第一六話 不甲斐ない
さて、そんなこんなで私がお城に定住して、約1ヶ月が経過。
私は今、王城の私に与えられた区画の庭の片隅で膝を抱え、死にたくなっていた。
いや、皆親切だしとても大切にされているんだけどさ。
それはもう、一周回ってこちらも緊張してしまう程丁重に丁寧に丹念にもてなされている。
だからこそ、いたたまれないというか。
こちらの上流階級の女性は基本的にドレスを着ているのだが、聖女はそんなことを気にしなくて良いそうだ。聖女がルールでマナーでトレンドの最先端、世間が聖女に合わせろというのが当然、だとか。
食事に関しても、元々そこまで和食にこだわりはなかった事もあり、毎食美味しくいただいている。
ただ、こだわりはなかったのだが、『慣れ親しんだ食事をお出ししたい』と聞き取りをされた際には、一応和食を答えた。
こちらの世界にも、和食のような物が発展している地域はあるそうな。そこから輸入を増やすの職人を招くのと、国主導で再現に全力を尽くしてくれるらしい。
さすがにご遠慮しようとしたのだが、【聖女様の母国の食事】というのはありがたがられ需要があるそうで、普通に商売として勝算があるので全力を尽くす、とのことだ。そのうち和食もこの国に広まるかもしれない。
住まいも、相変わらず使っていない部屋は多いが、ぼちぼち慣れてきた。
この国は水源が豊かかつお城にはいざとなれば水やお湯くらいは魔法でどうとでもできる人が多いそうで、お湯も水もじゃぶじゃぶ使わせてもらえるし、お城はとても清潔に保たれている。トイレだって水洗だ。非常にありがたい。
衣食住すべて問題ない、どころか快適過ぎてダメになりそうな程である。
人間関係についても、運が悪かった(全員バージルさんに対し手のひらを返した実績があった)ので侍女の人たちとは仲良くしていないが、王族方とメイドさんたちとはそれなりに交流している。
私の望みを叶えたくて仕方がない! とばかりにキラキラ顔面の王子王女とそれらに仕えている人々が周囲を取り囲んでいた時期はほんのり胃が痛かったが、私がそういうのを喜べない性質であることを察してくれたらしい。すぐに手紙など陰な私に優しい交流に切り替えてくれた。
家具と思えなど無茶を言うと思ったが、メイドさんたちは気配を消すのが上手く、実際部屋にいても他人がいるという圧は感じない。
しかし、私が構って欲しい時やなにか聴きたい時なんかには、人に戻っておしゃべりもしてくれる。
そんなプロフェッショナル集団に、日々実に心地良くお世話してもらっている。
実に順風満帆な異世界生活、と思いきや。
まず、【淀み】が出ない。全然出ない。そのため、バージルさんに会えていない。
あんなにご活躍を祈ったのに。心から祈ったのに。聖女の思い通りになんてなってたまるかということだろうか、魔王め。
それも問題なのだが、では淀みが出るまではそれに備えて……、という段階で、もっと大きな問題が発生してしまった。
「なんで私、歴代の聖女様たちみたいに魔法を使うことができないんだろう……」
そう、これが、私の今抱えている1番大きな問題で、私が死にたくなっている原因だった。
歴代の聖女は、回復や補助、バリアの魔法が得意だったそうな。
特に回復魔法に関しては他の追随を許さず、本来魔法でもどうにもできないはずの怪我や病でも、生きてさえいればどころか死んで数分以内ならどうにかできたとか。
そこまで際立ってはいないものの、補助やバリアだって規格外なレベルで、聖女1人いればどんな絶望的な戦況だってひっくり返せる、はず、なんだけど。
「ごく簡単な魔法すら、発動させることができない……。というか、どうやって魔法を発動させたら良いのかわかんない……」
なんか、魔力の中心あるいは塊とかいうのが、心臓のあたりにある、らしい。
普通は、そこから魔力をぐーっと手のひらのあたりにまで持ってきて、手のひらから外に出す。
その外に出た自分の魔力に命令? する感じで? 呪文を詠唱したり、魔法陣を描いたり、なんか流派によっては忍者の如く手を組み合わせて印を結んだりして魔法を発動させる、らしいのだけれども。
なんでか、初期段階の、『魔力をぐーっと手のひらのあたりにまで持ってきて』が、できないんだよなぁ……。
なんとなーく、あ、これが魔力? みたいなのは、あるのがわかるようになったし、実際浄化ができたからには垂れ流しにしているっぽいから、魔力なしってわけじゃないのだろうけど……。
手のひらにむかって、動かせないんだが? 微動だにしないが? 本当に動くのこれ? みんなどうやって動かしているの?
