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聖女召喚は重罪だそうです  作者: 恵ノ島すず


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第二九話 やっぱりこの人が好き

 約二週間後。再び淀みが、発生した。

 今回の淀みの発生地点は、人里離れた山のふもと。

 そのため聖女一行の全員が揃って休憩場所に使えるような場所が近くにはなく、現地にはいくつものテントが張られている。

 その中の、聖女専用の一段しっかりとしたテントの中で、私は一人、震えていた。


 もう、淀みも穢れもない。魔物もいない。

 約束通り師匠のすぐ後ろで、全力で師匠に祝福(バフ)をかけて挑んだそれは、拍子抜けするくらいの楽勝で終わった。

 終わった。のだけれども。


「こ、こ、こわかっ、たぁ……」


 三角座りになってぎゅうと身を縮めているのに、震えは一向に止まらない。

 ぼろぼろぼろと涙がこぼれ、手のひらで拭っても拭ってもキリがない。


 最初から私の援護を受けた師匠の炎で、全て一瞬で焼き尽くされた。

 魔物など、おぞましい産声を上げるどころか、その輪郭の全てを露わにするのも間に合わない内に、全て消された。

 私はずっと、きっと世界で一番頼りになる師匠の背中に隠れていた。


 それでも。


 こわかった。こわい。怖すぎて、涙も震えも止まらない。

 淀みも、そこから出た魔物も、どんなグロ画像よりホラー映像よりこちらの身をぞっとすくませてくる、死の恐怖に満ち満ちた存在だった。

 そしてそれを瞬殺した師匠すごい。やばい。なんなんだあの人。


「……つらくなったらすぐに言えと言っただろ」


 え。

 聞こえるはずのない声に驚き、抱え込んでいた膝からそろーっと顔を上げれば、当たり前みたいな顔でわが師匠がそこにいる。

 少し汗を拭きたいとテキトーなことを言って人払いを願い、念には念を入れ誰かの侵入及び音漏れを遮断する結界(バリア)を張っていたのに。


「し、ししょ、なん、なんで……」


 見られた。こんな情けない姿を。よりにもよってこの人に。

 嫌だ。遠ざけられてしまう。こわいからこそ、この人一人を、あんなものと対峙させたくはないのに。

 そうでなくとも、泣き過ぎてぶっさいくになっているだろう顔を、好きな人に見られてしまった。鼻水まで出てしまっている、最悪のコンディションの顔を。

 パニックで更に震える私に歩み寄って、師匠は淡々と答える。


「リアの顔色が、明らかに悪かったからな。それと、きちんと結界が張れていない。正確には、俺に通用するレベルでは張れていない、か。俺にはお前のうめき声が聞こえたし入って来られた。が、他の奴らは気が付いていなかったし、入り口で一瞬だけ抵抗めいた物を感じなくもなかった」


「ああ……」


 情けない。恐怖を必死に抑えていたせいか、先ほど張ったつもりのバリアは、あまりちゃんとできていなかったらしい。

 私のうめき声を聞いた師匠が、心配でここに立ち入ってきてしまう程度に。

 師匠曰く他の人には通用していたらしいけれど、そんなのはなんの慰めにもならない。


 ふいにパチンと軽く師匠が指を鳴らすと、さあ、と涼やかな風が吹き、それに撫でられた私のぐちゃどろの顔面が、なんだかさっぱりとしていく。

 目の腫れぼったさと泣き過ぎて生じていた頭痛も軽くなったので、軽い治癒も同時にしてくれたようだ。

 涙どころか、鼻水まで処理されてしまった……。


 どうするのさ、この人『泣かない女が良い』らしいのに。涙どころか鼻水まで出してたら論外どころの話じゃないだろ。

 というか、さっきの私の顔面は汚過ぎて、好みどうこうの問題じゃなく普通に万人がドン引きクラスの物だった可能性高い。つらい。とてもつらい。

 とてもつらい、が。それはそれとして。


「ありがとう、ございます……」


 すっきりさっぱりとしたところで、私はそろりと立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

 お礼はね。それはそれとしてちゃんと言わなきゃだからね。たぶん、羞恥で顔は真っ赤だろうけど。

 師匠は気まずそうに目を逸らしながら、それに応える。


「ああ、いや、礼なんて良い。むしろすまなかった。いくら中で倒れているのではと心配になったからと言っても、呼びかけもせず勝手にリアのテントに入ったりして」


「ほんとですよ……。どうするんです、本当に汗を拭いてたのだったりしたら。いやコレだってもうお嫁にいけないくらいの恥ずかしいところを見られてしまったのだから、責任を取ってもらって良い案件では……? もう師匠は私と結婚するしかないのでは……?」


「うん、それだけ減らず口を叩けるなら、もう元気だな」


 師匠はそう断言して、まるで私を見捨てるがごとくぱっとこちらに背を向け、テントの出口へと向かって行こうとした。

 私は力いっぱい抗議する。


「減らず口って、ひどい言い様ですね! 乙女の恥ずかしいところを見ておきながら逃げるんですか!?」


「言い方。というか、リアは本当にソレで良いのか? 鼻水を盾に結婚を迫ってむなしくないのか? お前は、コレがきっかけで結婚するので良いのか?」


 くるり振り返った師匠に真顔で問われた私は、ついーと視線を泳がせ、沈黙する。

 良くないかもしれない。というか、普通に嫌だ。

 将来自分の子どもと『パパとママはどうしてけっこんしたのー?』『ママが鼻水垂らしてるところを見た責任を取れってパパを脅して押し切ったんだよー』『ええ……、なにそれ……』とかってやり取りをしなきゃいけないかもしれない。嫌すぎる。


 いやでも、師匠が私と結婚してくれるというならこの際それでも……?

