求愛の歌と民を守る意思
獣人国ネオガルドに来ているモブリーナです。
ただいま、調査中。
えー調査中でございます!
何についてかと言えば、番の生態について。
色々なカップルに話を聞いていますよ。
ちっちゃいモフモフちゃんにも聞いてみたり。
国を出る時はね、ええ、いいシステムかもって思ったりもしてました。
恋愛弱者でも見た目が悪くても、その他が悪くても、愛してくれる人がいるっていいねって。
それは勿論そうなんだけど、そうとも言い切れなかった。
番の愛は強いんだけど、絶対ではないって事。
個体差がある。
大抵は相手に盲目状態になるんだけれど、二つ耳の人達に多い。
逆に四つ耳は、それよりは少し薄め。
うーん、分かりやすく言うと、全然好みじゃない相手でも、熱愛しちゃうのが前者。
好みじゃないけれど、まあ許せるって感じなのが後者。
喪失感も同じなのかなーって思ったけど、それも個体差らしい。
老モフモフの昔話を聞く事には、番だなって思うまあまあ好きな相手と結婚したけれど、お互いに好きな人がいたんだって。
出会う前に好きだったとかじゃなくて、出会って結婚した後に好きになった。
番同士お互いにそこまで好きってほどでもない二人は、お互いに恋人とも良い関係を築いた。
夫の相手にはその後に自分の番が見つかって、円満にお別れ。
更にその後夫は事故で亡くなってしまったんだけど、妻はそこで初めて強烈な喪失感を味わったそう。
死にそうな位に打ちのめされて、恋人どころじゃなくなってしまった。
でも、忘却薬は飲みたくない。
だって、もう一度会いたいから。
でも、その恐慌状態も三年したら落ち着いて、妻は気付いた。
番は生まれ変わって何処かにいるんだって。
でも、年齢差を考えたら探す気になれないまま。
番との子供を育て上げて、今ものんびりと暮らしている。
要するに、出会いや愛の強さだけじゃなく、喪失の方によりその絆が顕著に出る人もいるって事ね。
これは比例するものだとばっかり思ってたから、新発見。
現代でも精神を鎮静化させる薬があったから、情動とか衝動とか抑える薬は作れそうな気がする。
喪失感とかもね。
この辺りは専門外だから専門家にやらせよう。
で、魂の番であるこの世界では、私とリィエという番を見れば分かる通り、身体的な要素は除外されてしまうのです。
老モフの話もそうだけど、転生のタイミングによっては凄い年齢差になっちゃう。
だから、老人と子供のカップルもいるの。
勿論お互いに行為できない年齢だから、生まれ変わってまた出会おうねみたいな感じ。
二人の話を聞いたら、六十五歳と七歳。
十年前に死んだ妻の生まれ変わりだそう。
妻の方に勿論その記憶は無いけれど。
だったら、一緒に死んで、年齢合わせようぜ!って出来るのかな?って思ったけどこれは禁忌らしい。
まず、生まれてくるタイミングは一緒ではないということが一つ。
もう一つは、魂に傷がつくから番と認識できなくなるという有名な昔話があるんだって。
昔々、あるところに一組の番がいて、それは仲良く暮らしていました。
けれど、ある日妻が流行病で早逝してしまいます。
狂う程の喪失感に耐えられず、夫は命を絶ちました。
そうして、数年の時が流れ、隣の集落にとても妻に似た女の子が生まれ、妻の兄がその子に気づきます。
記憶は無くても、仕草がとても妹に似ていたので、きっとそうだと思いました。
二つの家族は仲良く交流し、幼かった妻も成長して番を見つけます。
けれど、番は妻を認識出来ません。
これはきっと、自ら死ぬ事で絆が壊れてしまったのだ、と皆は思いました。
忘却薬と同じ原理なのかもしれないね。
結構面白いなと思った。
でも歳の差モフみたいに、将来の約束をしてまた出会って結ばれて、子を生してというカップルもいるから、それが多分このシステムの理想形なんだろうなあと思う。
でもって、もう一つの問題点は、雌雄。
魂の番だとね、年齢以外にも性別が考慮されない。
だって魂だもんね。
肉体だったら多分、生まれた時点でこいつとこいつ番ね!って決まるんだろうし、死んだら解除されるんだろうけど、魂はずっと巡るからそういう巡り合わせになる事もあるんだろう。
勿論同性同士で番になる人達もいるんだけど、性別によって少し傾向が違ってた。
女性の多くは番と暮らして、種だけ他所から貰って二人で子供育てるっていうのが一般的。
逆に男性は、外に妻を作って、定期的に番と過ごすというパターンが多い。
当然ながらネオガルドでは配偶者にはきちんと事情を話して、許可を貰う事になってる。
隠していて殺傷沙汰が起きたこともあっただろうしね。
集落によっては、女性も財産の一部とされている場所もあるらしく、番は伴侶で子作りは誰とでもという大らかというか何というか…な所もあるらしいし。
多種多様な文化ですね、ハイ。
色々な話を聞けて、有意義だし楽しかった!
