

 私は、前に出た。

「やめて!」

 叫びと同時に、

 修復波が放たれる。

 空間が、強制的に縫い合わされる。

 世界が、

 正しい形に戻されようとする。

 ――そのとき。

「……待って」

 彼の声が、

 静かに、しかしはっきりと響いた。

 修復波が、止まった。

 正確には――

 吸収された。

「……なに?」

 修復師の一人が、息を呑む。

 彼は、目を閉じていた。

 だが、逃げていない。

「……今まで」

 彼が、ゆっくり言った。

「感じると、壊れると思ってた」

 空間が、柔らかく脈打つ。

 歪みではない。

 揺らぎだ。

「でも」

 彼は、目を開けた。

「感じない方が、

 ずっと苦しかった」

 修復師たちの修復具が、

 反応を失い始める。

 数値が、乱れる。

「感情波形、安定……?」

「いや、違う。

 均一化している」

 彼の能力の核心。

 それは、

 感情を消すことではない。

 拡散し、世界に溶かすこと。

 強すぎる感情が、

 一点に集中しない。

 だから、歪まない。

「……そんな、馬鹿な」

 修復師の声が、震える。

「恋は、世界を壊すはずだ!」

 私は、叫び返した。

「違う!」

 喉が、焼ける。

「壊してたのは、

 あなたたちよ!」

 その瞬間、

 私は、記録の一つを開いた。

 妹の、最後の記録。

 そこに映る、

 少女の顔。

 私は、世界に向かって言った。

「彼女の名前は――」

 声が、震える。

 それでも、止めなかった。

「ミレイア」

 空間が、震えた。

 今まで対象番号としてしか

 記録されていなかった存在。

「彼女は、

 世界を壊した罪人じゃない」

 修復師たちの視線が、揺れる。

「恋をした、

 ただの少女よ」

 彼の能力が、

 その言葉を支えた。

 感情が、歪まない。

 世界が、拒絶しない。

「……記録が」

 誰かが、呟いた。

「修復されない……」

 なぜなら。

 それは、

 真実だから。

 嘘を縫う修復はできても、

 真実を消す修復はできない。

 転送が、完了した。

 地下保管庫の記録は、

 世界中の未管理回線へ放たれる。

 修復師の手の届かない場所へ。

 ――世界が、知る。

 恋が壊したのではない。

 世界が壊したのだと。

 彼は、ふらりと膝をついた。

「……使いすぎた」

 私は、すぐに支えた。

「大丈夫?」

「……分からない」

 それでも、彼は笑った。

「でも」

 彼は、息を整えながら言った。

「初めて、自分で選んだ」

 修復師たちは、もう動けなかった。

 彼らの論理は、

 根元から崩れている。

 私は、彼を抱き寄せた。

 ためらいはなかった。

 歪みは、起きない。

 世界は、

 私たちを拒まなかった。

「……ミレイア」

 私は、もう一度、妹の名を呼んだ。

 今度は、

 世界が、応えた。

 空間が、静かに息をする。

 壊れかけていた地平が、

 わずかに、しかし確かに、

 自分で形を取り戻し始めている。

 修復師の力ではない。

 世界自身の力で。

 追撃は、終わった。

 だが、戦いは――

 ここからだ。

 私たちは、手を取り合い、

 崩れた地下通路を駆け出した。

 名前を取り戻した世界へ。

 恋を、

 罪にしない未来へ。

 第3章は、

 決定的な反逆を終えた。

 もう、隠れる必要はない。

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