『ぐーっと』ですか。なにも伝わってこないわ。
そこでコケている。
「魔法、使えるようになりたいんだけどなぁ……。でもみんな、浄化はできているんだからそれで十分だとか、別に私が魔法使えないままでも良いとか言うし……」
そう。
元々こちらの世界の人々は、バージルさん以外みんな、聖女なしで今回の魔王をどうにかするつもりだったので。
自分たちでもできることは、自分たちでやれば良いと考えているらしい。
というか、先代の啓蒙によって感じるようになった聖女への罪悪感から、できれば私にはあまり仕事をさせたくないらしい。
だから、むしろ、私は魔法は使えないままで良い、みたいな。
魔王が出現しても私がこのままじゃ、たくさん犠牲が出ちゃうと思うんだけど。
でも元々いないはずだったし、浄化できているだけ御の字でしょ、みたいな。そんな雰囲気だ。
「でも、もっと役に立ちたい。こんなに良くしてもらっているんだし、そうでなくても誰一人死なせたくないし怪我させたくないし、万が一があったら治したい。……それに、先代の決めた法律をひっくり返すなら、私も同じくらいの実績を積まないと……」
だから、正直焦っているのだけれど。
今日も私の魔力は、心臓のあたりからぴくりとも動かない。
「バージルさん、今頃どうしているんだろう。バージルさんが教えてくれないかな、魔法の使い方。国で1番すごい魔法使いなんだから。いやでも、天才過ぎてできない理由がわかんないとか言うかな……。でも、あの人なら、少なくとも私を変に甘やかすことはない気がする。私に魔王を倒してもらうために呼んだんだし……」
そう思うのだが、彼を牢獄の外に出すにはそれなりの理由と煩雑な手続きがいる、らしい。
基本的に、魔王か魔物関連で何かがない限り、彼は外には出られないそうだ。彼に仕事をさせる時だけ、監視と拘束付きでの外出が許可される。
といっても、稀代の天才魔法使いである彼を封じておける牢獄など存在し得ないので、彼が彼の意志でそこにいてくれているだけらしいのだが。
「バージルさん、私の講師として外に呼べないかなぁ……。私に与えられたこの区画、無駄に広いし部屋も余っているし、こっちに住めば良いのに。……いや、たぶんこの建前では通らないな……。恨みを晴らすの一環で、ここの庭に犬小屋作ってそこに住まわせるとか言えばいけるかな……?」
もちろん、本当に犬小屋に住まわせるつもりはない。
だって、彼には感謝しているのだ。
私は、あのままあちらにいては、こんな贅沢な生活はできなかった。
祖父母がいなくなってから、私を必要としてくれる人どころか、私がそこにいることを意識している人すらいた気がしない。
嫌われていたわけじゃない。いじめられていたわけじゃない。そんな負の反応すら得られないくらいに、誰も私に興味がなかった。
透明人間みたいな気分を、日々味わっていた。
みんなに必要としてもらえて、私にしかできないことがあって、感謝されて、大事にされて、ここは、すごく居心地がいい。
バージルさんが、私のことを見つけてくれたから。ここに呼んでくれたから。彼のおかげで、私は聖女になれた。
だからこそ。
「もっと、役に立ちたい。できることを、増やしたい。私は、私の居場所を失いたくないし、もっと確たるものにしたい。私のために」
そう。どこまでも自分のためだ。私は私の価値と地位を高めたいだけ。
だから魔法を……、と、思うのに。
「なにさ、ぐーっとって。みんな、私に仕事をさせないために、魔法を覚えさせないために、わざとわかりにくい教え方をしてるんじゃないの?」
そんな風に拗ねてしまうくらい、ぐーっととやらがわからない。
こっちの世界の人にとっては、手足を動かすようにわざわざ意識したり考えたりしないでできる動作らしいのだけれど。
魔力のない世界から来た身としては、理論立てて教えて欲しいところだ。
「やっぱり、どうにかバージルさんに会わせてもらおう。それで、魔法の使い方を教えてもらおう。あの人の命と引き換えにしてまで呼んだ聖女がこの様じゃ、怒られるかもしれないけれど。でも、むしろ……」
こんな不甲斐ない私の事、怒って欲しい。
なんで魔法が使えないんだって、こんなのでどうやって魔王を倒すのかって、これじゃなんのためにバージルさんが命をかけてまで聖女を呼んだのかって、怒って欲しい。
彼は、彼だけは、そうして良いはずだ。
そしてだからこそ、彼ならば唯一私に厳しくしてくれるだろうと確信しているからこそ、私はバージルさんに会いたい。
彼が外に出られないのなら、私が地下牢に行けば良いだろう。そのうち淀みが出ればと待って過ごしていたら1ヶ月も経ってしまったが、そろそろ動こう。彼に、会いに行こう。
きっと、それが今の私に必要なことだと思うから。




