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聖女召喚は重罪だそうです  作者: 恵ノ島すず


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第三七話 ???

 始まりの魔王と始まりの聖女の、話をしようか。


 始まりの魔王は、元は永き時を生きたドラゴンだった。

 エンシェント・ドラゴンなんて呼ばれていたようだったけれど、とにかくただ永く生きて、いつしか強くなっただけの、ただのドラゴンさ。

 私たち――神々からすればね。


 あの子は、とにかく強さを求める子でね。

 強くなりたくて、その強さを知らしめたくて、とにかくずっと、戦っていたな。

 ああそうだよ? 私たちはあの子を見ていた。その所業を知っていた。そして、何もしなかった。


 生きるために殺す、邪魔だから殺す、愉しむために殺す、直接的であれ間接的であれ、みんな当然にしていることじゃないか。命の営みの一部で、生命の循環に必要な事だ。

 ならば、強くなるために殺す。それだって、同じ事だろう?

 そうだね。殺害は、社会から悪とされる事はある。倫理から悪とされる事はある。己の良心から悪とされる事はある。


 けれどそれはどこまでも、人の都合の話でしかない。

 それに対する神からの天罰など、期待されても困るよ。

 求められれば応えてやることは、あるかもしれないけれどね。

 とはいえ、私たちが自ら動くような事では、ないのだよ。……わかってくれたかい?


 ふふ、あの子は【いつかは神をも殺してやる】という誓いを立てていてね。

 それでまあ、確かに私たちに届きそうなくらいだったものだから、見ていた。ああ、いつ来てくれるのかと、楽しみにしていたやつもいたな。でもそいつだって待っていただけだもの。

 ただ、見ていた、それだけの話さ。私たちは、何もしなかった。

 ……けれどそう、あの子はやり過ぎたのだね。


 世界のバランスを崩してしまう程に、生命の循環が滞る程に、あの子は殺し過ぎた。

 いつからかあの子は魔王と呼ばれ、ひたすらに力を求め絶望を振りまくだけの怪物に成り下がってしまっていた。

 故に人々は救いを求め、そして世界は、始まりの聖女を降ろした。


 聖女については、神の管轄ではないよ。

 しようと思えばこの世界のことはだいたいどうとでもできる私たちだけれども、外の世界の誰かをどうこうなんてのは、さすがにね。

 あれは、世界そのものの機能さ。世界のすることだから、世界を越えられる。

 病を打ち倒すために体温が上昇するように、異物を吐き出すために咳が出るように、この世界を魔王から守るために、聖女は現れる。


 けれど現れた始まりの聖女は、ひどく優しい子だったんだ。優し過ぎる子だった。

 今の聖女と、良い勝負じゃないかな。

 彼女は、人々のために祈り、傷を癒し、命を救い、弱きを助け……、けれど、強きをくじくことは良しとしなかった。


 結局、始まりの魔王は、討たれたのだけれどもね。

 始まりの魔王自身が、争いの中で死ぬ事を望んだのもあるだろう。

 けれど結局のところ、あの子は赦されなかったのさ。

 私たちでないならば、誰にって? それは当然、世界にさ。


 世界は、定めた。無数の命を殺し、数多の物を壊し、途方もない範囲を穢し尽くしたあの子に、救いなどあってはならないと。

 あの子が安寧を得ることを、安穏に暮らすことを、安心して眠ることを、世界の誰も、許さなかったのさ。

 ……彼女以外は、ね。


 始めの聖女は誰をも救おうとした。それは当然、魔王すらも。

 けれど彼女は、魔王にその手を差し伸べる事だけは許されなかった。世界によって。


 彼女はそれはもう、嘆きに嘆いてね。

 生涯の後悔と無念として……、そして現世での未練として、遺してしまったのだよ。

『もっと他の手段があったのではないの? もっと私に力があれば、他の手段が取れたのではないの? どうして私は、魔王を救うことができなかったの?』とね。


 そして、先に死んだあの子の方には、もっと強い心残りが、遺ってしまった感情があった。

『もっと戦いたかった! ああなんてつまらない結末か! 我を打ち倒した強者であるはずの聖女が、なぜ笑っていないのか!? 勝利とは歓びであるはずだ。聖女がそれを得ていないのならば、我は何に負けたというのだ!?』ってね。


