第二三話 本当にひどい! でも好き!
あ。この話をすれば、師匠が諦めてくれるかもしれない。
そう気が付いた私は、好みの話、その前提となる、私の家族の話、そこから話し始めることにした。
「ええと、まず、私の父って、世界の滅亡と愛する母の命の二択で、なんのためらいもなく母の方を選ぶタイプの人なんです」
「……我が子が、リアがいるのに? なんのためらいもなく?」
いぶかし気にそう尋ねてきた師匠に、しっかりと、それはもうしっかりと頷いて返す。
「そうなんです。普通は、1番は母としてもそれ以外のわが子とか親兄弟とか、愛する人以外にも大切な誰か何かの事が頭をよぎって、最終結論はともかくとして、一瞬くらいは躊躇ったり悩んだりするはずじゃないですか。父はそういうの、一切ないんです。たった一人の愛する人、すなわち母以外は、全部どうでも良いので」
そう断言すると、師匠は絶句していた。
ですよね信じられないですよね。親として人としてどうよという。
「どうでも良いと切り捨てられた側の子どもとしては、ものすごく腹が立ちます。意味わかんないし、大っ嫌い」
ケッと吐き出して、そこからため息を1つ。それから、でも……と続ける。
「でも、そこまで愛されている母の事は、ちょっと、羨ましくて。父は極端すぎるけど、一途で愛情深いのは間違いなくて、それは良いかもなんて思いながら育ちました。だから私の好みは、『愛が重くて、私こそを運命だと言ってくれる人』だと思って、生きてきたんですけど……」
『愛が重くて、私こそを運命だと言ってくれる人』ならば、親の愛を得られなかった私の渇望を埋めてくれるかもなんて憧れていたように思う。
元の世界にいた時には、ヤンデレが出てくる恋愛小説なんかを好んで読んでいた。
今思うと、どうにか父の事を納得しようと思っていたのかもしれない。
父の事は大っ嫌いだけど、一部でも認めて好きになりたかったのかもしれない。無理だったけど。さすがに父は、極端すぎる。あれはどうにもダメな人。
「魔王にとっては、リアこそが運命の相手だ。お前だけだ。リアこそが、魔王にとっての唯一絶対。……愛が重いかどうかは、知らないが」
師匠は、何を考えているのか今一つ読み取れない無表情で、まるで独り言のようにそう言った。
魔王か。確かにそれはある意味運命の相手だけれど、それは宿敵ってやつだな。あんまり嬉しくない。
私はいやいやと手のひらを運命云々の話を散らすように動かしながら、打ち明ける。
「ああいや、それはもう、割とどうでも良いというか。『だと思って、生きてきたんですけど』って言ったじゃないですか。違ったんです。師匠、全然そんなんじゃないじゃないですか。その、私って、どうやらけっこう父に似ていたみたいで……」
「は?」
「私、一度好きになってしまったらその人に何を言われてもどんなことをされてもずっと好きみたいなんです。母が夫も子も捨てて出ていったのに、父がずっと母を愛しているように。父は17年は想い続けています。私に師匠を諦めさせたかったら、少なくともそのくらいは覚悟してください」
「……は?」
返ってきたのは照れでも感動でもなく、ただただ理解が及ばない様子の『は?』の一音×2回。
ここまでの愛を告げてこの手ごたえのなさって、普通は傷ついても良いようなものだと、客観的にはわかるんだけど。そして、なによこんな男、と、師匠への恋心が冷めてもふしぎではないのだろうけど。
ところが、どうやら私は、大嫌いな父の、大嫌いな性質を、嫌々ながら受け継いでしまっているらしい。
すなわち、私も父のように、馬鹿みたいに一途で、あり得ない程に愛が重くて、呆れるほどに諦めが悪い。みたいだ。
この程度で、私の想いは揺るがない。
違う世界に来て初めて、父と自分の共通点を見つけることになるとは。
ただ、私は父と違って、母にしか情や興味がないわけではないので、常識を捨てることはないと思うけど。
彼の非常識さにより母に見捨てられ父に完全放置されて育った私としては、むしろ絶対に捨てるものかくらいの決意だけれども。
まだ呆然としたままの師匠に、私は率直に告げる。
「師匠って、けっこうひどい人ですよね。他の男薦めてくるし、死ぬ気満々だし、全然私の気持ちを本気に捉えてくれないし。でも好きです。振られても好き。もはや師匠が師匠だから好きの境地です。だから、私の好みは、あなたです、師匠」
私の決死の告白を聞いたはずの師匠は、どこまでも冷静な表情で、ふむと一つ頷く。
「なるほど。俺みたいな、口が悪くて聖女に変におもねらずむしろ雑なくらい気安く接し、面倒な身分は付随していないが金と実力のある男な。あと顔か? そういうのを探すように上に言っておく」
ほらこれだよ! ひどい!
