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第七話 実に胃にキュンとくる

「そう、かもしれませんわね。聖女様が、私どもに恨みや嫌悪感を抱かぬよう、殊更にこの場で私どもを煽り、わざと聖女様の前で私どもが彼を叱責する場面を見せた。そう考えることもできます。さすがは聖女様、素晴らしいご慧眼にございます」


 やがて王女様はにこりと笑ってそう言ってくれたが、バージルさんは呆れたような冷笑でもって、それを切って捨てる。


「マライア王女殿下、聖女が言えば、カラスも白だとするおつもりで? そんな願望まじりの詭弁に騙されないで欲しいものですね。俺は元々、粗野な田舎の家名もないような農家の三男。口と態度が悪いのは、生来のものですよ」


 怒りを煽るような笑みを顔面に張り付けたバージルさんに、王女様は全然目が笑っていないのに実に美しい微笑みを返す。

 バチバチ。2人の視線がぶつかったど真ん中に、火花が散った気がした。

 わあ。2人ともとても美形なだけに、とてもこわい。

 実に胃にキュンとくるその睨み(?)合いは、ちらとこちらに視線を寄越して怯え切った私に気が付いてくれた王女様が、ため息を吐いて終わる。


「……聖女様の御前で、これ以上醜い言い争いをするわけにはいきませんね。聖女様のご指摘はきちんと考慮に入れさせていただきますので、その点はご安心いただければと存じます」

 疲れたようにそう言った王女様は、ふっとその表情をかげらせ、消沈した様子で続ける。

「ただ、そのご指摘を聞き、気が付いたことがございます。ザヴィアー1人に責を押し付けるわけにはいけません。聖女様には、ザヴィアーだけでなく、私どもを恨む権利がございます」


「う、恨むなんて、そんな、筋違いじゃ……」

 おずおずとそう言ってみたものの、王女様に響いた様子はなく、彼女は暗い表情のまま横に首を振った。

「いいえ。この国において、聖女召喚を成させてしまったことは、私どもチチェスター王家の【淀み】の管理不足によるものでございます。このような者に家名と爵位を与え重用していた点からも、聖女様は私どもを非難し、如何様にも罰する権利がございます。誠に、申し訳ございません」


 ひええ。『如何様にも罰する権利』て。そんな強すぎる感じのやつ勝手に持たせないで欲しい。

 異世界人ことごとく覚悟ガンギマリ過ぎてこわい。

 先代、もしやこれを利用して何人ものお姫様を妻にしたのか……? 責任取れ的な……?


「え、いや、えっと、そもそも【淀み】って国が管理しなきゃいけないやつなんですか?」

「ええ。本来、【淀み】は発生地域の領主とその属する国で対処するものであり、その後の【穢れ】は、国で管理すると決まっております。民が病にかからぬよう、なにより聖女召喚なんて愚行を行わせないよう、立ち入りを禁じるのが本来です」


 私の問いかけに、王女様ははっきりと首肯した。しかし。


「国は、きちんと適切に管理しようとしていたでしょう。単に、俺が一国を出し抜ける程度には有能だっただけで」

 バージルさんは、淡々とそう指摘した。


 やっぱり、国を庇おうとしているじゃないか。どうして貧乏くじをわざわざ引きたがるようなまねをするんだ。

 王女様も、その事に気が付いたらしい。

 彼女はふうと呆れたようなため息を吐く。


「たった1人にまんまと出し抜かれたなんて、国として恥ずべき事。責められて当然だわ。けれど、そう、そんなのは本来あるはずがないことなのよ。……本当に、たった1人で聖女召喚を成し遂げたというの? バージル・ザヴィアー」


「ええ。俺は俺ただ1人の力で、国のどの機関よりも早く【淀み】に気づき駆けつけ、普通なら何百人で挑んで少なくない犠牲がでる【淀み】を単独で調伏しきり、そこから更に、通常は魔法使いが何十人と雁首揃えてやっとやり遂げる聖女召喚なんて大魔法を自らの力だけで行使しました。止める間など、無い内に」


 王女様に問われたバージルさんは堂々と胸を張り、高らかに告げた。

 そう聞くとすごいなこの人。そりゃ怖いものなしだわ。

 ほけーっと感心する私の目の前で、王女様は苦虫をかみつぶしたような表情で言う。


「そんなのは、そのうちのどれか1つだって、とてもあなた以外にはできないことね。本当に、嫌になるくらい頭抜けて優秀な男……。どうしてその圧倒的な力を、まっとうに魔王討伐に使わなかったの……!」


「どうせ死ぬならば、聖女の姿を一目見てから、死にたかったんですよ。魔王討伐の中で絶望にまみれながら死ぬよりは、聖女に護られた穏やかで美しい世界を目に焼き付けて、死にたかった。どうせ死ななくてはいけないならば、死に方ぐらい選んだっていいでしょう?」


