第一一話 巨人とかが使う部屋?
さてさて、今日の宿泊場所である。
どうやら、このお城の中に私個人の部屋を用意してもらえてそこに住んで良いらしい。祝! 脱住所不定!
しかし、その用意のために一週間程の猶予が欲しいとも同時に伝えられた。訂正! 脱住所不定予定!
それまでは貴賓室で過ごして欲しいと願われ、ふんふんとわけもわからないままに了承した、のは良かったのだが。いややっぱり良くなかったかも。わからないままに了承するんじゃないよ、私。
『聖女様には不足ですが、一応は他国の王族を迎えるに足りる程度の部屋ではありますので……』
『本来のお部屋はもう少し広いですし、もっと聖女様に相応しく整えさせていただきます』
『ご不満はいくらでもあるでしょうが、警備の都合もあるので当座はこちらでご容赦願えればと……』
全て、マライア王女様が言っていた事だ。
この人はどこまで私の案内を御自ら続けるつもりなのかなと思いながら、道中で聞いた。
だから私はてっきり、若干古いか狭いかな部屋だが、セキュリティはしっかりしていてなんかしらの歴史的ありがたみなんかがあったりするような部屋なのかな、なんて思っていた。なんとあの偉人も泊まったことがある、的な。
思っていた。の、だが。
「ひっろ!!」
部屋に入ってすぐの私の第一声が、これだ。
とにかく広い。そして、家具がゴージャス。
王女様が備え付けの設備の説明をしてくれているのをほけーっと聞き流しながら、私は部屋を見渡す。
まず視界に入ったのは、天蓋付きのベッド。
そのサイズ感が、なにかおかしい。
私が日本で使っていたベッドを横に置いたら、いたって普通のシングルベッドだったそれがベビーベッドかな? というサイズに見えることだろう。それぐらい大きい、というか広い。シーツとか寝具とかどう洗うんだろ……。
ベッド脇にはこちらはまあ普通のサイズな気がするローチェストが置かれているのだが、ベッドがドーン! という感じなので、ローチェストがちょこん、という趣になってしまっている。
その反対側の並びには、尻と背中で踏みつけるなど落ち着かな過ぎて半泣きになりそうな、金糸で精緻な刺繍の入った美しい布張りのソファ。
ソファとセットで置かれているのは、これ合板じゃなくて一枚板……? ということは元の樹はどれほど大きかったのかと戦慄を覚えるローテーブル。
壁際には謎の棚、その上には花瓶。そこにさらりと活けてあるように見えるけど、このさらりと見えるができるセンスがすごいような気がするようなしないような花。
布のかけられた何かは、その前に置いてある椅子となんとなくのシルエットと見えている脚部分から推測するに、たぶん鏡台だろう。いやでも鏡台だとすると、なぜ、その前に座った人間を映すだけならこれの3分の1くらいで十分だろうと言いたくなる大きさなのか。
もしやこの部屋、巨人とかが使う部屋? 私普通の、というか割と小柄な人間の女なんだけどな……。でもなんかファンタジーな世界だし、もしや種族の違う人がいるのかもしれない。街中でも城の中でも見なかったけれど、この世界のどこかにはいたりする、のかもしれない。
ここは要するにゲストルームなわけだし、様々なゲストに対応するための設備、とか……? 大は小を兼ねるといってもやりすぎな気がするが。
なにより、ここまでに上げたゴージャス家具のすべてが綺麗に収まっているどころか、もうワンセット配置しても余裕だろうなというこの部屋の無駄な広さよ。
祖父母が元気な頃に行った、温泉旅館を思い出す。
予約したはずの部屋が確保できていなかったとかで、代わりにと3人で行ったのにやたら広い団体さん用の部屋に通されたのだ。あのときは祖父母がいたけど、今は1人だからもっと居心地が悪い。
しかも旅館と違って土足。これもまた落ち着かないポイント。言えば室内履きくらいはあるのだろうけど……。
いやでも、できれば家でははだしで過ごしたい。
……あ。さっきの無駄に大きいベッド、私の元の世界の自室と広さそんなに変わらないな? あれを裸足で歩き回れる自室と見なせばいいとか? そのための天蓋とか? うん、たぶん違うね。
