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聖女召喚は重罪だそうです  作者: 恵ノ島すず


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第一七話 さぞかし名のある魔法使いと見受けたが

 バージルさんは激怒した。


 それはもう、かのメロスもここまで激怒してはいなかったんじゃないかなというくらいに烈火のごとくに怒りを燃え上がらせ、激昂のままに叫んだ。


「どうしてリアがこんなにやつれてるんだよ! この1カ月、お前らこいつにどういう生活をさせてきた!!」


 私の予想に反して、このように、私にではなく私の周囲にいたすべての人に対して、手が付けられない程に怒りに怒っているのである。

 私の姿を一目見るやいなや、瞬時に牢屋の鉄格子を細切れにしながら走って出て来て、私をここまでエスコートしてくれた王太子殿下の胸ぐらを引っ掴んでの、これだ。どうどう。どうしてここまで怒っているのか。

 さぞかし名のある魔法使いと見受けたが、なぜそのように荒ぶるのか。いや、家名と爵位は剥奪されたから、今の彼の名は『バージル』オンリーなのだけど。なんか皮肉みたいになっちゃったな。


 わあ、鉄格子の残骸、断面が鏡のように滑らか。きれーい。

 そんな風にふざけて心のバランスを保とうとせずにはいられないくらい、バージルさんの怒りっぷりは苛烈なものである。こわい。


 いやしかし、大丈夫なのかなこれ。

 牢屋、壊しちゃったけど。

 護衛だって私たちの周囲に5人もいたのに、何をしたのかバージルさんを止めようと彼に近づいた端から皆ガクンと気を失ってしまったのだけど。


 なにより、現在進行形で、王太子殿下の胸倉を掴んでがっくんがっくん揺らしながら、ふがいないのなんのと罵っているんだけど。

 それに対し殿下は、ちゃんと聖女に負担をかけないようがんばったという言い訳と、というか聖女は本当にやつれているのか? という疑問と、本当にやつれさせてしまったのなら申し訳ないという謝罪を繰り広げているようだ。

 しかし、あまりにがっくんがっくんされていて、どれもまともに言葉になっていない。


 バージルさんと王太子殿下は同じ年で、魔法学校でのご学友からそのまま側近になったとかで、割と気心の知れた間柄だったらしいのだが、さすがにこれはマズくないか?

 どちらかというと、殿下の言い分に理がある気がするし。

 確かに私、ここ最近はあまりに魔法が使えるようにならないので気が滅入って食欲が失せつつあったけど、やつれているほどではないはずなんだけどな。

 むしろ、贅沢な食事と甘やかされきった生活で、若干太ったんではと思っていたくらいなのに。


 なんて考えているうちに、王太子殿下が劣勢になってきた。

 がっくんがっくんの合間に漏れ聞こえる言葉が、謝罪一辺倒に変わってきている。

 いやあの、そんなそんな、皆さんはとてもよくしてくれていますよ。

 そう言おうと思ったのだけれど、あれでもこれ、チャンスなのでは? なんてことに気づいてしまった。


「わ、私がやつれているとしたら、バージルさんに会えなくて、寂しくて、食が細くなったのかもしれません……!」

 2人が口論をしていたところに割って入ってそう言えば、バージルさんはいぶかし気な表情ながらも罵りと殿下への揺さぶり(物理)をやめて、殿下はあからさまにほっと息を吐く。


 王太子殿下が認めてくれたのだから、もうこの際私はやつれたのだということにして、私にはバージルさんが必要なのだと訴えてみることにしたのだ。


 本当に、バージルさんがこのままこんなところに閉じ込められているなら、食事をとらないことにしよう。ハンガーストライキだ。

 今日初めて来たけど、薄暗いしじめじめしているし、あんまり地下牢、良い環境じゃなさそうなんだもの。

 いや、さっきの動きを見るに、バージルさん、全然自力で出られそうな感じではあるのだけれど。前にマライア王女が言っていた『地下牢に閉じ込めておいても意味はないとわかる実績』、これで達成しただろうなと思うけど。皆さん、というか権力者である王太子殿下、見ましたね? この人地下牢に入れてても意味ないですよ。


 でも、バージルさんが自らの意志でここにいることが確認できたからこそ、彼自身に外に出る気になってもらわなければいけないだろう。

 今、この場で説得を成功させなければ。

 バージルさんのかっこいい顔を見ながらじゃないと、食事が進まないなぁ! というか、ここまで怒るほど心配してくれているなら、バージルさんが私の生活を見守ってくれたら良いんじゃないですかねぇ! といった塩梅で。


 ……いや、本当にバージルさんの顔を見ながら食事をしたら、胸がいっぱいになってむしろ食事が喉を通らないかもしれない。

 なんで1ヶ月地下牢で暮らしていて、この人の美貌には少しも陰りが見られないの……? ヒゲとか生えない体質なの……? 魔法でどうにかしてるの……? すごいな……。


 私がまじまじとバージルさんの顔面に見惚れていると、バージルさんがそれに気が付いたらしい。彼はとてもとても嫌そうな表情で私から一歩距離を取り、同時に王太子殿下の胸倉を掴んだままだった手をようやく離した。


「おい、リアの言い分とこの熱視線はどういうことなんだ。なんでこいつの懐柔失敗してるんだよ、王子サマ。そのツラは飾りか? それともこいつの趣味が相当悪いのか? 死刑囚と王太子が並んでて、なんで死刑囚(こっち)見てるんだよこいつ」


