第二四話 ひきこもり
内心バックバクだったし、口はカラカラで声もひっくり返りそうになったけれども。
「私の好みはそういう感じなんですが、師匠の好みはどうなんです?」
さらりと、なんでもないかのように装って、そう、私は尋ねてみた。
師匠はちらりと私の表情を窺うと、ひどくつまらなそうに庭に視線を移し、静かな声音で答える。
「俺より年上で、落ち着いていて、……泣かない女が良い」
「それ、年下で落ち着きが無くてすぐ涙目になって場合によってはぴーぴー泣きわめきそうな私は論外だって意味で言ってます?」
「その通りだ」
この人は……!
深く頷いた師匠のひどく整った顔面を、ひっぱたきたい衝動にかられた。
ぐっと拳を握りこんで、幾度か深呼吸をして、それを何とか落ち着けていく。
冷静になれ、私。
この人は覚悟ガンギマリで死ぬつもりでいるから、そもそも恋愛なんて考えられる状況ではないのだ。
さっきの『泣かない女が良い』は、明らかに死別を意識していた。
そんな物を意識しなくて済む立場にしてからじゃないと、話にならない。
魔王をぶっ倒して、死刑判決をひっくり返して、その後で改めて訊かなければきっと意味がない。
よって、今の回答は心からの物だと受け止めなくて良い。はず。
……いや、でも、年上で落ち着いていてというのは、本音かもしれない。
年齢はどうにもならないけれど、せめてもう少し落ち着きがある大人の女性にならなければ、まともに相手をしてもらえないような気は、確かにする。
がんばろう。
「ずいぶん話が逸れたが……、まあ、魔法に関してはやはり実践で、だな。新しく発生させるのが嫌なら、城内か城下のけが人病人でも連れて来させて端から治してみるか?」
密かに決意を固めていると、師匠はずいぶんと話を戻した。
そのナイスアイディアに、私はポンと手を打つ。
「あ、それ良いですね。連れて来させるというところはどうかなというか、患者さんの負担になるんじゃないか不安ですが……」
「人一人寝かせたまま多少浮かせて運んでくるくらいができる魔法使いは、何人かいる。なんとかなるだろ。そうでないと、リアには護衛が必要なのだから、そこそこの騒ぎになりそうな人数を引き連れて行くか、俺がついていくことになる」
「大人数でおしかけるのも、それはそれで負担になるでしょうね。指導監督してもらう都合を考えても、師匠に立ち会って欲しいところです。でも師匠をお城の外に連れ出すとなると、割と面倒な事になりそうですし……」
「なるな。正規ルートなら、少なくとも王族連れだ」
「やめておきましょうか。私が患者さんなら、王族の人に来てもらったなんて申し訳なさすぎて倒れるかもしれません」
「いや、聖女にご足労いただくの時点で、そうなんだよ。リアの方が王より偉いんだから。となれば、やはり、患者を連れて来させた方が良い。それとも、ずっと城の中だと息がつまるか? お前がたまには街を歩きたいということなら、正規ルートじゃなくどうにかしても良いが……」
「……正規ルートじゃなくどうにかしてもらうと、師匠の罪状が増えません?」
「増えるな」
「やめときましょう」
「別に増えた所で、聖女召喚の罪からしたら誤差の範囲だけどな」
「いや良いです良いですなにもしなくて良いです。私はお城に引きこもっておきます、師匠といっしょに。今まで通りに」
私が早口にそこまで告げたところで、師匠は一度口を閉ざした。
それから、じーっとこちらを探るような視線で私を見つめる。
「そういえば、お前がやつれた問題があったな……。リアは俺に会えなくてなんぞとふざけた事を言っていたが、本当の理由はなんだ? 今まで通りに、ということは、今までも城に閉じ込められていたのか? そのせいか?」
「ええ……? いや別に出かけたいなら出かけても良いって言われてますよ。なんかお茶会とかパーティとかのお誘いもありましたし。全部断っただけで」
