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聖女召喚は重罪だそうです  作者: 恵ノ島すず


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第三話 聖女召喚

 暦の上ではまだ春のはずなのに、これはもう初夏と呼ぶのではないかと思うほど暑い5月のある日の放課後。

 のたのたと自宅(と、まだ言っていいのか。祖父の遺産分割協議が終わったら追い出されるのではないかと恐々としている元祖父母宅)への帰り道を歩いていたそのとき。


 ふいに、奇妙なくらい涼しく爽やかで、草原のかおりがする風が吹いた。

 同時に、外国の歌だろうか。少しも聞き取れないのに妙に心に響く誰かの声が、細やかに、でも確かに届く。


『……まもりたまえさきわえたまえ。こいねがうはきよきもの。いつくしみぶかきいかいのこ』

「……へ?」


 今なんか、ちょっと聞き取れた?

 いや、耳に届くのは相変わらずどこの言語かもわからないふしぎな響きの言葉なんだけど、意味がなんとなく伝わってきたというか……。


『聖女よ、此方へと来たれ。悪しき穢らわしき魔の王の脅威に曝されしこの世界を、どうかその慈愛で救い給え』


 今度は、はっきりとわかった。

 耳に馴染みのない音でしかなかったそれが、まるでよく知った言語のように意味が理解できるようになったのだ。

 カチリと何かが嵌まったかのように。急に、はっきりと。


「え、え、なに? ……きゃっ!?」


 いきなりの奇妙な事態にとまどっていると、先程から吹いていた風が、ぐんっと勢いを増した。

 立っていられない程に。

 目も開けられない程に。


「なになになに!? やっ、きゃああああ!」 


 ぶわり、足元を掬われた。

 竜巻にでも飲み込まれたかのように、体が風に持ち上げられ、完全に浮き上がってしまう。

 え、え、え!?

 日本で竜巻!? こんな急に!?

 この辺そんなに風が強い地域でもないのにっていうかこれもう風じゃない気がするっていうか、何が起きてるの!?


「ぃやーーーぁああああっ?」


 え。ドップラー効果?

 自分の悲鳴が、奇妙にたわんだ。


『聖女召喚、成功だっ……!」


 え。


 ふわり、ぐらり、べしゃり。

 なんだかはしゃいだようなその声が聞こえた瞬間。

 奇妙な風はふっととけて、私はバランスを崩し尻もちをついてしまった。


「いたた……、えっ!?」


 待って。

 私が尻もちをついた下、アスファルトじゃない。

 明らかに、さっきまで歩いていた現代日本らしい道じゃない。

 めっちゃ草。いや笑い的な意味じゃなくて、草原的な、文字通りの草。そして土。

 風も、においも、さっきまでと全然違う。

 時間帯だけはどうやらあちらとそう変わらない夕方のような日差しに感じられるが、こちらはずいぶん涼しい。


「すまない。どこか痛めたか?」


 地面を凝視し硬直していた私に、頭上からかけられたのは心配そうなやわらかな男性の声。

 あ。これ、さっきから聞こえていたふしぎな言語だ。

 え。でも意味わかる。なにこれ。


「とりあえず軽く【治癒】と、一応【浄化】もかけておくか……。しまったな。墜ちてくる場所はだいたいわかっていたんだから、クッションでも敷き詰めておけばよかった」


 本当になにこれ。耳に聞こえるのは知らない言語なのに、意味が自動で日本語変換されて入ってきてすごく気持ち悪い。

 あと、【治癒】だのどうのと言われた直後、降ってきた淡い光が先程痛めた箇所にすっと吸い込まれるように入ったと思ったら、なんか、どこも痛くなくなったんだけど。

 え、これ、魔法?


 いきなりがらりと切り替わった風景。空気から場所から、私がさっきいた場所とは全く違うとわかる。

 奇妙な言語。何語っぽいなとかもまったくわからない未知の言葉。なのにその意味がするりと頭に入ってくるという異様な状況。

 魔法っぽい現象。

 これってまさか。


「立てるか? ……【翻訳】はちゃんと発動しているんだよな? こちらの言葉は通じているか?」


 そっとかけられた言葉と差し出された手。

 現実と向き合いたくない気持ちもあってずっと地面に固定していた視線を、仕方無しにそちらに向ければ、男性らしい手のひらと銀糸で刺繍の施された濃紫のローブが目に入る。


 わあ。コスプレでもなきゃ、現代日本でこんな服の人、いないよなぁ。

 いや嘘でしょ。

 ねえちょっと待って。


「こ、言葉は、通じて、ますけど。……あのっ」


 みっともないほどに震えた自分の声。

 意を決してさっきから湧いてくる数々の疑問を尋ねよう、そう思ってあげた視線。

 けれどその続きは、言葉にすることができなかった。

 だって。


 ああ、なんて美しいのか。


 現実感がないほど、神秘すら感じるほどの美形がそこにはいた。

 彼の年のころは、私よりは上だろう。幼さはなく洗練され完成した印象の男性だ。

 エメラルドグリーンの瞳、濃紺の髪。この時点でもうだいぶファンタジー。

 更にはその瞳が澄んだ宝石のようにキラキラと輝いていて、まつ毛まで濃紺だとはっきりわかる程に長いまつ毛に縁どられていて、すらりと通った鼻筋も薄い唇も計算しつくされたようなバランスで配置されている。

