潮血い赤、泡い白 伍
潮は、彼の「身体」である海の底に、深く沈んでいった。
昭和〇〇年。彼が命を落とした、その場所。
潮は、海の底からその光景を、再び見た。
「魚雷発射!」
潜水艦から発射された魚雷が、海を切り裂いていく。目標は、物資を輸送する日本の輸送船だった。魚雷は、正確に輸送船の船腹に命中し、轟音とともに船は大きく傾いた。
輸送船には、多くの兵士が乗っていた。彼らは、故郷の家族に会うことを夢見、戦地へと向かっていた。だが、その夢は、白い泡となって海に消えた。
兵士たちは、次々と海に投げ出される。
彼らは、沈みゆく船から、必死に助けを求めた。
「助けてくれ!」
だが、潜水艦は、彼らを救うことはなかった。ただ、静かに、そして無慈悲に、彼らが沈んでいくのを見ていた。潮は、その光景を、ただ見ていることしかできなかった。
海は、彼らの血で赤く染まった。
そして、彼らの絶望と悲しみは、潮の「身体」に溶け込んでいった。
潮は、彼らの魂を抱きしめるように、静かにその場を包み込んだ。
彼らの魂は、海の底で、永遠にさまよっている。
しかし、潮が本当に見たのは、その後の光景だった。
数日後。
潮の「身体」である海に、一隻の小さな漁船がやってきた。乗っていたのは、一人の老漁師だった。老漁師は、海の上で、静かに手を合わせた。
老漁師の息子もまた、この海で命を落とした。
「息子よ、安らかに眠ってくれ」
老漁師は、そう呟きながら、海に向かって白い菊の花を投げ入れた。白い菊の花は、潮の流れに乗って、遠くまで流れていった。
潮は、その白い菊の花を、静かに受け止めた。
それは、まるで、老漁師の息子が、潮という海を通して、父親に「ありがとう」と伝えているようだった。
戦争は、多くの命を奪った。
だが、海は、その悲しみも、そして愛も、すべてを包み込んだ。
潮は、再び、海が持つ意味を考えた。
それは、悲しみを抱きしめ、そして愛を伝える場所。
海は、ただの海ではなかった。
「海は、人の記憶なのだ」
潮は、そう感じた。