でもやっぱり、番システムの怖い所は、自分の好みが一切反映されないってところなんだよね。
極論を言えば、色白清楚が好きなのに、色黒ビッチに惚れてしまうようなもの。
性格とか二人の関係性で徐々に惹かれていくっていうのとは違って、突然好きになってしまう訳で。
あと性格もね。
物静かな人が好きだったのに、ウェェエイ!!↑↑みたいな、超絶陽キャを好きになってしまうとか。
美男美女で適正年齢なんて、それこそ物語の中だけの話って感じ。
番システムは人々の欲望の為だけにあるわけじゃないからね。
その世界の理なのです。
ハゲデブチビが嫌い!!って言ってたチビモフに、お母さんが「でもそういう人が番だったら好きになるのよ~?」と言ってたのも印象的だった。
チビモフは嫌だ~~ってギャン泣きしてたけど。
まあ、夢は見たいよね、そりゃ。
身分とか関係ないから、いきなり王族や重臣達と婚姻できる可能性あるわけだし。
王命による政略結婚の方がマシだという話に私の中では落ち着きました。
一応性別と年齢は考慮されるし、貴族は大抵美しいからね。
番だろうと何だろうと、性格悪い奴は悪いし。
ああ、そうそう。
それもだ。
番だからって性格が良い訳じゃないんだよ。
番に対して、愛情表現だったり特別な感情を向けるだけで、元々が糞だと結構ヤバい。
例えば、暴力的な番とかね。
前世でもそういう話聞いたことあるけど、DVしてくる人の話。
依存もあるけれど、この世界では番の呪縛って事もあるわけ。
そっちを断ち切らないと離れられない。
だからこう……性別関わらず、出会う度に殺されたりして、何度も生まれ変わってる人とかいそうで怖い。
え、めちゃくちゃホラーだね!?
絶対断ち切った方が良いと思います。
それでも好き……って言うならそれは周囲もどうしようもないけれど。
取り敢えず私の友人だったら昏倒させる。
連れさって説得して……それでもだめだときついね。
友人であることを諦めるしか無いのかもしれない。
自分に出来る限りの事はするけれど、無理だとしたら手放さないとね。
その人の人生だから、私が全て思い通りにする訳にはいかないもの。
結局助けられるのは、助けられたいと思う人だけなのだ。
映画で何かそんな事言ってた!
んで、色んな人の番の話を聞いて、リィエは真剣に色々質問したり悩んだり。
ゾフィーも楽しそうに聞いて質問してたけど、ジモーネは滅茶苦茶真剣にメモしてた。
「いろんな話が聞けたね!」
「うん。私は獣人じゃなくて良かったです。あ、一応祖先にはいますけどね」
ゾフィーは指で唇を引っ張りながら、歯を見せてニカッと笑った。
私はすかさず「かわいい!」と褒める。
だって、可愛いんだもん。
ジモーネはメモに視線を落としつつ言った。
「でも、誰かに無条件で……自分だからという理由で愛されるのは、少し羨ましいと思います」
そうだね。
自己肯定感の低い人はそう思ってしまうらしいから。
もっと褒めてあげないといけないね、これは!