 こそっと殿下に訊いているけれど、丸聞こえですよ、バージルさん。


「マライアが言うには、特にこの世代だと、ちょっと悪い感じの男に惹かれることはよくある、と……」


 こちらもこそこそと応じた王太子殿下が、とりあえず怒ってはいなさそうであることにはほっとしたけれど、その言い様はどうだろう。

 別に、バージルさんがちょっと悪そうな感じだから惹かれているというわけでは……、ないことはないかもしれないけれど……。


「確かに、そういう年頃かもな。いやそこまでわかっているなら、そういう奴でこいつの周りを固めれば良いだろ」

「そうなんだが、悪そうであって悪いわけではないという人材が、中々見つからなくてな。だいたい、君ほどの顔で、死刑囚ほど危険な香りのする男などそうはいない。しかも聖女様に近づけても安心なほど無害という条件を加えると……」

「あー……、それはもう、リアの趣味を変えさせた方が早いな。頑張れ、王子サマ」

「ああ。本気で行かせてもらう」


 こそこそこそと、話題の当人すなわち私の目の前でされた、割と丸聞こえだったバージルさんと殿下の私の懐柔に関する密談は、そんな結論だった。

 タイプ相性を突くのは難しそうだから、急所狙いあるいは火力でゴリ押しに作戦変更、と。

 この会話を聞かれて多少警戒されたって問題ない程度の火力は出せる自信があるということだろう。こわいな異世界の王子様。いやでも、正に王子様らしい本物の王子様だしなこの人。むしろそのくらいの自信はなくちゃおかしいか。


「で、なんでこんなところにまで来たんだリア。まさか本当に、ただ俺に会いたくてってわけじゃないだろ。そんな理由で、聖女が死刑囚に会う許可が出るわけがない」


 しばらく殿下と話して多少冷静になったらしいバージルさんは、ため息交じりにそう問いかけてきた。バレてるや。


「バージルさんに会えなくてさびしかったのも、別に嘘じゃないです。やつれているっていう件に関する心当たりは、それしかないです」


 むう、と唇を尖らせてそう言ってみたのに、バージルさんは、『で?』とばかりに涼しい顔のまま、続く言葉を待っているようだ。

 私が、ちょっと言いづらいなぁと躊躇っていると、傍らの殿下がすっと半歩前に出て、説明をしてくれる。


「聖女様は、バージルに魔法の使い方を教えて欲しいとのことだ。こちらでも、一通りの人材と資料にあたってはみたんだが、どうしてだか聖女様の魔力が中心から動かなくてな。別に魔法など使えなくても良いとは申し上げているのだが、どうしてもバージルに教わりたいとのご希望だったので、今日はお連れした」


「……は?」

 低い、低い、たったの一音にそこまでの感情が込められるものなのかと関心してしまう程の怒りの籠った声が、バージルさんの口からもれた。


 そうだよね! 怒るよねぇ!


 がばり、と深く深く頭を下げて、自白する。


「す、すみません……。せっかくバージルさんが、命をかけてまで私を呼んでくれたのに。私、まだ全然魔法が使えなくて、役立たず、で……」

「おい王子サマ、これは、いったい、どういうことだ」

「バージル、その言い方だと、長年の付き合いがある私には通じるが、聖女様には誤解を与えると思うよ」

「うるせぇすかした顔してんなよ!」


 バシン、と、けっこうな音がして、思わず顔をあげた。


 バージルさん、またも殿下の胸倉掴んでいるし、殿下の頬が赤くなっている。

 えっ殴った? 王太子殿下の、顔を殴ったのこの人?


「なんで、リアが役立たずだなんて思いこんでるんだ! こうも落ち込んでいるんだ! どうしてこいつが俺に謝罪なんてしなくちゃいけない! こいつにこんな風に思わせたままにしておくなんて、お前たちの不手際だろ!!」


「ああそうだな。面目次第もない。だが私たちの言葉では響かなかった。魔法であれ気の持ちようであれ、バージルならばどうにかできるかもしれないという思いで、ここに来たんだ」


 バージルさんはまたもや怒りをあらわにしているし、その結果けっこうな大事件が起きた気がするのに、殴られた殿下は特に気にかけていないような涼しい顔だ。

 その冷静さのまま、殿下は諭すように告げる。


「私に怒っている場合じゃないだろう、バージル。だいたい、自分に向けられたものでなくとも、怒りというのは人を委縮させる。今聖女様の顔色を悪くさせているのは、間違いなく君だよ」


 殿下の言葉で、バージルさんはちらりと私に視線をやった。

 主にバージルさんそんなことして大丈夫なのかしらという心配なのだけれど、確かに怯えている私の顔を見た彼は、ふうとため息を吐くと殿下から離れ、私に向き直って頭を下げる。


「すまなかった。お前の目の前で怒ったことも、そう思わせてしまったことも、心から謝罪する」


「えっ、いや、そんな……」


 どうしよう。さっきからバージルさんの反応があまりに予想外過ぎて混乱してしまう。

 なんで私じゃなくて殿下を怒って、私に対してはむしろ謝罪をしているのか。

 しかもなんで殿下まで、それが当然みたいな態度なのか。


 まごまごするしかできない私の目の前で、なぜかバージルさんと殿下は揃って申し訳なさそうな顔をしていた。


 いやそんな、痛ましいものを見るような視線を向けられる覚え、ないんですけど。

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