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聖女召喚は重罪だそうです  作者: 恵ノ島すず


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第二一話 バージル・ザヴィアーの独白

《聖女の師匠あるいは魔王のなりかけ バージル・ザヴィアーの独白》


 俺には、才能があった。

 魔法と、それを絶え間なく磨き続ける努力の才能が。

 世界最強。そこに至れる程度には。


 世界最強。

 実に嘘っぽい。嘘でなければうぬぼれか誇張としか思えない称号だ。

 けれども確たる事実として、俺はその座に至っていたらしい。


 魔王となるのは、その時この世界で一番強い生き物と決まっている。

 だから、単なる事実として、現在進行系で魔王になりかけている俺こそが、世界最強なのだろう。


 竜でもフェンリルでもグリフォンでも妖弧でもなく、長命種ですらない、ただの人族。

 最強足り得る資質など持つはずがない脆弱な存在が、ただただ努力と魔法の才能だけで、世界の何よりも強くなっていただなんて。

 誇れば良いのか。

 嘆けば良いのか。

 最強種族どもの不甲斐なさに呆れれば良いのか。

 どうしたら良いかわからない程、あり得ない事。

 あり得ないのに、あってしまった悲劇。


 あってしまったからには、仕方なしに覚悟を決めた。

 死ぬ覚悟を。

 世界のために、己を殺す覚悟を。

 そしてどうせ死ぬならばと、もう1つ罪を重ねる覚悟を。


 聖女召喚という大罪。

 世界を跨ぎ無辜の清らかな子どもを攫い、本人の意志も素質も黙殺し魔王討伐という重く危険な使命を負わせる禁じられた外法。


 罪だとはわかっていた。

 けれど、善く生きようと悪く生きようと、どうせ己が命は失われなければならないのだから。

 異世界からの聖女1人の犠牲で、俺が命をかけても守りたいと願ったこの世界の犠牲が減るのだから。

 なにより、自分1人だけでこんな悲劇に耐えるなんて、とても受け入れられなかったから。


 魔王と対になる存在、聖女。

 この世界の命運を、共に背負ってくれる存在。

 それを、俺は、呼び出した。

 俺を確実に殺してもらうために。

 俺の運命に、巻き込むために。


 ああ、なんて美しいのか。

 俺を殺してくれる運命の少女は、なんて美しいのだろうか。

 最初に彼女の姿を見た瞬間に感じたのはそんなこと。


 絹のように繊細な艶めきの髪は、東来の漆の黒。

 幼子のようにつぶらな瞳は、満天の星を閉じ込めたようにきらきらと光り輝く濃藍。

 突然の事態への怯えもあってか青白い肌に、庇護欲を唆られずにはいられない華奢な体躯。

 どれもがひどく儚げで神秘的な美しさで、そしてその全てが、この清らかな少女を己の運命に巻き込んだ俺の罪悪感を、ひどく刺激するものだった。

 けれど同時に、この美しい存在に己の生を終わらせてもらえるというのは、とても甘美なことに思えた。


 だから、満足だった。

 やるべき事を、やり終えたと。

 後はもう、この少女が自分を殺すときに躊躇わないように苦しまないように、距離を取る、つもりだったのに。


 少女は、よりにもよって俺なんかを『愛してます』と宣って、師として仰ぐとまで言い出した。


 なんなんだこいつは、と、正直呆れた。

 家族や友人と引き離されて、知り合いなど一人もいない世界に攫われてきたというのに、むしろ恩義を感じているだなんて。

 あまりに愚か。あまりに浅慮。あまりに善良。あまりに寛大。あまりにお人好し。


 少しのことで顔を青ざめさせ震えるほどに気弱なくせに、同時にそれをねじ伏せて立つ強さと気高さがある。

 聖女という至上の立場にありながら、少しも驕り高ぶるところがない。

 世界すら異なる地に呼ばれ世界の命運を託されたともなれば、自暴自棄になろうと現実逃避をしようと自然な事だろうに。

 ただひたむきに、少女は前を向く。


 大したものだ。心底感心した。

 姿だけではなく、そのあまりの高潔さに惚れ抜いた。

 だからこそ、自分のことなど、いつか殺す相手のことなど、ただ恨んで欲しかったのに。


 なのに、好きだの惚れただのと、彼女が能天気に笑うから。

 師匠としての俺と、魔王としての俺。

 それぞれが抱いたかのような相反する2つの感情が、同時に湧き上がった。


 その笑顔を守りたい。

 その笑顔を歪めたい。


 これ以上俺への情や愛着を抱いてはいけない。

 どこまでも依存し俺なしで生きられなくなれ。


 俺が死んだときに、この少女はどれほど泣いてしまうのか。

 俺が死んだときに、この少女はどれほど泣いてくれるのか。


 俺のことなんてすぐに忘れて、末永く平穏に安穏と生きてくれ。

 俺への恋に身を捧げ愛に殉じて、共に死んでくれたらいいのに。


 この世界の全てに愛されて、ただひたすらにしあわせになってくれ。

 この世界の全てを手にしたって、俺だけがいないことを嘆いてくれ。


 そこまで想ってもらえる程の男ではない。こんなものだったかと幻滅して、すぐに忘れてくれ。

 これほどお前を想っているのは俺だけだ。代わりなんていないと、ずっと忘れられないでくれ。


 人類の敵を恨み、憎み、軽蔑し、ああ悪しき敵を倒せたとすがすがしい気持ちで使命を果たしてくれ。

 俺を親しみ、愛し、依存し、ああなぜ世界と引き換えにしなければいけないのかと運命を嘆いてくれ。


 魔王を倒した時にはただ誇って欲しい。一時の恋なんてすぐに忘れて、どうかどこまでもしあわせになってくれ。

 俺を殺す時、生涯忘れられないくらい傷つけばいい。失ってしまった俺を思って、一生絶えず悔やみ続けてくれ。


 愛してる。

 愛してる。


 お前を遺して死ぬ日など、永遠に来なければいいのに。

 お前が手ずから俺を殺してくれる日が、待ち遠しいよ。

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