第三一話 聖女のお気に入りの侍女
「おおー。カミラさんめっちゃ強いですね」
「ま、それなりだな。家格がさほどのものでない上に頭のデキに多少の難があっても聖女の側仕えに選ばれただけの事はある」
「その言い方はどうかと思いますよ、師匠」
私と師匠は、淀みの発生現場、カータレット子爵領軍の皆さんが戦っているその後ろで、そんなゆるい会話を交わしていた。
カミラさんを連れた私と師匠が現場に到着した当初は、こんなゆるい会話なんてとてもできない程、現場はひどい有様だった。
幾人もの騎士たちが討たれ地に倒れ伏し、前線は崩壊。
カータレット子爵を中心に魔法使いの方々は後方で奮闘していたものの、次々に湧き出る魔物たちの数を減らすことはできておらず、それどころか彼らの所まで魔物がやって来てしまうのも時間の問題……、というところで私たちが到着。
私の回復魔法で騎士の方々は皆立ち上がり、私が全力でかけたバフを纏ったカミラさんを先頭に魔物たちを押し返し始めた。
私は後方から継続して支援と回復を戦場全体に振りまきつつ、師匠と2人、現場を眺めている。
迫る魔物にパニックを起こしつつあった魔法使いたちも落ち着いたようで着実に魔法を使い始めているし、師匠の手を煩わせずともなんとかなりそうだ。というのが、現在。
回復魔法、間に合って良かった……。
カータレット子爵の意地、というか、そもそもの原因な上に今日の今日までそんな事態になっていると知らずに放置していた私のせいで誰かが亡くなったとか、悔やんでも悔やみきれない。
もしかすると一瞬死んでいたのかもしれないけれど、今は全員動いているからセーフ。ということにしておく。
「しかし、カミラさん本当に強いですね……。後からまとめてとはいえ同じようにバフをかけた騎士さんたちの誰よりも、倒している魔物の数が多いような……」
短剣を両手に装備して舞い踊るように魔物たちの間を駆け抜け次々と奴らを屠っていくカミラさんを見ながらそう呟くと、傍らの師匠が解説してくれる。
「一応貴族家の直系だからだろうな。基本的に、血統の良い奴の方が魔法使いとして優れている事が多い。代々そういう血を取り込んできているからな。お前の祝福だけじゃなくて、自分でも自分に魔法かけてるんだろ」
「ああ、そういう……。え、じゃあ師匠はどういうことなんです? 師匠、元々は貴族とかじゃないんですよね?」
「俺は突然変異……、というか、先祖返りかなんかなんだろうな。優れた魔法使いの家系にも落ちこぼれは生まれるし、それで在野に降りた落ちこぼれだって一応は優れた血統を継いでいる事には変わりないから、どこかでその血が目覚める事もある」
「なるほどー」
なんて会話をしているうちに、前の騒ぎが落ち着いてきた。
新たに湧き出る魔物はもういないようで、一体一体確実に魔物が減ってきている。
すると、魔法使いの集団の中から一人一段派手な衣装を着た中年男性、カータレット子爵が抜け出て、私たちの元へと歩みを進めた。
「……聖女様、ご助力、感謝申し上げます。しかし、その、これはどういったことでしょうか……?」
やがて私たちの前に辿りついた子爵にそろりと問われ、彼の自分たちで対処したいという要望を無視する形になった私は、言葉に詰まる。
「お前らの要望通り、俺は手出ししなかっただろ。そして、聖女が子爵風情の意見を聞かねばならない道理はない。リアは誰も死なせたくないんだとよ。お前の意地のせいで、聖女の心に傷がつくところだったんだが?」
私の代わりに師匠がずいと一歩前に出て投げつけた言葉に、子爵はびくりと大きく震えた。
子爵は、深々と頭を下げる。
「そ、それは……。たいへん、申し訳、ございませんでした。己らの実力を、過信しておりました……」
「はっ。今までは、俺が軽々倒してたもんな? あのくらい、自分たちだってとでも思ったか? 残念だったな。聖女抜きで犠牲無しに淀みをどうこうできる魔法使いなんて、この世界に俺くらいしかいないんだよ」
ガラ悪く煽りに煽ってハン、と鼻で笑って締めくくった師匠に、カータレット子爵は悔し気な表情をしている。
しかし私の手前、何より私たちが来るまでの戦況を考え、何も言えないようだった。
「だいたい……」
「師匠、そのくらいで。子爵は先ほど『ご助力、感謝』と言ってましたが、私の力を借りたなんて思わなくてかまいませんよ。私はあくまでも、カミラさんの活躍の見学に来ただけです。あなたの意見を無視したつもりはありません」
