第一五話 ここに住まわせたい
あれ。でも、そういうことならば。
「そういうことなら、バージルさんをここに住まわせたい、とかもありなんですか?」
「バージル・ザヴィアー……、失礼、バージルは、一応は死刑囚でございますから、それは難しいかもしれません」
「けれど、こちらで魔王討伐のために必要な仕事があるということであれば、許可が降りないこともないのではないでしょうか?」
「ああ、そうね。……あるいは、地下牢に閉じ込めておいても意味はないとわかる実績でもあれば、かしら」
「そうですね。私は直接の面識はないので推測になりますが、バージル卿程の魔法使いであれば、地下牢だろうとこちらの一室だろうと、そう変わりはないでしょうから。どちらに居ようと、その気になればどこにだって行けてなんだってできる気がします」
「そう、なのよねぇ……。ただ、聖女様、現状は彼本人が自ら大人しく地下牢に収まってくれております。となると、地下牢に閉じ込めても意味がないと主張するのは難しいと思われますわ」
セラさんの意見を踏まえつつ、マライア王女はそんな風にまとめた。
なるほど。
そういえば、確かに初日にそんなようなことがあったな。
魔法使いを拘束するには本当は何か特別な道具が必要なのだけれど、バージルさんは何を使っても封じることなんてできないから、麻の縄で良いっていう話だった。
『地下牢に閉じ込めてみたけど意味ないし、地下牢を壊されると困るから、牢屋じゃなくてもっと簡易的な拘束とか監視とかで良いね』
となれば良いと。
ここも一応お城の敷地内だし、貴人用の牢は仕様が違うと聞いているので、ここだって仕様が違うだけの牢だと言い張れる、かもしれない。さすがに、多少のリフォームは必要だろうけど。
ただ、地下牢意味ないじゃんと言うには、バージルさん自身が大人しく牢屋に籠もっている今は難しいってことね。
……魔王関連で外出ていっしょに仕事をする時にでも、脱獄をそそのかしてみようかな。
となると、やっぱりそのためにも、淀みが早く出て欲しいな。本当に頑張ってほしい、魔王。
今、世界の誰よりも聖女が魔王の活躍を祈っていると思う。
「……その、聖女様は、ここに住まわせても良いほどに、バージルの事を想っていらっしゃるということでしょうか……?」
真剣に魔王の活躍を祈っていると、マライア王女がそっとそんな事を訊いてきた。
ここに住まわせたい=恋人扱いをしたいというよりは、とにかく地下牢から出してあげたいので『聖女様が認めた存在であれば、それこそが確たる身分』だというのを利用したいというのが強い。
ただ、前者についても全くないわけではない。
「好意は普通にありますよ。恋かというと、そこまでは断言できませんけど。まだ、バージルさんと出会って1週間とかですし」
私は精一杯涼しい顔を作って、さらりと答えた、つもりだったけれども。
耳と頬と首のあたりが熱い。うーん、照れてしまう。
私の返答を聞いてか、私の赤面ぶりを見てか。
マライア王女は、残念そうにため息を吐く。
「さようで、ございますか……」
と、そこで彼女は、口元を手で覆い隠した。
「いえでも、まだ諦めるには早いわ。聖女様であれば、配偶者を複数持てるのだから……」
王女様は掌の中でぶつぶつと何かを言っている様子だったのだが聞きとれず、私は首を傾げる。
「……?」
「なんでもございませんわ。バージルに関してはまだ恋という程ではない……、とのことですが、兄らに関してはどうでしょう? 聖女様のお眼鏡には、かないませんでしたでしょうか?」
ニコリと笑顔になったマライア王女に問いかけられた。
「王子様たち、ですか?」
「ええ。弟に関しては、薄々無理だろうなとは思っております。弟のレナードは、少し、だいぶ、いえ認めましょう。とても、騒がしいので。聖女様が苦手とお感じかなとは、私にもわかりました」
見抜かれていたか。
確かに、第三王子のレナード様は騒がしいというか、いかにも陽! な感じの声が大きなタイプの少年で、正直ちょっと苦手である。私、年下よりは年上の方が好みだし。
しかし第三者に苦手だと見抜かれてしまうほどあからさまな態度を、一国の王子にとっていたというのは非常に気まずい。
気まずさに視線を泳がせている私にずいと迫って、マライア王女は続ける。
「しかし、兄らならば! 特に王太子である長兄は、そこまで望みがない程ではないかと推察しているのですがいかがでしょう!?」
「いやっ、そんな、確かに、ステキな方だとは思います。というか、あの人を嫌う人が、そもそもまずいないんじゃないかと……」
私があいまいにもごもごと返すと、マライア王女はきょとんと首を傾げる。
「長兄を嫌う人……、ですか? けっこうおりますよ? うさんくさいだの何を考えているかわからないだの完璧すぎて隣に立つ人は気疲れしそうだのと指摘されていたこともございます。次期国王という立場から、あの人はどうしても内心を探られないように、隙を見せずに生きねばなりませんからね」
「あー、確かに……? いや、それ誰が言ったんです? 一国の王太子殿下に、そんな陰口叩いて大丈夫なんですか?」
マライア王女の言葉に頷きかけて、いやいやいやと首を振って尋ねてしまった。
「王太子とはいえ、長兄には私ども家族がおりますし、軽口を言い合える気心の知れた友人も……、いるような、いないような、危うくいなくなるところだったような、現在は地下牢あたりにいるような……」
