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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

元ホストの先輩がなんだかおかしい

掲載日:2025/12/15

⚠️これはBLです⚠️ 


私の深夜テンションのノリと勢いとパッションによってできた代物です。多分ところどころおかしいです。誤字等ありましたら誤字報告の方よろしくお願いします。ホスト業界のことや会社等、全ては捏造です。また、この作品の登場人物、団体には一切のモデルはありません。

「ねぇりーちゃん、好きだよ」

「あぁ、はい、ありがとうございます………ハイ?」

好物は酒と煙草、そして元ナンバーワンホスト。

そんな自他ともに認めるちゃらんぽらんを体現したような男に言い寄られる経験なんて、この二十数年の人生の中で、果たしてあっただろうか。

否、ない。

恐らくこれからもない。

いつものように生返事で流しかけた言葉がそんなとんでもないものだったから、思わず聞き返してしまう。


「愛してますよダーリンとでも言えばいいんですか?ドーモアリガトウゴザイマスダーリン。ですが先輩、おかしな冗談はよしてくださいね」

「もしかして照れてるの?見かけによらずかーいいねー」

渾身の棒読みで返すも、先輩はそんなの意に介さずヘラヘラと笑った。

ていうか、絶妙に失礼なこと言われてないか?

見かけによらず、って何だ、失敬な。

大胆不敵、唯我独尊が座右の銘、などとのたまうこの人からしたら、こんなもの悪口でもなんでもないんだろうが。


「見かけによらずは一言余計なんですけど。いや、一言どころでなく全ての言葉が余計ではありますけど。そして照れてるわけではないです。単純に先輩の作業スピードだったら、こんな所で油を売っている暇はないというだけです。昼食終わったんですから、早く会社に戻りますよ」

「わー、シンラツー。てか、マジメだね。さすがじみ……ゴホンゴホン染めたことなさそうな黒髪。めっちゃ見た目通り。そんなところも好きだよ♡」

「言っときますけど、高校時代に一回茶髪にしたことありますから。見た目地味とか言ったらしばき倒しますから。あと、いい歳した大人がそんなくだらないこと言わないでください。語尾にハートつく勢いじゃないですか気持ち悪……ゴホンゴホン胡散臭いですね」