 よく考えたら、合コンが『共通の知人の紹介で』と変換されるように、今回のこれだって『私が弱り切っていたところに、彼が寄り添ってくれて』と綺麗な感じに変換して良い気がするし。心配してくれたのは事実なのだから。


「だいたい、恥ずかしくもなんともないだろ。泣く程怖かったというのに、ここに引っ込むまでは立派に振る舞っていたリアは、大したものだ。魔法も、きちんと使えていた。おかげで、このテントの外では、聖女に対する称賛の嵐だ。……ま、最後の最後、ここの結界は失敗したようだが、そんなのは大勢に影響はない」


 考え込む私の頭上から降ってきたのは、ひどくやわらかな声音の、師匠の言葉。

 そろりと顔を上げてその表情をまじまじと窺うと、彼は、実に優しい、あまりに師匠めいた、よくやったと言うかのような笑みを浮かべていた。いや、バージル・ザヴィアーらしい表情では全然ないのだけれど、あまりに良き師の顔、というか。


「だが……」


 その言葉とともに、そこから師匠の表情ががらりと切り替わる。


「そうも弱っている姿を見た以上、やはり、リアが前線に出ることには、賛成できない」

「次は、きっともう少し慣れています。少しは怖くなくなっているはずです。確かに、今回めちゃくちゃ怖かったんですけど、それはもう、泣いちゃうくらい怖かったんですけど、でもアレを間近で見たからこそ、師匠を一人であんなのの前に出すなんて、絶対に嫌です」


 師匠が険しい顔で告げた言葉に、私はすかさず反論を返した。

 私がどれほど無理をしているかを読み取ろうとしているみたいにじっと私の顔を見つめる師匠をまっすぐに見返して、私は重ねて告げる。


「この前の街や、今回挨拶をしたここの領主さんの反応でわかりました。皆がどれほど、聖女に期待してくれているか、感謝してくれるか。王女様だって師匠だって騎士の皆さんだっているのに、私たちの扱いはどこまでも『聖女様御一行』じゃないですか」


「それは、確かにそうだが……」


「ここまで期待されているのに、師匠たちがあんなおぞましいモノと相対するのに、私だけ怯えてどこかに引きこもってるなんて……。不甲斐なくて、申し訳なくて、心配で心配で、きっと、もっと体調を崩してしまうと思います」


 私を後ろに追いやってみろ。もっと泣くぞ。胃だって悪くするぞ。

 そんな脅しめいた私の宣言を聞いた師匠は、ただひきつった笑みを浮かべた。

 私はニヤリと笑って、更に続ける。


「だから私は、次も絶対にあなたのすぐ傍に立ち続けます。師匠には情けない所を見られましたが、外では、どこまでもかっこつけてやりますから。恐怖も震えも涙も胃痛も全部隠しきって、今日のように、堂々立って見せます」


 私の宣言を聞いた師匠は、あーだのうーだのうめき声のような物を発するだけだ。私を止めたいのに止める言葉が見つからないかのように、葛藤している。

『師匠を助けたい』という目標、聖女の性質、師匠が看破した通り人の期待には過剰なくらい張り切ってしまう私の傾向。そのどれをとっても、私が引き下がるわけがない。引き下がるわけにはいかない。


「……ああ、もう、俺の負けだ。そこまで言われたら、もう先代なんて足元にも及ばないくらい立派な聖女をやれるように、全力でサポートするしかないじゃないか。リアは、腹が立つくらいに良い聖女だな……!」


「えっ師匠が私を褒めてくれてる……! もしかして師匠、私に惚れてくれました!?」


 やがてやけくそ気味に師匠が吐き捨てたセリフに、浮足立った私は、ぐいぐいと彼に詰め寄った。

 スン、と表情を落とした師匠は、心底残念そうに言う。


「なのにどうしてリアは、こうも残念な男の趣味をしているんだろうな……。胃が弱いことも小心者なところもさっきの醜態も、恥ずかしいどころかそれらを己は人類の希望であるという自負と誇りでねじ伏せているだけかえって美点だ。それなのに、男の趣味だけはどこまでも残念だと評価せずにいられない」


「えー。師匠が私の事、めちゃくちゃ褒めてくれてるぅー。鼻水をたらしているところを見てもさめないって、それもうだいぶ愛じゃありません?」


「もう一つあったな、リアの欠点。どんな都合の良い耳だよ。最終的に貶してるんだから、途中の一端持ち上げたところだけ器用に拾うんじゃない」


 師匠は真顔のままどこまでも冷たく突き放すような言葉を放ったが、だいぶ愛じゃんと確信している私は、ただへらへらと笑うのだった。

 いやだって、好きな人に鼻水まで見られてけっこう絶望したのに、どこまでも親切にフォローしてくれた上に、幻滅どころか褒めてすらくれたんだもの。

 こんなのもう、更に師匠のことが好きになるし、浮かれて当然だと思うの。

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