「俺の聖女を呼びつけるなぞ、不遜にも程があるな。それは断って正解だ。ただ、王家を使ってここでそういう催しをやらせても良いとは思うが」
「いやいや。そんなんしてたらきっともっとやつれますよ。人見知り激しいんです、私。それに、元々の趣味が読書なので、自主的に引きこもった形になっただけで……。なにせこっちの世界、読んだことない本しかないもので」
えらく真剣な表情で問われ、困惑しつつも素直に答えた。
その様までもじーっと見ていた師匠は、私の言葉に嘘がないと判断したのか、ふむ、と1つ頷く。
「……まあ、そういう趣味ということなら仕方ない。王族もだいたいそんなものだしな。買い物も娯楽も城に人を呼びつければ良いだけだから、ずっと城の中でも特に問題はない、か」
「だと思います。それに、引きこもりと言っても、このお城、私が自由にして良い区画だけでも広くて綺麗で見応えのあるお庭がありますし。毎朝散歩だってしてますよ」
「なら、食事が口に合わなかったとか……」
「ないです。お城の食事、すごくおいしいですよね!」
「ああ。リアには最高の物を用意してるだろうしな。……ホームシックか?」
「それもないです。ここだと、あっちより安心して過ごせているくらいなので。なので、不健康になる理由なんてもう、師匠への恋煩いくらいしか……」
師匠の言葉を否定し続けそこまで言ったところで、彼は嫌そうにため息を吐いた。
「適当なことを言うな。それなら、俺はもうちょい肉付きが良い方が好みだ。こう言えば、リアはもっと食べる様になるのか?」
そんな師匠の質問に、私は視線を泳がせることしかできない。
「最大限の、努力はします……」
努力したところで食べられるかはわからないし、食べても太れるかはもっとわからない。
私は、胃があまり強くないのである。
曖昧な返答をした私を睨む師匠の視線の鋭さに、今も胃がキュンとしているくらいだ。
「あの、でも、ちょっと、そう言われて1つ気が付いたんですけど、私の食事する部屋、なんか無駄に広いんですよ。で、そこでぽつーんと1人で食事する形になっているので、それがつまらないというか、寂しかった、のかもしれません」
「ああ。そういや、前にそんな話をしていたな。『寂しくて、食が細くなった』だったか。確かに、この部屋もやたらと広い。食堂もこの調子なら、孤独を感じてしまうかもな」
私が打ち明けると、師匠はようやく納得がいったかのように、ぽんと手を打って頷いた。
そこにすかさず、私は提案する。
「な、なので、師匠が私といっしょに食べてくれたら良いんじゃないでしょうか! 3食オヤツまで!」
「……お前、囚人の待遇から逸脱させようとしてるな?」
「そ、んなこともなくなくなくもない、ですけども。いやでも本当に、私といっしょにごはん食べてくれる人、いないんですよ……」
「ああ、聖女といっしょに食事なんて、俺以外は招かれる方が緊張するか。変なのを招くわけにもいかないしな。……わかった。同席してやる」
師匠は渋々私の提案を呑んでくれた。やった!
しかし、聖女と食事って、普通は緊張するのか。聖女が世界で一番偉いの弊害がそんなところに。
メイドさんたちがかたくなに断ってきたのは、職務上の線引きもあったのだろうが、純粋に嫌だった可能性がでてきたな。悲しいね。
でもそうか。偉い人にいっしょにご飯食べようって言われたら緊張するだろうし、それが毎食とか無理だよね。
なんか中学の時謎に校長先生といっしょに給食を食べる会とかあったけど、ちょっと緊張したもん。
その点、師匠はちっとも私のことを敬っていないから、大丈夫だろう。
今後は彼にも囚人に出される食事ではなく、聖女と同じ良い物を食べてもらおう。
師匠が同席してくれるなら、私が嬉しいし。好きな人といっしょに食事だもの。嬉しくないわけがない。
ただ、この人のことだから、胸がいっぱいで食事が進まないなどとほざけば、じゃあ別でとか言いかねない。そこは気を付けなきゃ。
頑張ってくれ、私の胃……!
 