「わざとらしっ!てかちょっとりーちゃん、どっちも失礼に変わりないよー?俺一応先輩なんですけどー?」

なんなんだ、この人。

心の中で深くため息をつく。

もう二十六だぞ、先輩。

自分も二十四だし、そろそろ恋愛事にうつつを抜かしている場合ではないのだ。


いや、婚期や年齢を気にしていないわけではない。

だけど、先輩とはどうしても無理なのだ。

仮に、億が一先輩と付き合ったとしても、先輩とは絶対に結婚できない。

何故なら___。 


「ていうか先輩、りーちゃんって呼び方やめてもらえます?んな可愛らしい呼び方似合いませんし、俺には冬木凛って名前あるんで」


___そう、俺は男なのだ。

正真正銘、生まれたときから心も体も男だ。

勿論、先輩も男。

多分、先輩は別にゲイだったりするなんてことは多分ない。

噂の真偽は知らないが、この会社に来る前に付き合った女の数は、百を超えると聞くし。

この会社来てからの噂はあまり聞かないが、女性の方からモテていることは確かだ。


「大体、急ですね。何の気の迷いなんですか。冗談にしたって笑えないんですけど」

「りーちゃんは照れ屋さんだもんねー」

「いやですから俺は冬木凛です。りーちゃんじゃないんで。そんなアホみたいな呼び方、親ですらしてませんでしたよ」

「じゃあ俺が最初ってこと?アハッ、初めて奪っちゃったねー」

身の毛もよだつようなおぞましいことを言ってから、先輩、もとい葛城北斗はけらけらと笑った。

口元からちらりと八重歯がのぞく。

いい歳した(と言っても、まだ二十代だが)大人が大口開けて笑うなんて、少々はしたないのではないか。

良く言えば豪快、悪く言えばガサツだ。

そんなんでよくナンバーワンホストを張れたものだな。

いや、そういうところが人気だったのだろうか。

この人、顔“は”いいし。

俺には葛城先輩の歴代の「姫」の趣味嗜好がいまいちわからない。


俺は前を向いて止めていた歩を進めた。

「りーちゃん」

「なんですか、ていうか、その呼び方本当に何なんです」

「りーちゃーん」

「ですから」

俺がキッと振り向くと、思いもよらず意外と顔が近くなった。

鼻と鼻がぶつかりそうだ。

俺がどうせ振り向かない、と思って背後スレスレに近づいてたんだな、まったくこの人は。

恐ろしい人だ。男には通用しないだろ、こんなの。

あぁ、かわいそうな葛城先輩の歴代の「姫」。

こういう悪魔の技にやられたんだな、きっと。

中身はこんなアンポンタンなのに。


会ったこともない彼女たちに同情を捧げていると、葛城先輩が一瞬呆けたような顔になった。

素の顔、といったら良いだろうか。

ホストの頃のクセが抜けないのか、先輩の顔はいつも作られているように見える。

笑顔も、怒り顔も(もっとも、この人が本気で怒ることは少ないけれど)、無表情ですらさまざまな角度から魅力的に見えるように作られている。

簡単に言えば、アイドルの営業スマイルみたいなもの。


だけど、今の表情は違った。

ぼぅっとした、不意を突かれたような、仮面のはがれた素の顔だった。

俺が急に振り向いたので(それと、思いのほか顔が近かったので)驚いたんだろう。

この人にしてはレアな表情だ。

SRくらい。SSRにはまだ届かないけど。


その顔も、すぐに普段の鉄壁営業スマイルにすり替わった。

あーあ、レアショットが。

俺はひそかにため息をついた。


葛城先輩は俺からひょいっと飛び退くと、狐のように目を細める。

「じゃ、帰るかー」

「やっとですか。ほら、急ぎますよー」

俺は先を行く先輩の背中を眺めながら、会社の方へ足を向けた。 


◇ 


あの日から始まった先輩の求婚(?)は、何の気の迷いなのか、何故だか今日まで続いていた。

しかも、勢いは衰えるどころか増してきている。

あの日からはもう一週間が経つ。

一週間だぞ、一週間。

そんな時間があれば、正気に戻るぐらいできるだろうに。

葛城先輩は冗談が多い人だが、こんなに一つのネタを長く引っ張ることはしない人だ。

大体、冗談にしたってたちが悪すぎる。


もしや、俺のことをからかってるのか?

俺のことを恋愛初心者だとでも思って楽しんでるのか?

失敬な、学生時代に延べ三人とお付き合いしたわ(皆半年くらいで別れたけど)。


……そうじゃないとしたら、本気で俺のことを好きになった、とか。

俺は自分で考えておいて、ぶんぶんと勢い良く首を振った。

周りのデスクの人が一斉にこっちをみる気配がするが、俺は気づかないふりをしてパソコンに向き直る。


俺はモニターの一点を凝視しながら、思考を再開した。

ないない。

いや、ないだろう。

あの人、男色の気はないはずだ。

これは同僚から聞いた話だが、女遊びが趣味などと抜かしたらしい男なんだから(この会社では浮ついた話は聞かないが)。


大体、今まで男と付き合ったという話も聞いたことがない。

第一、好きになるのがかわいめの男ならまだ分かる。

だが、俺はかわいくない。

目は決して大きい方ではないし、無愛想だし、おまけに小柄でもない。

平均的な男性の身長には達している。

これといって中性的な部分もないはずだ。

短髪だし、大して細身でもないし。


一日二日ならいいものの、一週間も続くと流石に辟易してくる。

先輩、外面だけは良いから、何も知らない女性社員には人気なのだ。

その多くの女性(別名、被害者)たちに、俺を目の敵にされてしまっては困る。

彼女たちも、まさか自分の恋敵が大して可愛くもない二十代半ばの男だとは夢にも思わないだろう。

いや、女性社員らもこの奇行を本気とは捉えないだろうけど。


「りーちゃーん」

その(悪魔の)声が聞こえた瞬間、俺は一瞬でデスクを立った。

「あれっ、りーちゃんどこ行くんだよー。一緒に昼食べようぜー」

「その呼び方を直していただけたれば、ご一緒する可能性もなきにしもあらずですね。では」

俺は一礼して、先輩の声(余談だが、これも無駄に良い声なのだ。天はこの人に二物も三物も与え過ぎだと思う)に聞こえないふりをして、営業部を出た。 


◇ 


「以上でご注文よろしいですか?」

「あ、はい」

先輩と離れられる昼休憩なんて、いつぶりだろうか。

ここ一週間、四六時中、四方八方からりーちゃんりーちゃんりーちゃんりーちゃん。

うるせぇ、俺は冬木凛だー!と言えたらどれほど良いか。

曲がりなりにもあの人は俺より先輩なのだ。

心の底から不本意だけど。


あ、勘違いしないでほしい。

俺は葛城先輩が嫌いなわけじゃない。

ただ、男相手にここまで言える、その心が分からないだけだ。

地球人が宇宙人の文化を理解できない、みたいな話だと思う。

葛城先輩、別に宇宙人と言っても差し支えはないだろうが。

りーちゃんという呼び方さえやめてくれれば。

あと、俺をからかって遊ぶのをやめてくれれば。

それなら、まだ関われないほどひねくれた人じゃないのに。 


カランカラーン。

戸口に設置されたベルが高らかに鳴った。

「申し訳ございません、ただいま相席のみとなっておりまして……相席でよろしければどうぞ」

昼時のファミレスは混む。

ファミレスというものは一人席なんてなく、ぼっちに厳しい仕様なので、俺が座っているのは二人席だ。

もしかしたら、ここに来るのか?