この部屋だけでもこれなのに、浴室とトイレ、クローゼットと書斎はまた別の部屋として繋がっているそうな。クローゼットも部屋なのか……。
「え、いやえ……? あの、これ、部屋って言います……?」
「大変申し訳ございません。聖女様にとっては部屋と呼ぶにも値しない狭い粗末な空間ではありましょうが、こちらでご容赦いただきたく……」
ようやく絞り出した私の第二声、というか質問に、王女様は心底申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
私は、ぶんぶんと頭を振る。
「いや逆です逆。広すぎて、部屋っていうか広間とかそういう感じじゃない? って意味です」
「そうおっしゃっていただける分には、嬉しゅうございますわ」
「んんん、イマイチ伝わってませんね……! あの、私の住んでいた国って人が多くて住みやすそうな平地が少ないんです。よって住宅事情もそれなりというか、狭小住宅なんて言葉もありましてね? それを専門にしているメーカーのCMなんかも見たことがあったり……」
広いと言われ嬉しそうに微笑んだ王女様になんとかわかってもらおうと、私は説明をした。
けれど、王女様はきょとんと小首を傾げている。
狭小住宅は通じなかったか? もしやこの世界だかこの国に該当する単語がなくて翻訳できていなかったりする? あ、メーカーのCMの方かな。
まあ良いや。ともかく続けよう。
「つまりその、広すぎて落ち着かないので、もうちょっと狭い部屋とかありません……? ってことです。ワガママを言って申し訳ないのですが……」
「かしこまりました。他の部屋もご用意いたしましょう。ただ、聖女様には護衛を兼ねた侍女とメイドが複数名付く予定ですので、彼女たちが入ればこれで広いということはないのではないかと思いますが……」
「ええ……? ……そう……、なんですね……?」
さらりと返されて、今度は私が首を傾げる番だった。
いや『を』じゃなくて『も』なんだ、という部分も気になりはしたけれど。
それよりなによりまず、侍女とかメイドとか、いらない。私は向こうでは一人暮らししていたのだ。
むしろ嫌だよ、寝室に他人がいるのなんて。落ち着かないじゃん。
しかし、護衛を兼ねたと言われてしまうと、バージルさんが自分の命と引き換えに呼んだ(引き換えにさせるつもりはないが、彼はきっとそういう覚悟で呼んだ)聖女である身としては、拒否もしづらい。
わざわざ聖女を害そうとする存在なんて魔王以外にそんなにいるのかなとうっすら思ったりもするが、世の中色んな人がいる。世界を滅ぼしたい系の人なんかにとっては、たぶん聖女は狙い目である。
聖女という存在の重要度を考えれば、万に一つもあってはならないだろう。
となると、侍女とメイドとやらは必要、なのだろうたぶん。嫌だけど。よくよく考えれば、こちらにはあちらで使っていたような家電はなさそうだし、家事面でもお世話になる可能性が高い。
その人たちの職場ということであれば、私が勝手に部屋を狭くするわけにはいかない。
いやでも、護衛って全員同室にいないとどうしてもダメなのかな……? この広い部屋をその人たちに使ってもらって、私はもっと庶民的な部屋で過ごす、とか。
さっき聞いた書斎かクローゼットの隅っことかに住んだらダメ? 無理?
なんて食い下がったら、王女様を困らせてしまうかなぁ。
あ。聖女が一番偉いルールのせいで聖女がクローゼットに収まったら『じゃあそれより下の身分のやつら、つまり全員廊下待機な!』とかなるかも。だとしたらダメだ。むむむ。
そんな風に、私が悩んでいると。
コンコン、コンコンと、軽いノックの音が鳴った。
「ああ、ちょうど揃ったようですわね」
マライア王女は嬉しそうにそう言って、自らいそいそと扉を開けに行く。
いや待ってドアを開けるって王女様の仕事じゃなくない? ここまでお城の中で幾度か見たけど、ドアは全部従者っぽい人が開けていたのに……。
王女様が聖女の従者として振る舞っている説? うっすらそんな気はさっきからしてるけど認めたくはない。き、気の所為ダヨ。




