第二二話 地下牢から
師匠を地下牢から私の自室区画へと連れて来るのに、一週間もかかった。
というのも、囚人である我が師匠を外に出すには、それなりの理由と、監視と拘束が必要なのである。
それなりの理由については、『聖女の魔法の指導と、護衛にあたる』ということですんなり通った。
護衛云々は私から特に求めたわけではないが、殿下の要望を受け、師匠が請け負ってくれた形だ。
うん、この城の中にバージルさんを止められる存在など、いなかったものね。この人国内最強だものね。なんという安心感。
魔法を指導してもらうのにだって、これ以上ない。彼の他に私に魔法を使わせる事のできた人はいなかったし。そういえば、師匠の罪状には『聖女に対する不敬』もあったのだが、師弟関係となったことでこれはクリアとなったそうな。
さすが国内最強。
ところが、監視と拘束。これが、ちょっともめた。これに関する議論が、王国中あっちこっちを巻き込んで1週間近く続いた。
誰がどうやってこの囚人を適切に管理できるのかと。地下牢の外に出して良いのかと。
いや、地下牢の中にいるままでも大して意味はないって、みんなわかっていたのだけど。師匠ってば、自力で出て来て城の庭園で優雅なお茶会をセッティングして見せたくらいだし。
囚人として適切な管理、とは。
けれどもまあ、市民感情や他の囚人との兼ね合いを考えれば、意味はなくとも最大限の努力をしないわけにはいかないわけで。
でも、どんな努力をしたところで、まず無駄になるわけで。だって、師匠は国内最強だから。
師匠の魔力を封じるために国宝を持ち出すだの、聖女の護衛にあたっている人員をすべて師匠の監視に回すだの、それでも到底足りないから魔王対応にあたっている部隊を再編制するだのなんだのかんだの、色々な意見が出たそうな。
師匠から出た『護衛として働く以上、いざという時に国宝を壊さない自信がない。別に監視を増やしてくれても俺はかまわないが、任務にあたる人員それぞれに事前に尋ねてみてくれ。全員でかかれば、俺を止められる自信があるか? と』との意見を受け、全却下と相成った。
どうあがいても無意味。損失が増えるだけ。という結論が出たそうだ。
師匠に対する監視が増えると、弟子の私も息が詰まりそうだったので、正直助かった。
それでもまだ形式上だけでもなにかしなきゃ……、みたいな空気がくすぶっていたので、キレた私が師匠の監視と拘束を行うと主張してみた。
我、聖女ぞ? なんか知らんけど、魔王の攻撃すらも跳ね返すバリアとか張れるらしいぞ? 国内最強を相手取るくらいは、余裕なはずでは? 師匠を封じることのできる、唯一無二の存在では?
それとも、チチェスター王国は、聖女の能力を信用することができないと? たった1人の囚人に後れを取ると考えていると? 不敬では? 我、聖女ぞ?
要約すれば、まあだいたいこんな感じに。
最後ちょっぴり脅しちゃったような気がしないでもないけど、(だって、1週間近く議論が堂々巡りしていたのだもの!)みんな納得してくれた。
そうしてようやく、師匠を地下牢から出す許可が下りたのだった。
師匠は、元々城の一画に部屋を与えられていたそうだ。といっても、私が住んでいる区画からはかなり離れた、仕事場的機能が集中した辺りにだけれど。
そこから引っ越してくる形で、師匠は今日から私専用区画の一室に住むことになっている。
師匠の新しい部屋は、窓には鉄格子付きドアには外鍵付きドアの外には警備兵付きの牢獄仕様にリフォームされてしまった。でも、元の部屋よりかなり広くなって元の部屋にあった家具私物が配置されているので、地下牢よりは居心地が良いだろう。たぶん。少なくとも日当たりは良い。
この師匠の新しい自室、もしくは城内で聖女の監視下にある(私と顔を合わせている)時は特別牢に入っているという判定になるそうだ。
その間の移動は騎士による拘束・監視付きという辺りに囚人感がどうしてもあるが、グッとマシな待遇になったのではなかろうか。
城の外に出る場合には引き続き魔王関連かつ王族の立ち合い云々と決まっているのだが、そこは変わらないし。
まあ、聖女=私の監視というか私のお守りが全てのプラスを打ち消すほどに面倒と思われる可能性はあるけれど。だとしたら、非常に申し訳ないけれど。
あの人、地下牢に入っていても大して困った様子が無かったからなぁ……。
できるだけ、迷惑をかけないように頑張ろうと思う。
朝。サンルームで、私はそろそろ朝食と部屋の確認を終えるという師匠を待っている。
「おはようございます、師匠! ご無事でなによりですー!」
騎士に連れられて来た彼に、私はソファから立ち上がって元気いっぱい挨拶をした。
騎士は壁際に控えに行き、師匠はこちらへと歩み寄って来る。
道中で腕に巻かれていた麻の縄をさらりとどこかに消しながら、彼は応える。
「おう、おはよう。今日から世話になる。……リアはあんま無事じゃないな。ずいぶんやつれて……」
「そう、ですかね? まあその辺は、師匠がこれから監視してくれれば良いんじゃないですか? それより師匠、修行修行! 修行しましょうよー。魔法を教えてくださいよー」
師匠は難しそうな表情で私を見ていたけれど、私は庭先を指さしながらねだった。
ねだられた彼は、ローテンションのままため息を吐く。
「リアは、朝から張り切ってるなぁ……。修行、な。魔法なんて、実際に使っていくしか上達する道はないと思うが。聖女の魔法の練習となると……俺がそこらの騎士らをぶちのめす、それをリアが治すか防ぐかするって形、か?」
「それはやめときましょうか! もっとこう、平和的な……。あ! 私あれできるようになりたいです! 飛行! 師匠みたいに、空を飛んでみたいです! あれを教えてくれませんか?」
期待を込めてそう提案したのに、師匠は実に気まずげに、ただ「あー……」と言って視線を泳がせた。
え。師匠にしては珍しいキレの悪さ。
そんなに? そんなに無理そうなの?