そういうのを特に気にしない人だったら良いが。

いや、でもまだ空いてる席あるし。

入り口近くの、分かりやすいところにも二人席があるから、そこに座るだろ。

俺の席は入り口から奥の方にあるから、入り口側の席で相席するほうが圧倒的に楽だ。

流石に、奥までは来ないよな。

安心安心。

俺はそう思って、ナポリタンをフォークに巻き付けた。


「相席よろしいですか〜?」

そんな声が鼓膜を打って、俺はびっくりして固まった。

えっ、ウソだろ。

こんな奥まで来たのか?

ていうか、なんか聞き覚えある声……。


「はい、どうぞ___」

そう言って顔を上げた俺は、ぼてっ、とフォークからせっかく巻きつけたスパゲティを落とした。

「___葛城先輩っ!?」

「チャオ☆りーちゃん、俺に会えなくて寂しかった?」

「いやいやいやいや、いい年した大人の挨拶が『チャオ☆』ってどうなんですか……ていうか聞きたいこといっぱいあるんですけど、まず大体なんでここにいるんです?てか、なんでわざわざこんな奥の方の席まで来たんですか」

わざわざ会社から少し離れたレストランを選んだというのに、これでは意味がないではないか。


俺の問いに、葛城先輩は顎に指を添える。

そんな仕草でさえも絵になるのだから、イケメンは得なものだ。

見れば見るほど、葛城先輩のイケメンさが残念になってくる。

葛城先輩は、その性格さえなければ男として完璧(多分)なのに。

葛城先輩は顎から手を離し、パチン、と芝居がかった仕草でウインクしてみせた(無駄に様になっているのが腹の立つところだ)。

「……愛の力かな♡」

「ごちそうさまでしたではさようなら素敵なお昼を」

葛城先輩の返答が聞こえた瞬間俺は席を立ち、五千円札(さっきのナポリタンが六皿は頼めるくらいの金額だ)をテーブルに叩きつけ、さっさと店を出た。


一瞬、あっけに取られている葛城先輩の顔が目に浮かんだが、すぐに首を振ってそのビジョンを振り払う。

愛の力、だなんて。

葛城先輩は魔法少女か何かなのか。

そういう何でも愛の力か友情パワーで済ませるファンタジー魔法少女なのか?

大体、二十も半ばの大人の男が、可愛さの欠片もない男に「愛の力かな♡」なんてキツすぎるだろ。

あぁ、葛城先輩は、やはり宇宙人だ。

心なしか鳥肌の立った肌をさすりながら、俺は会社への道を急いだ。 


◇  


いくらこちらから避けていようが、同じ部署かつあっちが直属の上司な以上、話す機会は避けられない。

それはつまり、こういう事態にもなり得るというわけだ。

俺は、数分前の上司(葛城先輩よりも上の立場だ)からの一言を思い出し、深くため息をついた。


何が『このあと、二人一組で予定されていた場所回って営業だぞー。あ、葛城クン?じゃ、冬木クンとペアで』だ。

あぁふざけるなあの野郎。

前髪が後退して後髪が薄くなる呪いかけるぞ。

娘にそっけなくされる念を送るぞ。

こちとら本気だからな。


まぁ外回り営業は予定されていたのだろうが、よりによってこの人とペアでなんて!

しかも、今!

そんな俺の心を知る由もない葛城先輩は、ぴゅーぴゅーお気楽に口笛を吹きながら俺の斜め前を歩いている。


あぁ、うらめしやその背中!