言いづらそうなマライア王女の言葉に出てきた、地下牢の単語で察する。
ああ、バージルさんが言ったのか。口悪いなあの人。
「その、まあ確かに面と向かって兄にこうまで言う方は、家族ともう1人を除いてまずいないのですが、長兄を苦手と感じておられる様子の方は、いくらでもおりますから。けれど、聖女様としましては、長兄はそう嫌いな人間ではない、という理解でよろしいですね?」
マライア王女は、そんな風にまとめてきた。
私は、素直に認める。
「まあ……、そうですね。尊敬はしていますし、嫌いではありません。話した感じも、色んな人に聞いた範囲でも、王太子殿下は素晴らしい方だと思っています。ただ、先ほどの『完璧すぎて隣に立つ人は気疲れしそう』には力強く同意したいです。なので、恋愛対象や結婚相手としては考えていません」
「なる、ほど……。うーん、まあ、多少の好意は……? 愚弟よりはよほど……、望みがないわけでは……?」
私の言葉に、マライア王女は怖いくらい真剣にそんなことを呟いては考え込んでいる。
確かに王太子殿下への好意はあるんだけど、恋愛対象では全然ないんだよなぁ。
かっこいいなとは思うけど、あくまでも観賞用というか。
すごい人だなとは思うけど、ときめきはしないというか。
なによりやっぱり、『完璧すぎて隣に立つ人は気疲れしそう』なんだよ。
私に王妃とか絶対無理だし……。じゃあ次男ならとかマライア王女は言いそうだけど、そもそも王族と縁続きになること自体大変そう。全員無理。
というか、私は、バージルさんにほぼ一目惚れしてしまったので、他はもうあんまり考えられないというか。
いやいや、私そんなにちょろくないし。まさかそんな一目惚れなんて、そんなそんな。とまだ内心ちょびっと抵抗をしてはいるのだけれど。だからさっき、『恋かというと、そこまでは断言できません』とか言ってみたのだけれど。
でも無理。冷静になってよく考えてもめちゃくちゃ好き。
本職の王子様たちに好意的に接されても、バージルさんと比較して、あの人の方が好きだなと思ってしまうくらいに。
次にあの人に会ったら、勢い余って告白とかしちゃうかも。
「リア様、マライア王女殿下。話を戻してもよろしいでしょうか? リア様、自室を一通りご覧いただいたわけですが、バージル卿に関する部分以外は、特に問題はございませんか?」
考え込む王女様と、バージルさんの事を思い浮かべてふわふわとした気持ちになっていた私。
そんな2人を見かねたのか、セラさんがそっとそんな風に尋ねてきた。
そういえば、おうち案内をされていたのだった。『部屋多くない? 何人で住む想定よ?』というところから、かなり脱線してしまった。
マライア王女は、ポンと手を打つ。
「ああ、そうでしたわ。……なにせ急なことでしたので、こちらは既存の建物を整えただけの状態です。聖女様のご希望があれば、いっそ新しい棟を建てさせていただいてもかまいません。建て直しでも建て増しでも改築でも、遠慮なくおっしゃってください」
なんて力強いお言葉。
途中で案内された好きにしていい範囲の庭とやらも相当広かったから、その中にお屋敷の1つ2つくらいは確かに建てられそうだ。
いや建てないよ。足りないわけないでしょうが。今ある建物の私のプライベート区画だけで、前の世界で済んでいた家の何倍の広さだと思っているんだ。しかも今のところ、私しか住まないのに。
「いや、広さも設備も足りています。むしろ、だいぶ持て余しています。これ以上いらないというか、正直もう少し私の区画とやらは縮小して欲しいです」
「いえ、これより部屋を減らすとなると、我が国が聖女様をないがしろにしていると他国から非難されてしまいますので……」
きっぱりと断りついでにさりげなく願い出た規模縮小の願いは、やんわりと断られてしまった。
そうか。体面とかあるのね。王様より上に扱わなければということで、こうなると。同じ敷地内なだけに、比較されちゃうもんね。じゃあ仕方ないのか。
しかしそれにしたってここにずっと住むというのは気疲れしそうなので、不満があると思われてまた新築のなんのと言われないようには気をつけつつ、その辺りを探っていく。
「それにしても、新しく建てていただくというのは申し訳ないです。だって、私、ずっとここに住むとかじゃない、ですよね……?」
「たとえ一時でも聖女様が住まわれた建物が残るのは光栄なことですから、気になさらないでください。もちろんずっと住んでいただければなによりですが、無理強いはいたしません。歴代の聖女様方も、魔王討伐完了後は、気候などが好みの地に移住されることもあったようです。ただ……」
私の問いに冷静な顔で答えたマライア王女は、『ただ……』の後しばしタメて、ニコリと美しい笑顔を、美しすぎて妙な迫力のある笑みを浮かべ囁きかけてくる。
「うちの王子の誰かを夫の1人にでもしていただけるのなら、こちらに永く住んでいただくのが自然な形かと」
「謹んでご遠慮します。王子様も、ここにずっと住むのも」
私が即座にそう返すと、マライア王女は残念、とばかりに肩をすくめ妙な迫力を霧散させた。隙あらば王子様を売り込んで来ようとするな、この人。
しかし、夫の1人ってなに。この国普通に一夫一妻制って聞いているんだけど。実際国王様ですら妻は1人なのに。
先代聖人、まさか聖女聖人だけはどの国でも幾人でも配偶者を持って良いとかいう法律も通したのか……? 通してそう。たぶん通したんだな。最悪。




