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第三八話 新しい【誓約】なんていらない

「……うっわ。おいリア絶対目を開けるなよ。俺今、全裸だ。着ていた服は、全部燃えたみたいだ」


 最初に聞こえたのは、そんな間の抜けた言葉。

 二度と聞けないと思っていた、あまりに優しい愛しい人の声。

 その無事を、本当は今すぐに確かめたかったのだけれども。夢でも妄想でも幻聴でもないと、この目で確認したかったのだけれども。


 全裸と言われてしまっては、先ほどの白い光の眩さで閉じた目を、絶対に開けるわけにはいかない。

 というか、開けたところで目が見えるのか不安な程に、先ほどの光は眩しかった。もはや痛かったというか現在進行形で痛い。ズキズキジンジンしている。

 ああいや、自分で自分の目に治癒をかければ良いのか。かけておくか。……はい。

 これでおそらく目は見えるようにはなっただろう。とはいえ、やはり瞼を開けるわけにはいかないけれど。

 なにせ、全裸らしいので。


 そりゃ、派手に燃えていたし体格も随分変わっていたし、服なんて残っているわけがないよなぁ……。

 でも本当は、鱗が残っていやしないか、魔王の核はどうなったのか確認したくて仕方ない。なので、一刻も早く新しい服を着て欲しい。

 いや、おそらく自分の裸体を目視で確認しただろう師匠が1番に気にした部分が全裸だった事なのだから、きっと大丈夫だろうとは思うのだけれども。


 なんて、そんな事を考える間にも。

 パチンと指を鳴らす音、慣れ親しんだ彼の魔法の気配、それから衣擦れの音、彼が動いて生じているのだろう空気の揺らぎ。日常を感じるそれらが、次々に重ねられていった。


「あー、クソ。こんな事になるならもっとどうでも良い服着とけば良かったな……。というか、あれだけかっこつけたのにのうのうと生きのびたなんて、気まずくて恥ずかしくて仕方ないんだが。どうするんだ、これ」


 ぶつぶつとボヤくのは、間違いなく彼の声だ。

 私の愛しい人、師匠。バージルさん。

 生きてる、生きてる、生きてる! 彼が、生きている!!


「おいリア、ニヤニヤするな。確かに俺はとんだ間抜けだが、お前が規格外過ぎるんだよ。……こんな。魔王を人に戻してみせる、なんて、とんでもない聖女だ」


 師匠の拗ねたような声と、ため息。

 彼はたぶん今ものすごく嫌そうな顔をしているのだろうが、私はますます嬉しい気分になってしまう。


「ふへへ、ありがとうございます! 師匠、私に惚れました? 惚れちゃいました?」


「はいはい。もうメロメロのべた惚れだよ、リア。……これは、嘘でも冗談でもない。あの時だって、別に冗談じゃなかった」


「んもう、師匠のいじっぱり! 頑固! でも、ようやく認めてくれましたね、ありがとうございます! ……ところで、衣擦れの音は止まったようですが、いい加減に目を開けても良いですか?」


 少し前から、彼が動いている気配はしない。だから私は、そう問いかけた。

 答えづらいのか、答えたくないのか、少し長い、沈黙が流れる。


「……さっき言った通り、正直、気まずい、んだけどな。それはもう、顔を見られたくないくらいに。ずっと閉じといてくれと言いたいところだが、……服は、もう着ている」


 ようやくそう認めてくれた声が聞こえて、居ても立ってもいられずぱっと目を開け確認すれば、そこには確かに、彼がいた。

 常よりはラフな格好。ギリギリに駆け込んできた朝食の席なんかでたまに見た、部屋着か寝間着なのだろう緩めのシャツとズボン姿。靴まで消し飛んだらしく、足元は初めて見るサンダルだ。

 その頬は珍しく赤くなっているが、いつもとの違いといえばそのくらいの物で、最初に変化していた手まで含め、もう彼の体のどこにも、黒い部分はない。爪は人間の物だし、うろこも何にもない。

 師匠の髪色は濃紺で割と黒に近い色味だけれども、魔王の黒はもっと禍々しくてこんなに綺麗じゃない。

 今の師匠は、綺麗だ。出会った日からずっと毎日日々私を見蕩れさせてきた男の人の姿形に、すっかり戻っている。

 今朝は顔色が悪かったけれど、今はもうそれすらもなくて、とても健康的で元気そうに見える。


「ううー……っ!」


 言葉に、ならなかった。たまらない気持ちになって、私はただ呻いて、彼にがばりと抱き着いた。


「おっ……と。悪かったな、リア。心配をかけた」


 それを受け止め私を抱き返してくれる彼の腕だって、しっかり人間の男性のそれだ。

 ぎゅうぎゅうと力任せに抱きつき彼の胸元に頬を寄せても、鱗のようにザラザラゴツゴツした部分も、石のように固い感触もない。つまり、魔王の核も、たぶんもう無い。

 感動のままに、私は叫ぶ。


「ああ、……よかったぁ! 師匠、生きてるぅ! 人間だぁ! ちゃんと生きてるぅ!! ね、師匠、約束ですよ。ずっとずっと、このまま私と生きてくださいね?」


「はいはい。お付き合いしますよ、聖女サマ」


 なんだか適当にあしらわれているような返事だが、もう何だって良い。

 と、思ったのだけれども。

 ぐい、と一段深く抱き込まれて、そして私の耳に、彼の吐息がかかる。


「どこまでだって、いつまでだって、いっしょにいるよ。いっしょにいさせてくれ、リア」


 ずるい。好きだ。この人は私をどうするつもりなんだ。

 そんな、ないしょ話みたいに、こんな言葉を耳元で甘く囁く、なんて。


「もう、撤回なんか許しませんよ。聞きましたからね。神が赦したって聖女が許しません。言ったからには、ずっと私といっしょに生きてくださいね」


 照れくさくてかなり早口で言ったのに、師匠はあっさりと返してくる。


「おう、それこそ神に誓ったって良い。今から【誓約】でもしようか?」


 この人はまた、おっかないことを。

 でも、本気で言っているんだろうなぁ。


「……今でさえ夫婦喧嘩もできなそうなんで、新しい【誓約】なんていらないです。がんばって自力で守ってください。守ろうと、してください。……2度と、私を遺して死のうとなんて、しないで……」


 そこまで願った所で、同時に涙がこぼれてしまった。

 このままでは、師匠の服を濡らしてしまう。

 そう考えた私は、顔をあげ彼との距離を取ろうとしたのだけれども。


「……ああ。絶対に。俺はリアと、生きていくよ。これからも、ずっとずっと。お前と2人、せいぜい一切の後悔も無念も未練も憤怒も怨嗟も抱かないくらいまで、ゆっくりたっぷり、人生を楽しんでいくさ」


 師匠は、どこまでも真摯に、そんな言葉を返してくれた。

 しかも同時に、私の頭を優しく撫でて、彼から離れようとするのを押しとどめるものだから。

 この人、わざと私を泣かせようとしてない!? なんて、お門違いの怒りを、ほんのりと抱いてしまう。

 けれどその時。


 ……ワァアアアアア……!


 背後から爆発するように沸いた歓声と拍手で、そうだ私たちの背後には万に近い人々がいて、そして魔王との決戦に挑んでいたのだと、ようやく私は思い出したのだった。

 えっ、ちょっと、今のやりとりを見られたのも恥ずかしいけれど、師匠の全裸、誰も見なかった!? 平気!?

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