師匠がまだ説教か嫌味かを続けそうな雰囲気だったのを遮って、私はしれっとそう主張した。
師匠はふう、と仕方なさそうなため息を吐く。
「見学にしては、随分大盤振る舞いで魔法を使っているがな。……ま、聖女サマがそうおっしゃるならば、そういう事だ。俺だって、リアの身に危険が迫らない限りは動くつもりはない。これで文句はないな?」
「そういうことです。それに、カータレット子爵たちはもう、無理をしてまで名を上げる必要などないでしょう?」
私は、できる限る堂々と見えるように微笑んだ。
名を上げる必要がないと言われた子爵は、いぶかし気に眉をひそめている。
一つ深呼吸をしてから、私は我ながら実に勝手な事を言ってやる。
「カミラさ……、いえ、カミラは、私の、聖女の侍女です。それも、この素晴らしい戦いぶりを見せてもらって、とても気に入りました。聖女のお気に入りの侍女とその実家なら、お城でも貴族社会でも大きな顔ができる、んですよね?」
「おいリア……」
師匠は呆れたように私の名を呼んだが、そんなのは無視だ。
「し、しかしカミラは王城から解雇された身でして……、聖女様より此度の活躍の機会はいただいたようですが、これだけで城に戻れるとは……、とても……」
震えるカータレット子爵に、私はニコリと笑って返す。
「らしいですね。でも、私個人が新しく雇う分には、別にかまいませんよね? 実は私って、好きなようにお城に人を入れて良い権利があるらしいです。彼女が今あそこに立っているのだって私の命令でですし、今日から雇います。お給料についても、お城で雇われている方々と同等を約束しましょう」
「リアがそこまで負担を負う理由なんざないだろ……」
不服と不機嫌と不満をありありとにじませながら、師匠はそうこぼした。
私はそれに、苦笑いを返す。
「大した負担じゃないです。師匠だって知ってるでしょう、私、最近お金持ちなんですよ。人を治癒するたびに、断っても断っても感謝の気持ちとやらを金貨に変えて積んで来る人が多いので。まあ、私に雇われるなんて嫌かもしれませんが……」
「とんでもございませんっ! 聖女様に雇っていただけるなど、望外の喜びにございます! カミラには、今度こそ心を入れ替え、真摯に仕えるよう重々言って聞かせます! 聖女様、心より感謝申し上げます……!!」
『これでも一応私は王様より偉いらしいし、なによりお家の名誉回復のために我慢して頑張ってください。聖女とのわだかまりがあると思われて後ろ指を指されているからには、私との関係が良好だと示すのが名誉回復の最短ルートのはずでしょう』と続ける間もなく、カータレット子爵は深々と頭を下げた。
これでカータレット子爵家が名誉挽回できれば、今後またカータレット子爵領内で淀みが発生したとしても、もう無茶をするようなことはないだろう。お金に関しては今回得た素材と、カミラさんのお給金でなんとかして欲しい。
お城に戻ったら、他の3人にも手紙でも出して声をかけてみよう。
私は先代に負けない名声と支持者が欲しいし、何よりやっぱり誰かが私のせいで犠牲になるなんて我慢ならないから、手を出さないなんてできないもの。
師匠といっしょに、淀みに関してはサクサク確実に処理してしまいたい。
今回のように意地になるような家なんてあったら、たまったものではない。
確かにあの時私の心の扉は閉じたし、嫌な気分だったのは間違いない。
でも、いくらなんでも報復が過剰過ぎた。
私のせいで殴られて解雇されて貴族社会でも後ろ指刺されてなんてひどい目に遭っている人や家を見捨てるのは、寝覚めが悪い。
ここまでひどい目にあったのだから、聖女のお気に入りの侍女の立場くらい、与えられても良い。私にできる、最大のひいきをしておきたい。私はそう思う。
どれだけでも好き勝手していいらしい立場の私がそう思っているのだから、そうして良いはず。ということで。
……まあ、カミラさんは人が変わったようだったけれど、他の3人はあの時と全然変わってなかったり今後またあの感じに戻るなら、容赦なく遠ざけるけど。
さすがに、今度は直接の雇い主になる私にそんな事はしない、と思いたい。……いや、他の人にもそういうことしたら嫌だな。するなら解雇だぞと釘を刺しておこう。
そう決めたところで、恐縮しきった様子で小さくなっているカータレット子爵の背後で、最後の魔物がカミラさんの手によって倒されるのが見えた。




