第二五話 今日は聖女業務は休みの日
この世界には、魔法がある。
聖女でなくとも癒しの魔法が使える人は数多いて、大抵のケガや病気はすぐに治せる。
その大抵から漏れてしまったレアケースを癒せるのが、聖女の力だ。
師匠の提案に乗そんなレアケースの対応を始めたところ、私の評判と名声と人気はもはや王とすらも比べ物にならない程に高まっているそうだ。
まだ到着はしていないが他国からも聖女の癒しにすがりたいという来訪者がやって来ているようで、それを癒せば国外にもその名が轟くだろう、とは、マライア王女様の談だ。
こちらは魔法の練習のつもりで始めたのに、申し訳ないようなありがたいような……。
いや、ここは素直にありがたがっておこう。
弟子の私ががんばれば、きっと師匠の名声も高まるだろうから。
なにせ、彼がいなければ私はこの世界に居なかったし、魔法も使えなかった。
使えるようになった魔法をみんなに使えと言ってくれたのも師匠だ。
私が魔法を使う際にも、横で見て適宜アドバイスをくれている。
まあ、『俺の指導は厳しい』とか言っていたくせに、やたらと私を休ませよう甘やかそうとしてくる部分はあるが……。
ともかく、人々が私に対する感謝を抱けば、自動的に同時に師匠にも感謝するはず。
そうして師弟同時に名声を高めていけばきっと、師匠の死刑判決も、それの元となる国際法もひっくり返せる、はず。そう信じる。
そんな風に過ごしつつ、師匠といっしょに3食プラスオヤツを食べるようになって、5日目の朝。
1人の時よりはマシだけれども、たった2人で利用していると意味がわからなくなってくる無駄に広々とした朝食の席で。
その日の気分でか師匠は私から見て縦横斜め直角と色々な席順を試している中で、今朝は横並び。
一通り食べ終わり、食後のお茶でホッとしている時に。
「そういえば、今夜あたり【淀み】が出そうだから、俺は夕飯の時にはここには来れない。そのつもりで頼む」
師匠はふと、私と私たちに食事を提供してくれている人々にむかって、そんな事を言った。
まあ、なんだかまるで夫婦か家族のような会話……、なんて一瞬ときめきかけたが、ときめいている場合じゃない。
さらりとなんでもない事のように言った師匠と、おそらく夕飯にはいないだけを聞いてふんふんと頷いたのだろう人々に流されて流しそうになったけど、とんだ大事件である。
「よ、【淀み】ですか? 緊急事態じゃないですか。ごはんの話している場合じゃなくないです? というか師匠、今の、私はこっちでごはん食べるみたいなニュアンスでしたけど、私も行きますよ!」
そんな私の言葉を聞いた師匠は、相変わらずなんでもない事を話すテンションで、ゆるゆると首を横に振る。
「いや良いよお前は、来なくて。俺はどうせ強制参加だが、お前はそうじゃない。それに、今日は聖女業務は休みの日だろ?」
まあ、師匠はやたらと私を休ませようとする人なので、確かに今日は休みだと言われているけど。今日も休みというか。いつでも休みというか。ただでさえ休みが多いのに、師匠はもっと休めとか言うし休まない日もすぐに休憩させようとしてくるのだ。
マジでなんだったんだ、『俺の指導は厳しい』って。そうやって脅せば私が引き下がる事を期待してのブラフ?
むしろもっと厳しくして欲しいのだけれども。
いやとにかく。
「この緊急事態に、休んでいるつもりなんてないですよ! 私は、聖女ですよ? 強制じゃなくとも、私の自由意志で行きます。それに、死刑囚である師匠の拘束と監視は私の役目ですから。師匠が行くなら、私がそれについて行くのだって義務のはずです」
「まあ、一応そんな建前にはなっているけどな。お前だって、そんなの忘れていただろ。今でも俺は夜になったら自室でかなり好き自由に過ごしているのに、監視もなにも今更だ」
割と強く主張したつもりだったのに、師匠はさらりと否定した。
建前って言っちゃったよ。まあ建前だけど。
私は、いやたぶん王族の皆様とその意を汲んだ人々も、バージルさんを囚人として扱う気持ちは、正直ない。
でもその建前こそが大事なわけで。一週間の大激論が巻き起こったわけで。それをどうにか治めるのに必要だった建前なわけで。ちゃんと建てておかないと。
「い、いやでも、好き自由といっても、城内に限ってのことじゃないですか。師匠の部屋だって、一応は窓には鉄格子付きドアには外鍵付きドアの外には警備兵付きの牢獄仕様ですし」
まあ、師匠ならそんなのいつでも破れるし、城からも確実に無傷で出られるけどさ。
なおこの無傷は師匠は無傷だろうなという意味だが、止めようとした人とお城が無傷であるかどうかはわからない。
そうわかってはいるのでちょっと苦しい気がしながらも反論すれば、師匠はそれを、ふっと鼻で笑う。
