第一章:距離、ゼロセンチ
新しいクラスでの生活が始まり、悠李と玲央は少しずつ顔を合わせるようになる。
玲央は変わらず無邪気に話しかけ、悠李はツンとしながらも、どこか気にしている様子。
まだぎこちないけれど、ふたりの距離は確実に近づいていく。
第一章:距離、ゼロセンチ
「──おはよ、悠李くん!」
朝。まだ半分寝ている悠李の隣に、当然のように座る玲央。
「……水野。お前、なんで毎日こっち来るの」
「え、だって隣空いてるし。悠李くん、ひとりでぽつんって座ってるとこ見ると、俺が行かなくちゃってなるじゃん」
「いらないお世話。……ていうか近い」
「えっ、これくらい普通じゃない? ほら、顔近づけたって全然平気~」
「っ、顔近づけんな! バカ!!」
玲央は悪びれもせず笑う。
(なにこいつ……本当に距離感バグってる)
でも、なぜか逃げられない。玲央の笑顔は、思っていたよりもずっとあたたかくて、まぶしかった。
──そしてこの日を境に、悠李の「普通の高校生活」は、じわじわと変わり始めたのだった。
***
それから数日。
玲央は変わらず毎朝隣に座り、何気ない話を振ってくる。今日は夢の話、昨日は給食の話、その前は飼い犬の話。
「ねえ悠李くんって、朝ごはん何食べる派?」
「……食わない。ギリまで寝てる」
「えー! 朝ごはんは大事だよ? じゃあ俺が作りに行ってあげようか?」
「来んな。通報する」
口ではつっけんどんに返す悠李だが、顔はちょっとだけ赤い。
放課後も、玲央は廊下で待ち伏せしていたりする。
「一緒に帰ろ!」
「……なんで」
「だって方向、途中まで一緒っぽいし。いいじゃん、ね?」
この「ね?」の言い方がずるい。断れなくなるのを、玲央は完全に理解している気がする。
***
ある日、悠李がうっかり風邪で早退した翌日。
玲央が真っ先に駆け寄ってきた。
「大丈夫だった!? 昨日、すっごく心配してたんだよ俺!」
「……なんでお前がそんな心配すんだよ」
「だって……悠李くんだし」
その言い方が、どこか特別みたいで、心臓がどくんと跳ねた。
悠李は、机に突っ伏しながらそっぽを向いた。
「……別に、お前が来なくても、勝手に治るわ」
「でも俺が行ったら、もっと早く治ってたかもよ?」
「は? なにその自信。どこから湧いてんだよ……」
「悠李くんの隣、俺の特等席だからね」
玲央の明るい声と笑顔が、教室の窓から差し込む日差しみたいに眩しかった。
(──おかしい。あいつが笑うたびに、なんか胸がザワつく)
気づきたくない感情が、少しずつ育ち始めていた。
玲央の明るさに戸惑いながらも、悠李は次第に彼の存在を意識し始める。
距離はまだゼロセンチにはほど遠いけれど、確かな変化がそこにあった。
これからどんな関係になっていくのか、ふたりの物語はまだ始まったばかりだ