「わたくしは貴女の優しいところも、弱くて臆病なのに、強い意志で物事を貫く姿勢も大好きよ、ジモーネ」
私が褒めると、ぶわっとジモーネの眼に涙が溢れた。
「モ……モブリーナ様ぁ……」
そして、ひっくひっくと泣き始める。
「私もジーネの事好きだよ。私とカミルが臨戦態勢に入った時、貴女モブリーナ様を守ってたじゃない?自分の身体を盾にしても護るって姿勢、見上げた根性だなって思っていたんだよね!」
私に続いてゾフィーもニカッと笑った。
そう、知ってる。
悲鳴を上げて、手だってぶるぶる震えていたのに、私を後ろから抱きしめてくれたの。
そこにはちゃんと、護ろうって意思が感じられて。
「わたくしも、そんな貴女だから大好きなの。番でなくても、貴女の事を知れば愛してくれる人は沢山いてよ!ジモーネ!」
私が沢山、と両手を広げると、ジモーネは涙を拭いながら嬉しそうに笑った。
「今はお二人で充分過ぎるくらいです。嬉しいです」
夕方まで色々な人に話を聞きつつ、私はリィエの観察もしていた。
私に対する執着はあるけど、彼は別に私以外をどうでもいいとは思っていないようだ。
それはとても良い事だと思う。
例えば、子供が転んでいたら私の手を離して助け起こすし、迷子で泣いていれば肩車をして一緒に親を探す。
老人が重い荷物を持ってうろうろしていれば、荷物を持ってあげて家まで送ってくる、と一緒に行く。
その後凄い速さで走って戻って来たけど。
リィエは王子として皆に親しまれ、愛されているのだ。
道を歩けばあちこちから声がかかるし。
何なら私が国に連れ帰ったら恨まれるんではなかろうか?と思うんだけど。
王になるには庶民的過ぎるけど、この国には丁度いいんじゃないかと思うんだよね。
じっと見ていたら、リィエは照れた様に精悍な頬を緩ませた。
「お前にじっと見られると、何だか照れるな」
「あ、すみません」
そんなつもりはなかったんだけど、思い出しながらぼーっと横顔を見ていた。
「あー……この後、少しだけ二人で話をしたい。二人は近くに居ても良いけど、少し離れて欲しいんだ」
「別に構いませんけれど、何処かに行くんですか?」
リィエはあっち、と指で示す。
ぐるりと囲まれた城壁の中に、草が茂った草原がある。
普通の都市では見られない光景で、面白い。
そこは小高い丘になっていて、爽やかな風が吹き抜けていく。
「本当はもっと向こうまで城壁を建てたいんだ。実際の草原は囲いなんてないけれど、民の安全のためには仕方がない」
リィエは城壁をなぞる様に指を向けたまま腕を動かす。
とはいえ、城壁までかなり遠い。
遮蔽物がないから遠くまで見渡せるのだ。
「国境まで城壁を広げるんですか?」
「それが出来れば、一番いいな」
国境地帯はどの国でも関所を設けて入国を審査しているが、かといって絶対に通り抜けられないなんてことは無い。
ミルッセン公国の様に自然によってつくられた要塞の様な立地ならともかく、普通は何の変哲もない森やら草原だったりするので、境界線を示すものはあっても、国境の全てに常に見張りが居る訳では無いのだ。
勿論、入国審査を終えていない旅人は、密入国出来たところで商売をする事はおろか宿に泊まる事も出来ないので、普通はしない。
だから、国境を壁で囲む意味は無いのだ。
けれど。
獣人は他にも理由がある。
奴隷商達が密入国して、子供達を攫って行くのだろう。
街であれば王や戦士が対応できても、他の場所では無防備に近い。
「罠を仕掛けるのはどうでしょう?」
「え?」
驚いたような顔でリィエが私を見る。
