第一〇話 住所不定聖女
私の聖女としての異世界生活の第1日目は、ようやく終わりを迎えようとしていた。……なんて言いつつも。
私は、こちらの世界では住所不定無職、いや無職ではないのか。
住所不定聖女(こう表現するとやべぇ奴でしかない。元いた世界で聖女を自称している住所不定な人がいたら、私は決して目を合わせずに全力で距離をとったと思う)な私に、帰る家はない。
聞くところによると望めば屋敷でも城でも(!?)建てても譲っても(!?!?)もらえるらしいのだが、さすがに今日の今日は無理だろう。
無事に今日を終えるには今日の宿泊先が必要である。
そんなわけで。
私は当座はチチェスター王国のお城でお世話になることに決まり、マライア王女の馬車に同席させてもらって王都へと向かった。
バージルさんとは残念なことに違う馬車で、あちらは他の魔法使いさんと騎士の一部に付き添われ、留置場に向かうらしい。
裁判が終了するまではそれなりに人道的に扱われるとの説明を受けたが、どうしたって犯罪者として扱わないわけにはいかないようだ。
聖女の強権を振り回しに振り回して、早めにバージルさんの待遇については絶対に改善してもらおう。
どうかそれまで無事で、と、祈る。
バージルさんの無事を祈りつつ向かう道中、私は異世界の街並みに興奮しつつも、王女様の馬車に同乗している事実に少し緊張していた。
なにせ、王女様の馬車は王女様の馬車なので、他とは内装も外装も馬も御者も扱われ方も違い、あまりに特別だったので。
王都を囲う立派な城壁にある大きな門を抜ける際にも、都市内でまたも現れた城壁っぽいものの門を抜ける際にも、お城そのものの城壁の門を抜ける際すらも、一度も止められる事なく華麗に通過。
(ちなみに王女様が教えてくれたところによると、2度目の門は旧城壁で、その中は今は王侯貴族の屋敷や国の重要な施設ばかりがある区画とのことだった)
他の馬車への対応を見るに、本来は厳格なセキュリティーチェックがあるようなのだが全てをスルー。
なにものにも阻まれることなくスルスルと、本当に良いのかなと思う程スムーズにお城へと到着。
更に城の敷地に入ってからも数分馬車で移動し、本来ここもセキュリティーチェックがあるゾーンなのではという部分すらもスルーして越え、たどり着いたのは奥まった区画。
城内には使途の違いでかいくつかの棟があったが、人の出入りはさほどないらしく物静かではあるがパッと見でも一段豪華だとわかる一棟が、どうやら目的地のようであった。
「聖女様、お手をどうぞ」
馬車を先に降りたマライア王女殿下はそう言って優雅に手を差し出し、私は『本職のお姫様からお姫様扱いを受けている……』と震えた。
「えと、ありがとうございます……?」
なんか違くない? これで合っているのか? そう思うあまり疑問符がついてしまったもののそう返して王女様の手に手を重ね、彼女が導いてくれるままに馬車を降りて歩みを進める。
進行方向の先で、タイミングよく、重厚で巨大な両開きのドアがすっと音もなく開けられた。
「ひえっ」
そうして見えた屋内の様子に小さく悲鳴を漏らしてしまったが、小さな悲鳴程度で黙れた私は偉いんじゃなかろうか。
だって、奥の方に、なーんか王女様に似た顔立ちの、風格ある人々が勢ぞろいしているのが見えてしまったのだもの。
王冠っぽいものとかティアラっぽいものとか頭部に載せているし、周りに護衛っぽい人たちがいる。
顔立ち出で立ち立ち姿立ち位置から予想するに、王女様のお父様やお母様やごきょうだいだろう。つまりは、王様やら王妃様やら王子様やら王女様やらということである。
城の中でその仮装なんてしたらとても問題になるだろうとはわかるけれど、ワンチャン影武者だったりしない……? しないか。しないんだろうなぁ。
だとしたら、玄関ホールっぽい所になんて本来は出てこないお立場でしょうに。
聖女の方が身分が上だからってこと?