大体愛を囁いてくる男性の先輩と二人きりで営業なんて珍事にも程があるだろ。

そもそもの話、葛城先輩がとち狂ってなきゃ俺がこんなに頭を悩ませることもなかったのに。

何であんな事言いだしたんだ、本当に。

しかも一週間も続けるとか、やはり何処かおかしいんじゃないのか。

まさか本気で言ってるはずはないし、悪ふざけにしては度が過ぎる。

葛城先輩の気まぐれの冗談にここまで振り回されているというのも、なんだか腹が立つものだ。


……重ねて言うが、俺は別に葛城先輩が嫌いなわけじゃない。

少しは尊敬できる部分も、(これを言うのは非常に癪だが)なくはない。

人間としても、根本的には悪い人じゃないんだろう。

ただ、思考回路が分からない。

嫌悪感まではいかないが、好きだとか急に言われたら困惑するし、変な人だと思う。

それだけだ。


ちなみにそんな俺の悩みのタネ本人は、そんなことは全くどうでもいいかのように前を上機嫌に歩いている。

あぁ本当に憎らしい。

見れば見るほど自分の眉間にシワが寄っていくのがわかる。

本当に心の中から呪いでもかけてやろうか。

前髪の後退……は今の所予兆はないな、葛城先輩。

これまた憎たらしいほどに髪質がいい。

というかイケメンはどんな髪型をしていても許される気がする。

頭の形綺麗そうだしな、葛城先輩。

本当に美形は得なもんだ。

そうだな、葛城先輩なんか、タンスの角に足の小指を思い切りぶつけてしまえ。


「着いたぞー。ほらりーちゃん、いくよー」

ふわふわと浮遊していた思考が、葛城先輩の声によってひゅっと脳内に引っ張り戻された。

というか……まったくこりてないな、この人。

飽きもせずりーちゃんりーちゃんと。

もう少ししたら飽きも来るだろうが、それにしても成人男性には少し……いやかなり恥ずかしい呼び名だ。

「はいはい、わかりましたから、とりあえずりーちゃんは止めてください。大体先輩、資料持ってきたんですか?あなたのカバン、ずいぶん軽そうなんですけど」

俺は抗議の声を上げつつ、気まずそうに俺から目を逸らした葛城先輩に、多めにコピーしてきた資料を差し出した。 


◇ 


「え、やっぱホクトだよね?めっちゃ久しぶりじゃん」

俺は何を見せられてんだ。

心の中で深く深くため息をつくも、目の前の光景は変わらない。

俺は死んだ目で、葛城先輩の腕に絡みつく女を見つめた。


前髪が重くてメイク(特に目の周り)が濃く、いい年して高い位置にツインテールなんか結った、見るからに地雷系の女。

……正直申し上げると、俺のかなり苦手なタイプだ。

口ぶりからして、葛城先輩の元カノだろうか。

だとしたら、俺と葛城先輩は趣味が完全に合わない。

俺は、心中で再度ため息をついた。

外回り営業を終え(感触はダメそうだったが)、せっかく帰れると思えばこれだ。

何が悲しくて葛城先輩と女性(推定、元カノ)の再会シーンを見せつけられなければならないのか。

俺なんかもう空気だぞ、腹がたつを通り越して気まずすぎるだろ。


そんな俺の心の中も知らず、女は相変わらず葛城先輩にすり寄り、猫なで声で媚を売っている。

二十も後半のツインテール女の猫なで声……正直気持ち悪い。

ここが二次元だったらこれも許されるのかもしれないが、残念なことにここは三次元だ。


「ホクト〜……なんで急にいなくなっちゃったの?ずっとあたしと居てくれるって言ったじゃん」

葛城先輩趣味悪いな、などと思っていると、急に会話の雲行きが怪しくなってきた。

意外……でもないがこの女性、それなりに執着するタイプだったらしい。

対する葛城先輩は、「ひ、姫?」と顔を引き攣らせ、(久しぶりで感覚を忘れたのか)たどたどしく応対している。


姫、ということはこの女性、葛城先輩の元客ということか。

心の底から気持ち悪かった女の姿が、急に可哀想に見えてきた。

ホクト、というのは葛城先輩のホスト時代の名前だろうか。

というか、葛城先輩のホストモードを見るのは初めてだ。

表情や仕草、話し方まで変わって、なんだか別人のようだ。それは女性達もだまされるはずだ。


俺がウンウンと一人で納得して頷いていると、女性と葛城先輩の会話は、さらに危ない方向へと傾いていった。

「ていうかホクト、今からでも遅くないんだよ?バースデーだってまだだったのにさぁ。あたしのこと好きって言ったでしょ?今からでもいいよ?あたしの家、来なよ」

女性はニコニコとした笑みを崩さないけど、それが逆に怖い。

可哀想に見えていた姿がまた一転、少し恐ろしく思えてくる。


そもそも、この人が言っていることに、イマイチ理解が追いつかない。

本当に何言ってんだ、この人。

葛城先輩も俺もスーツを着てカバンを持っていて(葛城先輩のそれはほとんど空だけど)仕事中だってことくらい、見てわかるだろ。