「あなたならば、魔王を倒した上で生き残り、英雄となる道だってあったでしょう!!」


「ありません。そんなものは、絶対に。聖女がいなければ人類に犠牲が出ます。必ず、無数に出ます。1番強い俺は、絶対に真っ先に死ななくてはならないんですよ。俺にだって、その程度のプライドはあります」


「あなたは……っ! ……いえ、もうこんな口論は、意味のないことね。あなたはもう、聖女召喚を行ってしまったのだから」


 怒れる王女様と、どこまでも淡々と応じたバージルさん。

 しばらく続いた2人のやりとりは、王女様が悲し気にうつむき、終わった。


 ええと、バージルさんはこの国で1番強いから、最前線で戦うつもりで、そしたらまあ死んじゃうだろうなと確信していたと。

 聖女抜きでの魔王戦というのは、そのくらい厳しいものだと。

 それで、自分はどっちにしろ死ぬならば、他の人のために聖女召喚やっちゃえって思って実際成し遂げたと。そういうことね?


「……死なせません」


 思わず私の口から零れていた言葉に、ざっとみんなの視線が集中した。

 うん。胃がしくしくする。

 でも、緊張している場合じゃない。


 できるだけ頼りがいがあるように見えると良いなと願いながら、すっと椅子から立ち上がり、ぐっと背筋を伸ばす。頭のてっぺんから糸でつられているようなつもりで。


「バージルさんも、誰も、死なせません。魔王になんて、絶対に、誰一人、殺させません。聖女には、その力があるのでしょう。足りないならば努力します。『この身この命に代えてでも全力で』、私も、魔王に挑みます」


 王女様の言ったことになぞらえた私の決意表明に、場はしんと静まり返った。


 ……拍手してくれとは言わないから、なんかリアクション欲しいんだけどな。

 いや、新米聖女が何言ってるのかと笑い飛ばされたりしたら、泣いちゃうけど。

 でもほら、こう、『へー、がんばって』くらい、言ってくれても良いじゃないの。

 そのぽかんとした表情は、どういうあれなの。想定外? 呆れ? なんか色んな感情がわーって湧き上がって来て処理に手間取っているとかそういうの?


 そんな中最初に反応してくれたのは、バージルさん。

 やわらかな楽し気な笑みで、彼は言う。

「ああ、やっぱりリアは、聖女サマだな。なあ、もう1つ教えてやるよ。歴代の聖女聖人に、唯一共通の特徴があるんだ」


「共通の、特徴ですか?」


「ああ。性格も事情もそれぞれ違う彼女たちだったが、全員例外なくこうだったらしい。『どんな余裕のない状況だろうと、目の前で死にそうな者がいれば絶対に手を伸ばさずにはいられない。それがどんな極悪人だろうと、たとえ自分の敵だろうと生かそうとする』これが、聖女共通の特徴だ」


 ああ、納得。

 そこら辺も聖女の資質的なあれなんじゃないかな。

 きっと、そうじゃなきゃ、この世界に聖女として選ばれ呼ばれないのだろう。


 私がふんふんと納得しているうちにフリーズが解けたらしい王女様が、口を開く。

「……申し訳ございません、聖女様。恥知らずにも、その慈悲に、私どもは縋らずにはいられません。聖女召喚なんてしてはいけないことなのに、あなた様がここにいてくださることに、そうおっしゃってくださったことに、私は歓喜と安堵を覚えてしまいました……!」


 王女様は、なぜかとても申し訳なさそうだった。半泣きだ。

 彼女の周囲の一団も、揃っていたたまれな気な表情でいる。


 え。なんで?


「喜んでもらえたなら、嬉しいですが……。『しまいました』なんて、悪いように言う必要はないのでは……?」

「いえ、いえ。聖女召喚の罪を犯す勇気もなかったくせに、その恩恵にだけ与ろうとしたのです。ただでさえ苦労なさっている聖女様が更なる負担を負うことを、良しとしようとしたのです。ああ、私はなんと浅ましいのでしょう……! なんと醜いのでしょう……! なんて、なんて……!」

「え、え、えええっ」


 宥めにかかったつもりだったのに、なんかよくわからない自責の念のあまり、王女様はその宝石のような瞳から、ぽろぽろぽろと涙を流している。


「申し訳ございません。こんな、みっともない、聖女様を困らせるようなまねを……。わ、私、なんだっていたしますわ。どんな勢も財も、聖女様が望む限り集めて捧げます。せめて、聖女様に少しでも報いるために」


 王女様は、涙ながらに決意を新たにした。

 私は震えながら、もうとにかくうんうんと頷いて返す。


「あああ、ありがとうございます。あの、そうですよ。私、聖女の仕事する。そしたら、王女様、報酬くれる。それって別に普通の、ずるいとか悪いとかじゃない、普通のことですよ! 私が勝手にしたいって言ってるんですし、そんなに自分を責めないでください! ね?」


 なんか焦りのあまり、途中カタコトっぽくなっちゃったな。

 でも、王女様も少しは納得してくれたっぽくて、こくこくと頷いてくれたから、これで正解だったと思っておこう。


 王女様のすすり泣く声は、しばらく続いた。

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