表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

に底の海、雨い黒 肆

時代は明治、そして大正へと進み、やがて昭和の激動の時代へ。潮は、海の底で静かにその移り変わりを見つめていた。人々の暮らしは便利になり、鉄の塊である船は、もはや海を汚す存在ではなく、人々の生活に欠かせないものとなっていた。


しかし、その平穏は長くは続かなかった。


潮は、海の底からその様子を見ていた。彼の「身体」である海の上に、無数の軍艦が行き交い、潜水艦が忍び寄っていた。空からは、爆弾が雨のように降り注ぐ。それは、彼が命を落としたあの戦争だ。


その日、潮は、これまでの歴史の中で見たこともない光景を目の当たりにした。


彼の「身体」である海の上に、巨大な艦隊が集結していた。それは、日本の連合艦隊。真珠湾攻撃へ向かう艦隊だった。静かな海の上を、無数の船が黙々と進んでいく。船の中では、兵士たちが故郷の家族を思い、出陣の歌を歌っていた。彼らの歌声は、潮の心に深く響いた。


「君が代は、千代に八千代に…」


その歌声には、決意と、そして故郷を思う深い愛が込められていた。潮は、彼らの想いを抱きしめるように、静かにその艦隊を包み込んだ。


だが、潮が本当に見ていたのは、その先の光景だった。


昭和二十年。彼が命を落とす、その直前の出来事。


彼の「身体」の上で、一人の少年が小さな木造船を漕いでいた。まだ十歳にも満たない少年だった。少年は、漁師である父親が戦地に赴き、帰ってこないことを知っていた。それでも、少年は毎日、海に出ていた。


「父さん、早く帰ってきて」


少年は、小さな声でそう呟きながら、櫓を漕いでいた。その日の朝も、彼は父が帰ってくることを信じて、小さな船を漕ぎ出していた。


しかし、その日、空から、白い飛行機が飛んできた。


飛行機から、爆弾が投下される。少年は、その爆弾が、自分の小さな船に落ちてくるのを、ただ見ていることしかできなかった。


「父さん……」


彼の声は、爆発音にかき消された。少年は、小さな船ごと海へと消えていった。


潮は、その光景を、ただ見ていることしかできなかった。彼自身もまた、その海で命を落とした。だから、彼の痛みは、潮の痛みでもあった。


潮は、少年が消えた場所を、いつまでも包み込み続けた。


彼の魂は、もう人間ではない。海だ。それでも、人間だった頃の感情が、彼の心に重くのしかかっていた。


「なぜ……なぜ、この海は、こんなにも悲しい歴史を繰り返すのか」


その問いは、答えのないまま、海の底に深く沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