というかそもそも主張の内容に理解が及ばない。

葛城先輩がホストを辞めるも辞めないも、それは本人の自由じゃないか。

葛城先輩には、お前以外にも沢山客がいたはずだろ。

大体、ホストクラブなんて金で偽の愛を買うものなのだから、そこでホストから貰った言葉を本気にするのもおかしい。

葛城先輩が、ずっとお前といるわけないじゃないか。


そこまで思って、ふと我に返った。

あれ、俺は、何でこんなにイラッとしてるんだろう。

女性の言っていることがおかしい……というのは当たり前だが、俺が言われているんじゃないのに。

俺は少し不思議に思いつつ、先ほどから沈黙したままの葛城先輩にふっと目線をやって、驚愕した。

葛城先輩が、あまりにもひどい顔をしていたからだ。

普段ぺらぺらとよく回る口はきゅっと噛まれ、目はショックを受けたかのように少し見開かれている。

手は下腹部のあたりの布を、強く掴んでいた。

先ほどから言葉がないな、とは思っていたものの、どうしたんだ、先輩。


思わず心配になると同時に、まだ喋り続ける女に嫌気が差す。

おい、少し前を向いて、葛城先輩の顔を見てみろ。

見ようともしてないくせに、そんな女が葛城先輩をおとせると思うなよ。

俺は柄にもない言葉を思い浮かべ、葛城先輩と女の間に割って入った。

女はようやくこちらに目をやり、怪訝な顔になる。

だけど、そんなの知ったことか。

俺は短く息を吸った。


「仕事中なんで。警察呼びますよ」

何の罪で、と自分でも思った。

けど、これは効果てきめんだったようで(こんな安い脅しを真に受ける女も女だが)女は舌打ちを一つ残して、スタスタと歳の割に短いスカートを揺らしつつきびすを返した。


俺は深くため息をつき、葛城先輩を振り返る。

葛城先輩はゆるゆると顔を上げ、かすれた声を出した。

「りー、ちゃん」

こんな時でもふざけた呼び方はやめない葛城先輩に思うところがないでもないが、今はとがめないでおこう。

俺は辺りを見渡した。


さぁ、これからどうするか。

流石に、葛城先輩がこのまま会社に帰るのは、多分無理だ。

何処かで休んでいくか。

まぁ、こんな時くらい、いいだろう。

上司もゆるい人だから、たぶん怒られない。


俺は少し考え、ピッと親指で横断歩道の向こうに佇むカフェを指さした。

「お茶、していきますか」

俺は葛城先輩が特に反応を示さないのをいいことに、ギュッと先輩の手を握り、青に変わったばかりの横断歩道へ踏み出した。 


◇ 


「さて、葛城先輩。俺からは特に何も聞きませんけど。何か話しておきたいことあります?」

ブラックコーヒーとカプチーノの紙コップを一つずつ両手に持ち、席を確保した(余談だが、席はほとんど空いていた)俺は、正面に座る葛城先輩にずばりと問いかけた。

別に答えが返ってくるのを期待してはいなかったので、俺はブラックコーヒーを先輩の前に滑らせ、カプチーノに口をつける。


何とも言えない味のそれを半分くらいを飲み終えたところで、葛城先輩はようやく口を開いた。

「……あの、姫は、もともと客だったんだ」

やはり、あの女は元客だったのか。

にしては、異様な執着ぶりだったけど。

俺は目線で葛城先輩に続きを促した。


「そうだったんですか。それで?」

「それで___」 


___何かがハマったらしくて、何回も来てくれたんだ。

俺もいい気になって、利用してた。

最初の方は固定の客が少なくて、俺も必死だったから。

そんなこともあって、あの娘よりも貢いでくれる姫はいたけど、あの姫の方は自分が一番だと思ってたんだ。実際、親が警察のお偉いさんらしくて、一杯貢いでくれたし好き勝手してたらしいけど。 


何年かで、ナンバーワンになった。

俺は高卒と一緒に働いてて、あの姫は昔からずっと来てくれていたから、その分執着が他の姫よりも深くて。

だんだん、「私だけ」とか、そういうことも言われるようになった。

だけど、ホストクラブなんて所詮適当なところだから。

俺もその場に合わせて、適当に笑ったり相槌うったり。

それで勘違いさせたのかもしれないけど。 


ある日、店の前で他の姫と偶然会って。

出勤前だったから、話もそこそこに別れようとしたんだけど、そこを見られて。

その夜来てくれたあの姫は、なんだか様子がおかしかった。

俺はただ単に機嫌悪いのかなー、くらいに思ってたんだけど___ 


「___刺された。グサッ、とね」


閑散とした店の中で、その言葉はやけにくっきりと、クリアに聞こえた。

時間が止まる気さえ、した。

葛城先輩の手が、下腹部のあたりの布を一層強く握りしめる。

シワになるほど、強く。

一拍遅れて、ゾワ、と俺の背筋を悪寒が駆け巡った。

あの女、確かにいい奴には見えなかった、けど……刺した、のか?