「密入国者を排除するなら、国境付近に罠を仕掛けて捕獲したら如何でしょうか?別に怪我をするような罠ではないので、迷った旅人がかかったとしても捕獲された方が安全ですし。罠と連動する警告装置があれば、すぐに人を差し向ける事も出来ますよ」
「それは名案だ!……でもそんな高度な技術は無い……罠は作れる、が」
しょぼんとするが、ちょうど魔道具師のジビレを連れてきているし、出来ない事はない。
「それも解決は出来ますが、管理する側の負担は増えます。例えば、動物が掛かってしまう事もあるでしょうし、時々調整が必要になるでしょうし」
「それは構わない。戦士達は民を守る為にいる。王だってそうだ」
「では、緋虎と話をしましょうか」
私は頷いて、王城へと引き返そうとするが、慌てた様にリィエに手を掴まれた。
「ま、待ってくれ。用が終わっていない……」
最後は何だか尻すぼみに声が小さくなるので、何だろう?と振り返る。
「ここに座ってくれ」
「?はい」
何の変哲もない草原に、私はちょこんと座る。
体育座りだ。
膝を抱えて座って見上げると、ふいと顔ごと逸らしてリィエは暫く無言で立っている。
そして、朗々と歌い始めた。
あ、良い声。
何と言っているかは分からない。
時々聞こえる言葉は、風とか馬とか。
しかも古い単語だから、意味は分からないけれど、綺麗な旋律だ。
吹き抜ける風と、そよぐ草。
草原で聞かせたかったのが分かるような、伝統的な歌。
まるで遠い昔にこうして、歌を聞いた事があるような、懐かしさ。
身体に染み入るような声に、胸の奥が痛むような。
歌い終わって、私の前にリィエが膝を突いた。
「これは、求愛の歌だ。風と馬と太陽を愛するように、君を愛している。けれど、君の自由を奪うような事は、控える。嫌がる事も、しない。だから、拒絶しないでほしい」
色々な考えが交錯して纏まらないけど、彼は愛を求めるよりも拒絶されない事を選んだのか。
きっと、色々なモフモフ達の話を聞いて、彼なりに考えて出した答え。
「はい。分かりました。一緒に帰りましょう」
「ああ、君の居る場所が、俺の帰る場所だ」
手を差し出せば、私を引き起こしてくれた。
「抱き上げる許可をします。足が疲れました」
「……分かった!」
ブォンブォンとすごい勢いで尻尾が振り回されている。
ふわりと抱き上げられて、高くなった視点から草原を眺めた。
草原を自由に駆け巡る優美な獣に、首輪をつけて鎖で繋いでしまったような申し訳なさがあるけれど。
でも、仕方ない。
どうしようもない出会いや運命は、その辺に転がっているのだ。
私の出した案は、驚きと喜びを以て迎えられた。
地図を広げて、私は全体像を見据えながら更に提案をする。
「点在している集落の位置を少しずらして、屯所を作りましょう。集落の守りと国境の警備、両方が出来ますように。警報の種類は分けられて?ジビレ」
「問題ございませんわ。雨などは通すように、一定の重さの物が落ちた際に切れる糸を使いましょう。設置の仕方は指導書を作っておきます。それと、簡単な調整を出来る人員をこちらに派遣するので、お雇い下さいませ」
「是非、雇おう」
更に、罠にかかったのが一人でも、集団でいる可能性の方が高い。
そうなれば戦闘が起こるだろう。
「緊急時は王都からも駆け付けられるよう、こちらにも警報が分かるようにしてくれますか?ジビレ。ただの捕獲であれば、緑、緊急時は赤。視覚で分かる装置が欲しいですわ」
「ええ、かしこまりました。とはいえ、用意に時間がかかります。ありあわせの道具ではすぐには対応できないので、工房に超特急で作らせますわね」
「大丈夫だ。こちらも罠を作るのに人員もいるし、時間もかかる。対応策を提示して頂いただけでも有難い。定住の地が安全とはいえ、遊牧の暮らしを捨てられぬ者もいる。彼らが攫われ、売られるのは自業自得だと言う者もいるが、俺はそう思わん」