 ただでさえ畳みかけるように巻き起こった非現実的な事象の連続の果てに見せられては、今自分は現実を生きていないのかもしれないという懸念が確信方向にぐっと傾く。そんなレベルの美貌。


「うわあ、顔が良い」

「今それを言うか? ずいぶんのんきなやつだな……」


 思わず漏らしてしまった感想に返ってきた、呆れ交じりの声すら心地よく美しいだなんて。なんだこの人。

 端麗という言葉を人の形に定義したらこんな風な生き物になるのか? ここは天国でこの人天使かなにかなのか?

 あ。そう。そうだよここがどこなのか訊きたい。訊かなくちゃ。

 はっと気を取り直して、差し出されたままだった手を掴んで立ち上がる。


「あ、あの、ここはいったい……」

「そうだな、説明させてもらおう。少し長くなるだろうが、そのうちに迎えがくるはずだから、それまで()()にでも座っていると良い」


 そう言いながら、彼はくるりと指先を踊らせた。

 ふわりと私の背後が光ったと思うと、先ほど私が座り込んでいたあたりに、絶対になかったはずの一人掛けの椅子が出現していた。


「……魔法?」

「魔法だな。()()()()()()()()()()には、無いんだろ?」


 あっさりと認めた彼に手を引かれるままぽすんと椅子に腰かけた私に、彼は淡々と聞かせ続ける。


「だから、まっさらなそっちの世界の人間は、強く純粋な聖属性の魔力を宿すことができる。この世界の人間ではこうはいかない。まあ、それだけじゃないんだがそういった諸々の諸条件を満たした存在、聖女。それが、お前だ」


「……聖女」

「そうだ、お前が聖女だ。唯一魔王と対等に渡り合える存在。お前、名前は? ああ、俺はバージル・ザヴィアー。一応、今のところ。家名のザヴィアーは遠からず剥奪されると思うから、バージルで良い」

 バージルさんはさらりとそう言った。が。


 聖女、魔王、家名剥奪。

 なんだなんだどうしたどうした。


 ツッコミどころが多すぎて困る。

 とりあえず、魔法のある世界に召喚されたらしいことはわかったけれど。

 それ以外はなにもかもわからない。

 色々聞きたいところではあるが、まずは訊かれた名を答えるべきか。


織名(しきな)莉愛(りあ)、です。織名が家名で、莉愛が名前で、私も莉愛と呼んでもらえれば。あの、わ、私が、本当に、聖女なんですか?」


「ああそうだ。俺は聖女を呼び出した。そしたらお前、リアが来た。なにより、その()()()()()()()に圧倒的に純粋で膨大な聖属性の魔力を宿した存在、聖女以外にあり得ない」


 椅子に座らせてもらった私と、その前に腕組みをして立っているバージルさん。

 目線の高低差もあって居心地悪く縮こまっている私は震えながら尋ね、堂々とした彼は、淡々としっかりと答えた。


「実感はない、んですけど。宿しているんですか。私が、聖女……。それで、その、魔王、も、いると?」

「いる。正確にはもうすぐ出現する、だが。魔王ってのはだいたい100年周期で出現するんだが、出現の前にあっちこっちで【淀み】を発生させて、そこからボコボコ凶悪な魔物が湧いて出てくる。それがもう起きている。周期的にも予兆的にも、魔王の出現が近いというわけだ」

「だから、聖女を、私を、呼んだということ、ですか?」


 そこまで質問を重ねた瞬間、バージルさんの纏う空気ががらりと変わった。


「ああそうだ。俺が、聖女召喚という()()()()()()

「えっ」

 完全に据わった目で、覚悟がキマった人の表情で、どこまでも重たく、彼は認めた。


 非道。非道、か?

 言われてみれば突然異世界に召喚されたら困る人が多いだろうなぁとは思うけど、私はそんなに元の世界に未練ないし、なにより魔王ってこの世界の危機的なあれなんでしょ。じゃあしょうがなくない?

 緊急避難とかいうやつじゃ?

 と、思うのだけど。


 なんか、すごい、とんでもない覚悟をキメている気配がするんだが、この人。

 なんかこう、こちらの胃がキリキリするような。

 あまりのプレッシャーに、喉の奥にほんのりとすっぱいものが込み上げてくるような。

 そんな気配が。


 なんで?

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