今、俺の目の前にいる、この人を?

わけも分からず、ただ無性に怖かったし、腹が立った。 


少し経ってから、葛城先輩は再び口を開いた。

「退院してすぐ、姫の誰にも言わないで、クラブを辞めた。クラブ自体が怪しいところだったし、あの姫の素性もあって事件のことはうやむやにされたけど。あの姫の執着は続いてたから、夜逃げ同然で引っ越しして、この会社に就職した。もう傷は完治したし、死ぬようなこともなかった。被害者面するつもりもないし、俺にも落ち度があるって、わかってる。わかってる、けどさ。でも、あの日から……」

葛城先輩は一度言葉を切り、俺と目を合わせた。

ふるり、とその目が揺れる。

数時間前まであんなに悪戯に細められていた目が、泣き出しそうに震えた。

見慣れない表情にどきりとする。

けれど、同時に、これがこの人の素なのかもしれない、とも思った。


葛城先輩はおもむろに立ち上がって息を吸い、消え入りそうに小さな声で言った。

「……あの日から、怖いんだ。女性が」

ひゅ、と息を呑む音がした。

多分、俺の喉から。

最早店内には俺と先輩しかいなくて、さっきまでマスターが居たカウンターには、(昼ごはんでも食べているのか)誰もいない。

先ほどあんなに辿々しかったのも、そういうことか。


そう言えば、この会社に来てからの噂は、一度たりとも聞いたことがない。

そもそも俺が知っている先輩についての噂は、この会社に就職する前の噂、それを又聞きなんだから、尾ひれがついていても当然だ。

女性に一度刺されたとなったら、恐怖を抱くのも不思議な話ではない。

それでも女性に対応する時のクセは抜けず、ただ噂だけが一人歩きしていた。

多分、そういうことだ。


正面の葛城先輩は、思い詰めた顔で俺を見下ろしている。

何を言えばいいのか、わからなかった。

下手な慰めも同情も、この場にはいらない気がした。

葛城先輩は、何も言わずに、目を悲痛に細めて俺を見ている。

俺は衝動的に立ち上がり、葛城先輩の背中に、小さな丸テーブル越しに腕を回した。

突然のことに体をこわばらせる葛城先輩をよそに、トン、トン、と一定のリズムで背中をたたく。

冷たくなった先輩の体温が、じわじわと伝わってきた。

トン、トン、トン、トン。

俺は背中をゆっくりとたたき続ける。

子供の頃、母にしてもらったように。

たかぶった感情を、鎮めるように。

どうしようもなく強がりで天邪鬼なこの人を、安心させるように。

ここに人がいなくて良かった。

もしこんなところを誰かに見られたら、恥ずかしすぎて三回は転生しないとこの地を再び踏めないだろう。


そんなくだらないことを考えていると、葛城先輩の腕が恐る恐るといった感じで俺の背中に回ってきた。

先輩の手が、ぎゅっと俺のスーツをつかむ。

そのまま数分ほどいると、段々と先輩の体温が上がってきた。

抱きしめているから、先輩の表情は見えない。

だけど、多分もう大丈夫だと、妙な確信があった。

それでも、俺は続ける。

この人には、人をからかうような、悪戯な笑みが似合うから。

心の底から、笑っていてほしいから。

遊び人で図々しくて、図太い人だとばかり思っていた葛城先輩は、案外、脆くて繊細な人なのかもしれない。

ぼんやりと、そう思った。 


どれくらい時間が経った頃か、どちらからともなく、体を離した。

流石に腕の筋肉が固まっていたし、若干暑いほどですらあった。

葛城先輩の表情は無表情のままだったけど、先ほどの思い詰めるようなものはなくなっていて、少しホッとした。

きっと、今日話してもらったこと以外にも、この人には傷がたくさんある。

傷を隠して、治ったふりをして、そこを他人につつかれないように、ただひたすら笑う。

数え切れないほどの傷を、かすり傷程度のものも致命傷になり得るものまでないまぜにして、全てを隠し続けて。そんな生き方をしてきたであろうこの人の、たくさんの傷の内のたった一つ。