牙を見せて、ガルルと低く唸る緋虎に私も頷く。
「ええ。悪いのは人の権利を踏み躙って金に換える者達です。……旅人の振りをする犯罪者もいると思うので、捕獲時はきちんと注意をしてくださいませね」
「ああ、それは徹底しよう」
これで少しは、かどわかされて奴隷に落とされる獣人も減るだろう。
ふと見れば、緋虎も含め、私の事を見る目が暑苦しい。
「獣人国に興味のある皇女が友好の為に我が国に来る、それだけでも素晴らしい事なのに、我らの事を考えて色々と教示頂けるとは思わなかった。心より感謝を捧げる」
掌に拳を打ち付けるような動作で、緋虎が言えば、獣人達も皆揃って同じ礼を執る。
ああ、そうか。
この人達は見下されて虐げられてきたんだったっけ。
可愛さに癒されてすっかり忘れていた。
「いえ、思い付きましたのはリィエのお陰なのです。彼が草原を案内して、この国を守る為の展望を語ってくれたので、それならばとわたくしも、色々考えましたの」
「そうか……烈風、お前にも感謝する」
「いや、凄いのはリーナだ。俺はそこまで考え付かなかった。……でも、民を守る為の智慧を貸してくれて有難う。これで心置きなくこの地を去る事が出来る」
うーん。
うーん。
勿体ない、よねぇ。
確かにリィエは素敵だと思う。
人間として、獣人の男として、友人としても。
でも素晴らしい王になれるのに。
複雑な顔をしてしまったのか、悲しそうにリィエは眉根を寄せる。
「置いて行こうとか考えるな。置いて行かれても、俺はお前の側に駆け付ける」
「分かってます。……ただ、少し複雑なだけなのです。王として相応しい人なのにこの国から奪って良いものかと」
だが、あっけらかんと緋虎が言った。
「いや、王に成れる者は他にも居るが、貴女のような貴重な女性の番は一人しかいない。我が国としても友好の証としてお連れ頂く方が有難い」
「だ、そうだ」
親指を立てて、リィエが緋虎を指さす。
その表情は爽やかな笑顔だ。
「それなら……はい、有難く。大事にさせて頂きますね」
友好の証だもんね。
嬉しそうにリィエの尻尾が揺れている。
「それに、烈風に付いて行きたいと申し出ている者達も数多くいる。選抜して、送るので護衛にでもしてくれ」
「え、そんな。人手が足りなくなりませんか?」
「獣人は子供が沢山生まれてすぐ育つ。定住の地であれば猶の事。心配しなくても大丈夫だ」
断る理由はないし、リィエもぼっち獣人よりは仲間が居た方がいいだろうし。
きっと番がいれば何もいらないとか言いそうだけど。
でも友達は居た方が良いに決まってる。
「では、友好の印に幾つかご提案があります。厳龍杉という樹木をご存知ですか?」
「竜人国が原産の樹木か?」
「ええ。その樹木を国境付近に植える事は可能でしょうか?」
一瞬、呆気にとられた後で緋虎は頭を掻いた。
「別に問題はないが、あれはこの辺りで育つのか?」
「ええ。どちらかといえば、育ち過ぎるのです。竜人族の住まう国は寒冷地ですので、そこまで幹も太くなりませんし加工しやすいのですが、此処の様な温暖な地域だと一気に育ち、より太くより頑強になるのです」
「それを、防備にするのか?」
いいえ、と私は首を振る。
「頑強ゆえに加工が困難な樹木ですが、まずは切り倒せる膂力が無いのです、人間には。それを伐採して板にするまでの加工をお任せしたいのですわ。出来上がった物は全て我が帝国にて買い取ります」
おお……と喜色を浮かべて、獣人達はお互いを見る。
定期収入があるという事も良い事だが、帝国との対等な交易があるという事は何より素晴らしいのだ。