 そんな、始まりの聖女の後悔と嘆き、始まりの魔王の憤怒と怨嗟、これらが困ったことに、共鳴してしまったのさ。

 先にあり、そして並々ではなかったのは始まりの魔王のそれの方だから、後から聖女のそれが取り込まれてしまったような形だね。

 自分たちの結末には、納得がいかなかった。その部分が共通していて、なにより両者の生前の因縁が、強すぎたせいだろう。

 そうしてあの子達は、ひたすらに力を求め最強を渇望する、一個の怨霊になってしまったのだよ。

 その怨霊は、幾度も、魔王と聖女をやり直させた。別の結末を求めて。けれど別の結末など、一度も得られなくて。幾度も幾度も幾度も、やり直させた。

 破壊の化身たる魔王を再臨させ、打倒されようとも聖女の力により百年の時をかけ蘇らせる。そんな風にして。

 つまり、君たちが言う魔王の核。それこそが、その一個の怨霊さ。


 魔王の核は、回復や浄化の力だけでは癒せない。それは始まりの聖女に取り込まれ、彼女の後悔と嘆きを強めるだけだから。

 魔王の核は、破壊の力だけでは壊せない。それは始まりの魔王に取り込まれ、あの子の憤怒と怨嗟を燃え上がらせるだけだから。


 けれどもしも、癒そうとする者聖女と、破壊せんとする者魔王が、手を取り合うなんていう、奇跡があれば。

 聖女が魔王を癒そうとすると同時に、魔王が破壊の手を止め聖女の幸福を祈るのならば。

 始まりの聖女は、今度こそ、魔王を救うために。

 始まりの魔王は、今度こそ、聖女の笑顔を見るために。

 力への渇望を、手放すことができるのだろう。


 そうしてもしも、魔王が救われ、聖女がそれを歓ぶのであれば。

 始まりの聖女にとって、もう力は必要がなくなる。今度こそ、魔王に手を差し伸べることができたのだから。

 始まりの魔王にとって、もう力は必要がなくなる。今度こそ、己の敗北が、確定したのだから。

 そうすれば、後悔も無念も未練も憤怒も怨嗟も、どこかに消えて、しまうのだろうさ。


 なんて、そんな予想を立てつつも、そんなもしもはあるわけがないと、私たちは考えていたのだけれどもね?

 だって、聖女と魔王だよ? 宿敵じゃないか。

 その出会いはどうしたって絶望で、殺し合わずにはいられない運命だ。

 それに、神が許しても世界が許すわけがないのさ、魔王が救われるだなんて。

 だからそんなもしもは、あり得なかった。


 なのに、ねえ?

 今回の聖女と魔王は、手を取り合うどころか、愛し合ってしまったのだもの!

 とんでもない別の結末(ハッピーエンド)さ! それを君たちは、示してくれたのだよ、バージル・ザヴィアー!

 しかも、君は今回己の切り離した力……、君らの言い方だと、淀みとそこから生じる魔物、か。それら以外の何も壊しも殺しもしなかっただろう?

 世界だって、文句のつけようがないだろうさ。

 ああ、誰にも文句など言わせないさ、他ならぬ、私たちが! 祝福を贈るよ、君たちのこれからに!


 そのくらい、君たちには、感謝しているんだよ。

 君たちのおかげでようやく、あの子達の魂は、私たちの御許へと帰って来られたのだから。

 始まりの聖女と始まりの魔王は、ようやく、安らかな永劫の眠りについたのだよ。

 そちらからすれば、昇天、という表現になるのかな?

 私たちとしては、帰天の方が、しっくりくるけれどね。おかえりなさいと、言ってやりたいもの。

 そう、ようやく、ようやくだ。あの子と彼女は、ようやくここに帰って来てくれたのだよ。

 うん? そうだね。彼女は、始まりの聖女は、私たちが送り出した魂じゃない。けれどもう、うちの子だもの。私たちの世界で生き、命を繋ぎ、そしてここに、帰ってきてくれたのだもの。

 かつての聖女や聖人の中にはね、元の世界の神の御許に行くことを選んだ子もいるよ。けれど彼女は、ここに帰ってきてくれた。

 だからもう、おかえりなさいで、良いのだよ。

 ああ、おかえりなさい、かわいい子たち。随分と永い間、さ迷っていたね。


 さて、気分が良いから、もう1つ教えてあげようかな。

 魔王の討伐とはなりかけの弔い。いつだか君はこう表現していたけれど、その通りだよ。

 君は一度、魔王となってしまったあの瞬間に、確かに死んだ。

 ほんのわずか自らの死体を動かせたりはしたみたいだけど、死んでなかったわけじゃない。

 臨死体験ってやつだね。

 そう君は今、死に臨んでいる。

 だから、私とこうして言葉を交わせている。


 けれど、君にはまだ、おかえりなさいとは、言ってやらないよ。

 なぜって? 君だって知っているだろう。聖女は、ちょっと前に死んだ人間くらいなら、蘇らせることができる、ってさ。

 魔王が魔王となってこれ程すぐに聖女が駆けつけられた例はなかったから、これまでは手遅れだったのだけれどもね。

 その点も、今までとは全く違う。

 君は、逃げも隠れもしなかった。それどころか、己が死ぬ舞台を完璧に整えてみせた。良い覚悟だ。素直に賞賛に値するよ。

 その覚悟がなければ、きっと、間に合わなかった。


 良かったね。その上、君の聖女は、奇跡的な正解を引き当ててくれたようだ。

 君が魔王となってすぐに、心の底からの『生きてくれ』っていう願いを叩きつけたんだよ。それも、道と道を触れ合わせて魔力を直接流し込むなんていう効率的過ぎる手段で。

 ……魔法を発動しようとは、していなかったけれどね。

 でも、それだけ条件が整えられていたら、後はほんの少し導くだけで足りる。

 始まりの聖女か、始まりの魔王か、いや両方かな。ともかく誰かが、蘇生の魔法とはこうやるのだと、教えてやったらしい。


 だから、君におかえりなさいとは言ってやらないよ、バージル・ザヴィアー。

 私が今君に贈る言葉は、『いってらっしゃい。良い旅を』だ。


 ほら、もう目覚める時間だよ。

 君の最愛の、泣き虫なお弟子様があちらで待っている。

 早く戻っておやり。


 ……ああ、そうだね。彼女は役目で呼ばれるのは、嫌いなのだっけ。

 君の愛しの織名莉愛嬢に、よろしく伝えてくれたまえ、バージル・ザヴィアー。


 あの子達を救ってくれて、ありがとう。

 君たちの前途に、幸多からんことを。

 2人とも、せいぜい後悔も無念も未練も憤怒も怨嗟も抱かぬよう、ゆっくりたっぷり、現世を楽しんでおいで。

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