あ、でも、そういや空を飛ぶのって、魔法使いの中でも国に何人いるかレベルな上に、師匠のように他人も連れて自由自在みたいなのは、もっといないんだっけ?
私に視線で伺われた師匠は、やがて観念したかのようにため息を吐く。
「リアには無理、だろう。お前は魔力は俺以上に多いが、得意不得意属性というのは、どうしてもあるから。聖女は、聖属性に特化していてそれに関しては他の追随を許さないレベルである代わりに、他は絶望的だ。飛行に必要な風を操れたとかいう記録は1つもない」
「そう、ですか……。残念です……。じゃあ、私が空を飛びたかったら、師匠にお願いするしか……、いやでも図々しいですかね……。えっと、師匠を空を飛ぶのはとっても楽しかったので、機会があればまたぜひご一緒させてください!」
師匠が告げた悲しい事実に、しょんぼりしたり、ちょっと気を取り直したり、やっぱり躊躇ったり、でも諦めきれなくてどう考えても流されそうな社交辞令みたいな言い回しで縋ったりした。
そんな私を見た師匠は、くすくすと仕方なさそうに笑う。
「こら、子どもが変な遠慮をするな。お前のためなら、いくらでも空くらい飛んでやるし飛ばしてやる。いつでも言うと良い」
むう。優しいんだけど。慈愛に満ちているんだけど。
どうしたことかこの子ども扱いは。私と師匠、5歳しか違わないはずなのに。腹立つ。
そういや、先日の私からの愛の告白もまともに取り合ってもらえなかったな。
師匠と同じ年の王太子殿下は、けっこう露骨に私を口説き落とそうとしてくるのに。まあでも、あの人もあの人で、私を異性として欲しているというよりは、必要に駆られて何としてでも自分に惚れさせようとしているだけか。
つまり、少なくとも今のところ、彼ら世代の男性にとって私は恋愛対象外っぽい。ぐぬぬ。
「なーに拗ねてんだ」
ふいに師匠が、ぶすくれている私の頬をつんと指先でつついてきた。完全に子ども扱いである。
むう、と上目遣いに彼を睨み上げ、私は告げる。
「私ばっかり好きで、ドキドキして、悔しいなーって、思いまして」
ちょっとはそっちもドキドキしてくれたら良いのに。そう、願ったのに。
「リアは本当に、男の趣味が悪いな……。この前も王太子の眼前で死刑囚に愛を告げるなんてやらかしをやらかしたし」
返ってきたのは、いかにも呆れていますという表情と声音での、そんな言葉だった。
「いやひどくないです? 男の趣味が悪いだのやらかしただの、愛の告白をした乙女に対して。それも、あなたこそが当事者なのに。わかってます? 私は、あなたのことが、好きなんですよ?」
私の反撃を、しかし師匠は全然効いた様子はなく鼻で笑う。
「まあそれなりに貯め込んではいるが、俺と交際の事実なんざ作らなくても、俺の遺産は全て被害者のリアへの賠償に充てられるから安心しろよ」
「財産狙いじゃないですー。貯めこんでるとか今知りましたし。でも、それはそうですよね国一番の強者ですもんね。良い給料もらってなきゃおかしい。それにしたって、財産狙いならまず王太子殿下狙いますよ。こんな立派なお城の将来の主でしょう?」
「そうなんだよな。将来性は言うまでもない。で、顔も良いだろ? あいつ頭も良いぞ? 魔法の腕は血統からして良いし剣もそこそこ使えるから、国でも五本の指には入る実力者だ。そこまでの実力なんかいらない立場と権力があり、にも拘らずそこまで至った努力家でもある。なにが不満だ?」
「いやだから、私は師匠が好きなんです! よって、なにが不満とかじゃなくて、もう他の人に興味はありません!」
「聖女なんだから、いくつ愛を持ったって良いだろうが。ちょっとは興味を持ってやれよ」
私が必死に反論しても、師匠はそんな風に切って捨てた。
なにその嫌な博愛主義。先代はどうだったか知らないけれど、私には無理。
「なんでそんなにみんなして王太子殿下を薦めてくるんですかぁ……。もはや強いて言うなら、そういう外堀が埋まってる感じこそが嫌です。みんなに望まれている関係って、プレッシャーじゃないです? 1回あの人の事嫌いじゃないみたいに言ったら自動で入籍してそう。こわい」
思わずめそめそと弱音を吐いたら、さすがに気まずくなったらしい師匠はついと視線を逸らして頬をかく。
「あー、それは、悪かった。……リア、チョロそうなくせに意外とひねくれてるんだな。まあ、じゃなきゃ王子サマじゃなくて死刑囚選ばないか」
師匠め、随分な言い草だな。
じとりと睨んだ私の視線を無視するように、彼はひとつ咳ばらいをした。
そして改めて、こちらに問いかけてくる。
「じゃあ、王子サマの事は置いておこう。リアの好みはどういうのなんだ? 『ちょっと悪い感じの男に惹かれる』だったか?」
この人は、そんなにも私を誰かに押し付けたいのか……。
なかなか傷つく問いかけだったが、しばし考える。
好み、好みかぁ。