ここまで言わせておいてその反応は、本当にひどい! でも好き!
別に私はマゾなんかではないと思うから、口が悪いだの雑だのをあえて求めていると思われているのは心外だ。
まあ、言われて見れば、あんまり丁寧に扱われるとこそばゆいのも、面倒なご身分の方は面倒だなぁと思うのも事実だけど……。
むうと唇を尖らせた私に、はあ、と疲れたような呆れたようなため息を吐いて、師匠は私に言い聞かせるように言う。
「お前が嫌だとか嫌いだとかで他の男を薦めているわけじゃない。そんな拗ねた顔しないでくれ。死ぬ気もなにも、事実、俺は遠からず死ぬんだよ。将来性なんて皆無だ。こんなのより、よほど良い相手がいくらだっている。あまり頑なにならずに、他も見た方が良い」
「……それ、逆効果だと思いますけどー。師匠のそういうところ、ほんと好きです」
「はあ?」
拗ねたままぼそぼそと反論したら、今度は『は』と『あ』の二音が返ってきた。倍に増えたな。やったぜ。
キッと師匠を睨んで、力強く指摘してやる。
「だって、今の言葉、私のためじゃないですか! 自分は死ぬ、だから自分を愛するなって、私が傷つかないようにって気遣いじゃないですか! ああもうダメ! 優しい! 好き! めちゃくちゃ好き! 愛してます! 絶対に死なせてなんかやりませんから! 師匠こそ、さっさと諦めて私の気持ちを受け入れてください!!」
「いやだから……、っ、ああくそ! こいつ、とことん男の趣味が悪いな……!」
何か言いかけて、飲み込んで、師匠はそんな風に吐き捨てた。
次いでぐしゃぐしゃと頭を掻きむしりながら、彼はなにやら考え込み始める。
「思い通りにならないから、かえって執着しているとかか……? 聖女の取り巻きなんて何人いたって良いんだから、一旦俺が捕まってやれば満足して他にも手を出すようになるか……? いや、なんかそれは嫌な予感がするな……」
ペットロスを軽減するために多頭飼いしておくみたいな理屈で、逆ハーレムに私を導こうとしていやがる、この師匠。
漏れ聞こえてきたとんでも計画に、なんとも苦い気持ちになった。
でも、父は1回は母と結婚していたし子どももできたのに、そこで興味を失うどころか(たぶん)ますます燃え上がって母に逃げられたくらいだし、師匠の『嫌な予感』とやらは絶対に的中する。他なんか見るわけない。
どれほど似た人を用意されたって、どれだけ条件の良い人を並べられたって、私の心は動かないだろうなと確信している。
それなら、一旦だろうと演技だろうと、師匠が私の告白を受け入れてくれるのは私にとって都合が良いだけでは? 苦い気持ちになる必要なかったかも。
「……まあ、良い。俺の事なんてよく知りもしないで盛り上がっているだけなんだから、このまま師弟関係を続けていれば、そのうち冷静になるだろ」
残念。師匠の結論は、なんとも無難な現状維持だった。
 