今日のことがそれに過ぎなくても、先輩にとってのその傷が、俺に話したことで多少なりとも軽くなっていたならいい。

この人には、縛り付けられるのは似合わない。

今日でも明日でも数年後でも、いつか本当に治して自由に羽ばたいてほしい。

なんの理由もなく、そう思った。 


「りー、ちゃん」

しばらく沈黙が続き(数分間抱きしめあった後だから、微妙に気まずかった)、ようやく葛城先輩が口を開いた。

第一声「りーちゃん」には多少イラッとするところがあるが、この際それは置いておこう。

俺はすっかりぬるくなったカプチーノの紙コップを手に持ちつつ、葛城先輩の言葉の続きを待った。


「俺、ずっと悩んでたんだよ。女性が怖くなったからホストもうできないし、会社でもボロを出さないようにしないといけない。流石に、あの女ほどの恐怖ではないけどさ……で、ずっとこれでいいのかって。このまま生きてくのかなって、思ってたわけ。理由が理由なこともあるし、そもそも病院行くほどでもないかなって。だけどさ、今日……」

葛城先輩はニパッと笑って言った。

「……ぜーんぶ、何もかもどうでも良くなった!なんか吹っ切れたわ!ありがとね、りーちゃんのおかげだよ」

どうやら「りーちゃん」呼びはなおらないらしい。

だけど、それ以上に、嬉しかった。

大人になって、純粋に感謝されるのも久しぶりだし、何より先輩の笑顔が、計算なしの純粋なものだと伝わってきたから。

なんだ、この人こんな顔で笑うんだ。

そっちの方がずっと似合っている。


そう思っていると、ストン、と自分の中に何かが落ちてハマった。

それが何なのかはわからなかったけど、多分悪い感情ではない、と思う。

それがわかってもわからなくても、別にいい。

とにかく今は、心の底から、幸せでいっぱいだった。

「いいえ。礼には及びません。でも良かったです、本当に」

そう言って、俺も笑う。葛城先輩は一瞬動きを止め、それから満面の笑みを浮かべた。 


会社への帰り道。

予定されていた時間よりも大幅に遅くなってしまったが、あの上司はかなりゆるい方だ。

多分、いけるだろう。

叱責を受けたとしても、きっと大丈夫だ。

いくらか軽い気持ちで歩いていると、横を歩いていた葛城先輩が唐突に言葉を発した。

「ねぇりーちゃん、好きだよ」

一週間前と同じセリフ、同じような表情で告げられた、その言葉。

だけどそのトーンはより真剣で甘く、今更ながら、この人は本気なんだと思った。

特段不快だとも思わない。

ただ、理由が分からなかった。


「別に、気持ち悪いともやめてほしいとも言いませんが。なんで、ですか?」

葛城先輩は、もう普段の飄々とした表情に戻っていた。

へらりとした、うすっぺらい表情に。

葛城先輩は普段と何ら変わらない様子で口を開いた。

「撃ち抜かれた、からかなー」

「……ハイ?」


意味がわからない。

撃ち抜かれた、って一目ぼれとかの話か?

いやでも入社してすぐあたりの頃は、葛城先輩普通だったしな。

困惑する俺をよそに、葛城先輩は言葉を続けた。


「俺さー、この職につく前、ホストだったでしょ?」

「えぇ、知ってますが」

先ほど、嫌というほど思い知らされたので。

という言葉は頭の中だけにとどめ、葛城先輩の言葉を待った。

「この会社に就職して、一年目くらいが、ちょうど人間不信__女性に限らずね__のピークでさ。前職ホスト、っていうとチャラそうなイメージ持たれるし、ホントもう散々。営業はそれなりの成績取れたから、疎まれることも多かったし、女性社員は話しかけてくるし。やー、一時期は辞めようかとすら思ったね」

あっけらかんと告げられた言葉が、そのトーンに似合わぬヘビーさに感じたのは、きっと俺だけではないはずだ。

辞職を考えるレベルって、相当だろ。

「そのちょっと後、俺が就職して二年目くらいに、後輩が入ってきたんだよね。ま、新人は新人で他の先輩からの噂やら何やらで、俺がしてもない悪い話を信じるじゃん?でも女性社員も入社して増えるし、正直、一年目以上に状況は最悪。でもそこで出会ったのが……」

葛城先輩は一呼吸おき、キリッとキメ顔をしてみせた。

「りーちゃん!」

バチコーン☆という効果音すら聞こえてくるほどのまばゆいウインク。

いや、これを向けているのが後輩の男性社員とは、宝の持ち腐れがすぎるな。


葛城先輩は(先ほどのことはすでに吹っ切れたらしい)朗らかに続けた。

「りーちゃん、俺がホストだったって知っても対応変えないしさ、なんだかんだ言って助けてくれるしさ。いやもう最高よ?からかいがいもあるしね」

おい待て、最後の言葉は聞き捨てならない。

確かにいちいち絡まれていた気はするけど、そんな風に思っていたのか!?

