第三三話 どうすれば どうして
更に一段笑顔の圧を増やして、師匠以外のみんなに見せている完璧な聖女のような綺麗な笑顔で、私は宣言する。
「絶対に、嫌です。私はみんなにすごいと思われたいですし、聖女は、この世界の人類の希望なんですから。私が弱気な顔をしていたら、みんなが不安になります。『なんでもない。こんなの楽勝。魔王だって恐るるに足らず!』そういう顔を私がしていれば、みんなが安心して活躍してくれて、結果私も楽をできるでしょう?」
「……まあ、一理ある。それに、繰り返しになるが、リアはリアのしたいようにするべきだしな」
「そうですよ。それに、魔王だってきっと、胃弱で気弱な聖女より、笑顔の完璧聖女の方が恐いでしょうから」
「どうだかな。魔王なんざ、理性も知性も失った獣だろ。恐怖なんざ感じる心を持っているかどうか。……しかしまあ、お前は心根までも美しい聖女だな」
ようやく説得を諦めたらしく、ため息混じりにそう言った師匠は、眩しいものを見るような目で私を見つめている。
その言葉、その視線。好きな人からのそれは、とても嬉しい。
にやーっと我ながら嫌らしい笑みを浮かべてしまっている自覚はありながら、それを抑えきれない程度に浮かれた気持ちで、私はずずいと師匠との距離を互いの椅子がぶつかるくらいに詰め絡みに行く。
「あら師匠。私に惚れました? 惚れちゃいました?」
「はいはい。もうメロメロのべた惚れだよ、聖女サマ。俺だけじゃなくて、この世界の誰もがお前のことを愛しているさ」
む。師匠め。あからさまにこちらをあしらうような、いかにもテキトーな表情と口調で流そうとしているな。
でもまあ、言質は取れている。ということにして、追撃をしよう。
「私は、師匠のことを本気で愛しています。師匠のことだけを、愛しています。相思相愛なら問題ないですよね? 私と結婚しましょう! 共に生きてください!」
「はー……。なんでお前は、こんなに男の趣味が悪いんだろうな」
改めてのプロポーズに返されたのは、いやに重いため息と、ものすごーく嫌そうな表情で発された嫌味だった。
ぐぬぬ。負けない。
「師匠は普通にかっこいいですよ。まず顔がいいです。それはもう、一目ぼれしちゃうくらいに。更に魔法もすごくて、努力家で、お人好しで、面倒見が良くて、気が利いて、優しい。もう、全部大好きです!」
「まあ、俺が有能なのは疑う余地もない事実だが。条件的にはもっと良いやつが何人も聖女サマに惚れてるってのに。王太子サマのアレだって、大人ぶってかっこつけているから嘘くさいだけで、あいつ割と本気だぞ? なのに、なにも、田舎の農家出身の死刑囚なんかに執着しなくて良いだろ……」
私の心からの賞賛と告白に、しかし師匠は心底呆れたとばかりにため息を吐いた。
手強いなぁ。ちょっとくらい照れたりしてくれてもいいのに。
「それでも、師匠は、何も無かった私を聖女にしてくれた人です。ここまで導いてくれた恩人です。それに、師匠だけが、私が無理をしているって気が付いてくれました。どうしようもなく、好きになっちゃったんです。もうあなた以外、そういう目では見ることができません」
「見ろよ。目移りしろよ。世界は広い。……まあ、俺が死ねば、嫌でも他を見ることになるか」
私の必死の追撃も響いた様子はなく、一段暗い瞳でそんなことをぼそりと呟いた師匠に、ちょっと泣きそうになってしまう。
ぐっと堪えて、私は続ける。
「死なせませんよ。あなたの死刑判決程度、当の被害者である私が、世界を救った実績を盾にゴネにゴネてひっくり返してやりますから」
「そうか。じゃあ、まあせいぜいがんばって魔王をぶっ殺して世界を救ってくれ」
私がこれほど情熱的に訴えても、師匠はどこまでも低いテンションのままだった。
けれどこの人は、『鏡見て出直してこいブス』とか『お前ごときが俺に釣り合うと本気で思うのか』とか、私を傷つけるような断り方はしない。
それどころか、『お前をそういう目で見られない』とか『他に心に決めた相手がいる』とか、やんわりとけれどしっかりと望みを絶つような振り方さえもしてくれない。
これでは、諦めることなど到底できそうもない。
ああ、好きだ。その優しさと残酷さすらも。
どうすれば、この人は振り向いてくれるのだろう。
どうすれば、この人は私との未来を真剣に考えてくれるのだろう。