「リアだって、自分で一応って言ってるじゃないか。全部無意味だ。まあ、確かに外出となると話は変わるかもな。しかし、危険があるかもしれない場に、リアを連れて行くわけにいかないだろ。俺の拘束と監視に関しては、城内の移動時と同様、騎士にでも任せておけば良い」
「危険云々の話をするなら、師匠の傍がどこよりも1番安全なはずです。師匠は、私の護衛なんですよね。私と離れて良いんですか? 逆に師匠が不在になった城に、魔王の襲撃が来たりしたらどうするんです?」
「なりかけは、まだ魔王にはなってない。そんな気配はない。【淀み】が発生するだろう地点から考えても、城は絶対に安全だ」
角度を変えての私の問いかけに、師匠はきっぱりとそう断言した。
あまりのきっぱり加減に、反論よりも呆れが出てしまう。
「出ましたね、師匠の謎精度予報……。魔法について学べば学ぶほど、師匠の意味わからなさがわかるようになってきました。まだ発生してもいない【淀み】の発生時期と位置や魔王の動向なんて、なにをどうしたらわかるんです……?」
どこの国の機関でも、そんなことには成功していないというのに。
この人個人でコレだからな。意味が分からない。
「あー……、なんかこう、ムズムズする感じというか……、まあ、勘だよ勘。やり方を教えろと言われても説明はできない。でも実際、俺は聖女召喚をやってのけただろ。俺の勘は当たるんだ」
師匠にしては珍しく歯切れ悪く、そんな回答が返ってきた。
確かに、意味が分からないのに、実際にできているのだ。
国内最強と世界最強でなにか特別に通じ合うものでもあるのだろうか。
いやでも、根拠がないのならばそこを突けば……?
「勘ですか……。でも、勘なら、万が一外れるってことも……」
「ない。外れない。外さない。もし外れたら、お前の告白を受け入れてお前の恋人になってやるよ。絶対にあり得ない」
食い気味で否定された上になかなかひどい事を言われ、思わずガタンと席を立って抗議する。
「ひどい! なんです私との交際を罰ゲームのように! しかも絶対にあり得ないとか!」
「そうだな。俺はひどいな。幻滅したか?」
師匠はふふんと笑ってそう言った。
ぐぬぬ。してない。いじわるされても好き。ていうかむしろ今、そのいじわるっぽい嘲笑にキュンとしちゃった。好き。
でも、こうまで言われてそれを明かすのはなんか悔しい。マゾじゃないやい。
「……まあ、良いです。師匠の勘は、外れないということにしましょう。でも、お城にいた方が安全だとしても、私は師匠について行きます」
ため息を吐いて、席に座りなおして、幻滅云々には答えずに、私は改めてそう宣言した。
「頑固だな……。別に行ったって楽しい事なんかないぞ」
師匠はじろりと私を睨んだが、ひるまず真っ向から返す。
「それでも、私はいずれ魔王と戦わなくてはならないのですから。それまでに、私は私を鍛えておきたいんです。癒しの練習こそしていますが、魔物相手の実践だって必要でしょう?」
「いや、その必要はない。もう、今のリアで十分勝てる。実践の機会は、別に設けてやる」
「今の私で勝てるって、それも根拠は勘ですか? さすがにそれは、いくらなんでも楽観的過ぎるかと。それに、どうせ【穢れ】の浄化は私しかできないんですから、いずれ私もそこに行くことになりますよね? なら、最初から連れて行ってくれたら良いじゃないですか」
「楽観的ってわけでもないんだが……。確かに、リアがいてくれれば楽はできるしリアの学びにはなるだろうが……」
そこまで言うと、はあ、と諦めの混じった重ためのため息を、師匠は吐く。
「まあ、そうだな。1回くらいは、現場を見ておいても良いか。ただし、危険な場所だ。俺の目の届く範囲から離れず、俺の指示に従え。それが守れるなら、リアも連れて行ってやる」
「はい、もちろんです! ちゃんと良い子に師匠の言うことを聞きます!」
とうとう認めてくれた師匠に、内心ガッツポーズをとりながら、私は力強く返した。が。
「仕方ない。リアを置いて城を出たら、なんか勝手についてきそうな気がするしな……」
ぼそりと師匠が付け足した言葉に、良い子を自称したばかりのわたしは、ついーっと視線を泳がせる。
なるほど、『目の届く範囲から離れず』が大切だったのか。目を離したらなにかしでかすなと思って、同行を認めざるを得なかったのか。
いやそんな、師匠のいないところで暴走なんて、そんなそんな。私、良い子ですし。
師匠がいなければ、誰が私を止められるのかなんて、ちょっとしか考えてないですよ。ええ。
いやー、師匠の勘の精度って、いったいどうなってるんだろうね、本当に。
魔王のことだけじゃなくて、聖女の動向予測まで正確にやってのけるなんて。
さっすがー。




