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恋をすると、世界がひとつ壊れる  作者: Futahiro Tada


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壊れた場所に、花は咲かない

第1章


壊れた場所に、花は咲かない


 世界が壊れる瞬間を、私は何度も見てきた。

 それは爆発でも、地震でもない。

 音はなく、前触れもなく、ただ――あるはずだったものが、消える。

 昨日まで街道の脇に立っていた大樹が、朝になると影ごと失われている。

 石畳の一角だけが、まるで初めから存在しなかったかのように抜け落ちている。

 人が消えることもある。名前も、記憶も、誰かの思い出の中からさえ、静かに。

 それらはすべて、同じ理由で起こる。

 誰かが、本気で恋をした。

 私はその跡地を歩いていた。

 欠け落ちた地面の縁に立ち、白い手袋をはめた指で、空をなぞる。

 目に見えない裂け目が、確かにそこにあった。

「……深いわね」

 小さく息を吐く。

 今回の歪みは、かなり感情が強かったらしい。

 腰に下げた修復具のケースを開き、私は銀色の針を取り出した。

 針先に、淡く光る糸が現れる。

 世界を縫い直すための糸だ。

 ――修復師。

 それが、私の仕事だった。

 世界に生じた恋の歪みを探し、塞ぎ、元に戻す。

 壊れた場所を歩き、失われた輪郭をなぞり、何事もなかったかのように世界を繋ぎ直す。

 誰にも感謝されることはない。

 むしろ、知られない方がいい仕事だ。

 なぜなら、この世界では、恋は――罪だから。

 針を進めるたび、空間が微かに震える。

 失われていた石畳が、少しずつ輪郭を取り戻していく。

 その光景を見ながら、私は胸の奥に浮かぶ感情を、そっと押し込めた。

 思い出してはいけない。

 感じてはいけない。

 修復師にとって、感情は毒だ。

 特に――恋は。

 作業を終え、私は歪みの中心に立った。

 ここで、誰かが誰かを想った。

 それだけで、世界は壊れた。

 どんな顔をして、どんな言葉を交わしたのか。

 私は知らないし、知る必要もない。

 修復師は、原因に触れてはいけない。

 そう教えられてきた。

「……戻りましょう」

 誰に言うでもなく呟き、私は踵を返した。

 修復具を収め、街へと続く道を歩き出す。

 その背中に、夕暮れの光が長く影を落としていた。

 ――あの日も、こんな夕方だった。

 不意に胸が痛み、私は歩みを止めた。

 思い出すな。

 思い出すな、と心の中で繰り返す。

 けれど、感情は命令を聞かない。

 脳裏に浮かぶのは、笑う妹の顔だった。

「ねえ、お姉ちゃん」

 記憶の中の声が、やけに鮮明に響く。

「恋って、そんなに悪いものなの?」

 答えられなかった。

 あのときも、今も。

 妹は、恋をした。

 ただ、それだけだった。

 それなのに――彼女は、世界から消えた。

 痕跡も、名前も、存在した証すら残さずに。

 私の中に残ったのは、

 守れなかったという事実と、

 恋を許してしまったという後悔だけ。

 だから私は、誓った。

 もう二度と、恋はしない。

 誰にも、させない。

 世界を守るために。

 そして、二度と大切なものを失わないために。

「修復師さん」

 背後から、声がした。

 振り返ると、役所の監査官が立っていた。

 事務的な笑顔を浮かべ、帳簿を胸に抱えている。

「今回の歪みも、問題なく修復完了ですね。

 ……それと、次の案件ですが」

 差し出された書類に、私は視線を落とす。

 場所、規模、消失レベル――

 そして、原因欄。

 そこに、見慣れない記述があった。

 〈感情反応:未確認〉

「未確認……?」

 監査官が頷く。

「ええ。恋による歪みのはずなのですが、

 当事者の愛した記憶が確認できません」

 胸が、嫌な音を立てた。

「……それは、どういう」

「つまり」

 監査官は、淡々と言った。

「誰かを愛したはずなのに、

 愛した覚えがない人物がいる、ということです」

 私は書類から目を離せなくなった。

 そんなこと、聞いたことがない。

 恋が原因で世界が壊れるのなら、

 必ず想いが残るはずなのに。

「その人物は、今どこに?」

 自分の声が、わずかに震えているのがわかった。

「保護施設に。

 ……修復師さん、今回の案件は、あなたに担当してもらいます」

 夕暮れの空が、静かに色を失っていく。

 嫌な予感が、胸の奥で確かな形を持ち始めていた。

 これは、ただの修復では終わらない。

 ――その直感だけが、はっきりしていた。

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