聖女召喚を行った罪での死罪なんて、当の召喚された聖女であるところの私が『むしろあなたに会えて良かったから赦す』と主張しているのだから、きっとひっくり返るだろうに。
どうしてこの人は、こうも頑なに死ぬつもりなのだろうか。
俯き泣きそうになっている私の頭を、慰めるように宥めるように、ひどく優しく師匠が撫で始める。
なんて残酷な事をするんだこの人は。
こんなの、好きでもない人にされたら不快でしかない行為だが、好きな人にされたら嬉しくて恋しくてますます泣きたくなるような行為だというのに。
「ああっ、もう! 大好きです! 愛してます! 師匠には、ぜっっったい私と結婚してもらいますからね!」
「ははっ、ま、がんばれ」
やけくそ気味に叫べば、師匠はぽんと軽く私の頭を叩きながら笑った。
「ううう、ちっとも本気にしてくれてない……! こうなったら、師匠からプロポーズしてもらえるほど魅力的な完璧聖女になってやる……!」
私が悔しさをたっぷりにじませながら決意をすれば、私の頭から手を離した師匠は軽やかに言う。
「じゃあ、まず、その泣き癖を治そうな。お前は今でも十二分に良い女で良い聖女だが、俺の好みは、泣かない女だ」
「そ、れはそう……、ですね……。自分でもこれはあまりに情けないと思っていますし。がんばります……」
「……ああ。リアには、泣かないで欲しい。どうか……、泣かないでくれ。ま、魔王さえ死ねば、もうお前が泣くようなこともそうなくなるだろうさ」
師匠は、それこそ泣いてしまいたくなる程ひどく慈愛に満ちた声音でそう告げた。
平和な世になれば、確かに怖いような事は減るだろう。だがしかし。
「ふふふ、私の心の脆弱さをナメないで欲しいものですね。そんな偉業をなしとげてみんなに賞賛されるようになったら、それはそれで泣きたくなるでしょうよ。今の私なら確実に泣きます。世界中から注目されて感謝されて褒めたたえられて、なんて」
なにせつい先日、魔王討伐成功のパレードで着るドレスのデザインの希望なんてものを聞かれた。
そんなのは不謹慎ではないかと反発してはみたものの、なんと今のところ師匠の大活躍により魔王を原因とする死者がゼロであるために、楽勝祝勝ムードらしい。
いやでも、世界最強さんは魔王の核のせいで死んでしまう運命らしいし、不謹慎、だと思うんだけどなぁ……。
どうにか拒否できないかなぁ、パレード。見世物になりたくない。
それに、もし万が一にも師匠が死ぬなんてことがあったら……、いや、それは何が何でも回避してみせるけれども。
「リアは、とことん難儀な性格をしているな……」
祭り上げられる想像と、なにより万が一彼が、と考えて涙目になる私を見た師匠が、ため息交じりにそう呟いた。
私はそれを振り払うように、おどけて笑う。
「そう、私は難儀な性格をしているんです! それを知らない人に惚れられていても、意味ないと思いません? 王太子殿下や師匠以外の人となんて、うまくいきっこないですよ!」
「そうか? お前がどれほど努力しているかを知れば、誰もがますます惚れこむと思うが……。とはいえ、その性格では王妃どころか、人の多いこの都に住むのすら向いていないだろうな」
「そうですねぇ。正直、魔王を倒したら田舎に引っ込みたいです。師匠のご実家って、見渡す限り畑と山で人より家畜の方が多いって前に言ってましたよね? 行ってみたいです。連れて行ってくれませんか?」
「……お前が魔王を殺した後で、俺が生きていたらな」
そして師匠のご両親に『バージルさんをください』とご挨拶を……、とまでは言わなかったのに。
師匠の返答は、『行けたら行く』レベルのあまり気乗りのしていなさそうなものだった。
私はむっと唇を尖らせ、師匠のネガティブに反発する。
「死なせませんよ、師匠も、誰も! そのために私はこの力をもっともっと使って鍛えて、魔王戦だって死傷者ゼロを目指しているんです!」
「ああ、リアはよく頑張っている。……死傷者ゼロか。そうできたら良いな」
師匠は『そうできるわけがない』と確信しているのを隠すかのような、何かを諦めているのに無理をしているような笑顔を浮かべていた。
普段は自信満々な彼の珍しく弱ったようなその様に、私は、何も言い返すことができなくなってしまったのだった。