「ただ、気を付けて頂きたいのは、加工した木材を狙う輩ですわ。賊が出ないとは限りませんので、集積所にはわたくしの紋章とネオガルドの紋章を共に掲げる事を許可します」
「モブリーナ殿の紋章……」
「ええ、大公領を賜った時に一緒に創られましたの。帝国を象る王冠のある獅子も居りますから、一見して帝国の関係者の紋章と分かるでしょう。わたくしを表すのはこちらの、蓮の花、そしてこちらの剣と鍵の交差」
ネオガルドの紋章は他の国より単純で、太陽を背後に獅子と狼が向かい合う構図だ。
「細かい取り決めや金額等はラルスが提示するので、書面での確認を。苗は出資という形でわたくしから贈らせて頂きます」
ぺこりとラルスが進み出て会釈をする。
「ええともう一つは、この国の屋台の食べ物が美味しかったので、帝国でも市に並ばせたいのですが如何でしょう?」
「それは願ってもない事だ」
獣人が広く世に出れば、差別もまた少なくなるだろう。
帝国においても皇女の庇護の下で商売が出来るのなら、願ったり叶ったりだ、と緋虎と重臣は頷く。
「本格的に移り住んで頂くのも商売も、大公領でいずれはお願いしたいのですが、まずは帝国にて。永住ではなくても、こちらとの国の交易の合間にという形でも構いません。その辺りもラルスと担当官の間で折衝して頂ければ」
「何から何まで有難い心遣い。皇女殿下が訪れた日を我が国の祭日にしようではないか」
「えっ!?」
「そうしよう!」
リィエまでその意見に乗っかった。
確かにあの、友好の印として色々考えたけれども!
それはこちらにも利があることであって!
そこまで感謝されるような事ではないんだけどね。
「まあまあいいじゃないですか。姫様、木材を馬車に使うんでしょぉ?」
「当たりです。流石ですね、ジビレ」
「フフン♪伊達に姫様の側に仕えてる訳じゃありませんもの。加工する為の道具も急ぎ生産させますわね!」
そう。
板にした所で、釘などを打ち込むにも釘の強度も打ち込む人間の膂力もいる。
だから、それを魔道具で補うのだ。
魔道具と技術者がいれば、色々スイスイ出来るのだから頼もしい。
そうして最終日まで宴は続き、商談も無事纏まって帰国の途に就く。
考えないようにしてたけど、これから父とリィエの対面があるのかと思うと胃がキュッとなる。
「リィエ、先に言っておきますが、わたくしの父はそれはもう色々と貴方の邪魔をすると思います」
「問題ない。花嫁の父とはそういうものだ」
「まだ嫁ではありませんが、まあ、そう思って対処して貰えるなら有難いです」
「それに、同じ女性を大事に思っているのだから、分かり合える部分もある筈だ」
前向き……!
殺し合いにならなければいいかな、とは思うけど、うーん。
それにリィエをただ遊ばせておくわけにはいかない。
という事で、満を持してアレを作る時が来た。
「リィエにお願いしたい事があります」
「出来る事なら何でもやるぞ?」
「わたくしはわたくしの為に色々と活動してくれる諜報部隊が欲しいのです」
「ふむ。情報を集めれば良いという事か?」
「はい」
獣人は普通の人間よりも能力値が高い。
種族によっては夜目も利く。
聴覚視覚といった感覚も鋭いのだから諜報にも戦闘にも向く。
「俺に付いてきた者達も、同じ部隊に入れるのか?」
「ええ。指導に関してはノアベルトが担当します。部隊名は影狼略してシュバルと呼ぶ予定です」
「うむ。良い名だ。俺の為に付けられたような名だな」
どうやら気に入ったみたい。
これで少しは活動範囲も広がって、活動時間も増えて、私に集中しなくて済むだろう。
あとは父か……。
父がめんどくさいなぁ。