私なんて、聖女といっても、まだなにもできていない(ものすごくものすごい備長炭のような体質ではあるらしいのだが、実感はない)のに。聖女の自覚すらもない。勘弁して欲しい。
予想が外れてくれることを切に祈りながら、私が一歩、屋内に踏み込んだ瞬間。
屋内の全員、従者や護衛っぽい人たちだけでなく推定ロイヤルファミリーまでもが揃って膝を折り、頭を下げる。ヤメテ。
少し胃をキュンとさせつつ、モスモスとした感触が若干歩きづらい絨毯の上を、どこか誇らしげな表情で私の手を引く王女様に連れられ進んだ。
王女様は黙礼の軍団の先頭から5歩くらい離れた所で止まって手を離し、しずしずと彼らと私の丁度中間あたりまで移動し頭を下げる。
これはあれか。さっきと同じパターンか。
私から許可出さないと顔を上げることも話すこともできないってやつ。
自分でも若干挙動不審になってしまっているとわかりつつも、私はおどおどへらへらと告げる。
「あ、いや、そんなそんな、皆さん、頭を上げてくださいよ。私、堅苦しいのは苦手なので。敬語とかもなしで、普通に話しかけてくれたら嬉しいなーなんて……、うっわヤッバロイヤルファミリー全員ヒク程顔が良い!!」
思わず、叫んでいた。
私の要望を受けて推定王家の方々が徐々に顔を上げて、その顔が先ほどよりも近距離ではっきりと見えた瞬間に。
いやだって、マライア王女殿下も大概だったのだけれども。
王様っぽい人も王妃様っぽい人も王子様3人も妹王女様も、びっくりするほど整った顔面をしていたのだもの!
揃って日本ではあまり見ない金髪碧眼であることも相まって、正に絵に描いたような美形揃いだ。
いや、皆様よく見ると髪の色味は白っぽい茶に近いとそれぞれ若干異なってはいるし、瞳の色もアイスブルーから紺色、グレーがかった方と微妙に差異はあるようなのだけれど。
バージルさんがかけてくれた自動翻訳の魔法をもってしても『うっわヤッバロイヤルファミリー全員ヒク程顔が良い』のあたりが理解しきれなかったのだろう。コソコソと家族で話し合っているのさえも絵になっている。
「聖女様のチチェスター王国へのご降臨、また城へのご来訪、心より感謝申し上げます。ついては、私の家族を紹介させていただく栄誉と、国王らからの挨拶が遅れた謝罪の機会を賜れますでしょうか……?」
いち早くスルーすることに決めたらしいマライア王女様が話を進めてくれたので、私はそれにすかさず飛びつく。
「いえ、謝罪はいりません! なにせ急なことだったわけですし、マライア王女には、とても丁寧な対応をしていただいてますから。その、皆さんも忙しいでしょうし、さくっとご紹介だけいただいて、ささっと解散しましょ! ね!」
「そう……、ですね。残念ですが、聖女様はきっとお疲れですものね。手短にすませましょうか」
本当に残念そうな顔をしつつも頷いてくれたマライア王女の仕切りで、王族の皆さんからのご挨拶は進んだ。
国王陛下がオースティン様で、王妃様がエヴェリーナ様。
上から順に第一王子で王太子殿下クリスティアン様が22歳、第二王子アレクサンダー様が19歳、ここまで案内してくれた第一王女マライア様がだいたい同年代かなと思っていたらちょうど私と同じ年の17歳、第三王子レナード様が15歳で、末の第二王女ドロシー様が14歳。
とのことだった。
いやその、みんなもっと丁寧な自己紹介をしてくれたのだけれども。
ついでに王子様方の紹介のターンではお見合いオバサンの勢いでマライア王女がセールストークも添えてくれたのだけれども。
私を褒めたたえる美辞麗句とか迂遠すぎて上品すぎて今一つ伝わってこない口説き文句とかアピールとかがわーっと重なって、全部は聞いてられなかったというか……。危うく大事な情報まで全スルーするところだったのだ。
名前と年齢だけはなんとか、ちゃんと聞いたし覚えることができた。と思う。
全員から呼び捨てにしてくれと懇願されたような気がしたけど、そこはあえて聞かなかったことにした。
家族なのに謎にミドルネームがある人とない人がいたのが気になったのでどういうことか訊いてみたら、まず、王妃エヴェリーナ様は生家である他国の王家の名をミドルネームとしているとのこと。
そして、先代聖人から受け継いだ『エミール』のミドルネームは、先代の子孫の中で王と王位継承者第一位の身分にある者のみ名乗ることができるのだそうだ。
それ以外の王子王女方にはミドルネームはないらしい。結婚したり功績をあげたら生えるかもしれないとか。
先代の子孫の中で王と王位継承者第一位の身分にある者のみ、だというのに。
この世界にいっぱいいるんだってさ、エミールのミドルネームを名乗っている人。
エヴェリーナ様の出身国の王家も名乗れるらしい。
逆にエミールの名を持たない王家は格が一段下がる上に少数派なので、国際会議的な場でとても肩身が狭いくらいなんだそうな。
先代、どれだけの範囲に影響を与えたのだろうね……。やっぱり相当こちらでの生活を楽しんだんじゃないのかな……。
先代に思いをはせ遠い目をしてしまったところで、いよいよ私が疲れ果てているとでも思ったのか、解散ということになった。
住所不定聖女という表現について。
正しくは聖女は個人事業主になるのではと気づいたのですが、いや個人事業主なんて表現はおそらく女子高生にはあまり馴染みがなかろうと思い直したのでそのままでいきます。