いや、普通にひどい。

「あ、一目ぼれとかではないんだよ?第一、その時は何とも思ってなかったしね。で、まぁ入社式から三ヶ月くらいの時にさ、食堂で、聞こえたんだよ。りーちゃんと他の人との会話」


何を聞かれたんだ、俺は。

正直一年目のことはまったくといっていいほど覚えていない。

ましてや、会話の内容なんて。

葛城先輩はヘラヘラと笑って続けた。

「俺のこと嫌ってる同期がさ、その時りーちゃんと一緒にいたの。俺は何吹き込まれるんだかたまったもんじゃなかったし、りーちゃんはこれでもう話しかけてくれなくなるかな、って思ったのね。案の定、その同期はりーちゃんにあることないこと脚色マックスで人聞きの悪さ最高潮の噂を話し始めたわけ。しかも割と大きめの声で」

「それは……ひどくないですか?というか第一、そんな事ありましたっけ?覚えてないですよ、俺」


覚えてないということはさほど重要じゃないのかもしれないが、葛城先輩の口から自分のことを聞いていると、なんだか小っ恥ずかしい。

俺のつぶやきに、葛城先輩はけらけら笑った。

「覚えてない?ま、しゃーないかー。一旦話戻すね。それで、りーちゃんは一通りあることないこと、というか十割ないことの噂話を聞き終えて、そいつに言ったの。なんて言ったと思う?」

「え、は?いや、自分の発言なんて覚えちゃいませんって」

葛城先輩はこれまた腹の立つ顔で俺を見た。

なんだか……小馬鹿にされてないか、俺。

葛城先輩は「しょうがないなー」とでも言い出しそうな勢いで答えを告げた。


「『それが何か?』」

葛城先輩はことさらキリッとした表情で言った。

声色まで、普段と変えて。

ものまねのつもりか?

いや恥ず。

というか、俺、そんなこと言ったのか?

まったく記憶にない。


「先輩の方はうろたえてんのに、りーちゃんは黙々とご飯食べて、食後のお茶までゆっくり飲んで、『ごちそうさまでした。では』って去ってったんだよ。あれはしびれたね。単にかーっこいいーって思ったし、それで、りーちゃんに興味がわいて。それで関わっていく内、りーちゃんは、人の外側じゃなくて、その人自身を見てる、と思った。外見でも、声でも、噂でもなく。それがどうしようもなく、愛おしくて___」

急に話の流れが変わり、戸惑っている俺をまっすぐに見て、葛城先輩は屈託のない笑みを浮かべて言った。


「___好きなんだよね!」


ストン。

カフェで感じた、何かがハマる感覚。

ぎゅっ、っと胸がつかまれるような、錯覚。

あぁ、これは。

カフェではわからなかった、「何か」が何なのか、今ならわかる。

俺は苦笑した。 


撃ち抜かれたのは、どっちだ。 


何だか癪なので、こちらからは言ってやらないけど。

すぐ横を、スーツの大人が沢山通り過ぎて行く。

いつの間にか、会社の前まで来ていた。


「りーちゃん」

葛城先輩は神妙な表情になり、俺を真っ向から見つめた。

「好きだよ」

そして、三回目の告白。

もう、感じ方も最初とはだいぶ変わっているけれど。

俺は葛城先輩を正面から見返して(葛城先輩の方が背が高いので、若干見上げる構図なのが腹の立つところだ)、言った。


「あぁ、はい、ありがとうございます」

最初と同じ返事、しかし意味合いはまったく変わってくる。

声に込めた想いも、台詞に詰め込んだ愛も、表情に溶かした恋情も。

全て、口に出しはしないけど。

それでも十分伝わったらしく、葛城先輩は呆けた顔になり、動きを止めた。

俺はスタスタと会社に向かって歩き出す。

と、言い忘れたことがあることに気づき、途中で歩を止めた。

葛城先輩を振り返って、言う。


「愛してますよ、ダーリン」


「ちょっ、りーちゃん!?」

俺は今度こそきびすを返し、葛城先輩の叫びをBGMに、夕焼けに照らされたビルに入っていった。

閲覧ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ刺さりましたね、ハイ。 面白くてかっこよくてズキューンしてもう最高でした!! 是非とも同じ系統の作品をまた書いてくださいっ!! とにかく最高でしたぁぁぁぁぁ!!!
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