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七室目 天沢五郎様 母の思いと新しい技術

 今宵は雲と星の綺麗なコラボレーションが素敵な夜でございます。

 お察しの通り、本日も徒歩での移動をしております。え? また空生を怒らせたのかですって?! ち、違いますよ! 今回は夏丸が私たちと一緒ですので、幸慈と共にお留守番をお願いしたのであります。それに桜々さんは幸雅が能力を使う事……否、初の試みである活性化した脳への緩和方法を試す事に反対のようでしたから。何かを考えるように黙ったまま、リビングでひとり座っていたので、その様子も気になり、空生と倭久に事情を話して、一緒に残って貰ったのでございました。

 

 暫く歩いていると、後方から、


「待ってッ……待って!!」


 なんと、私たちの後を追って、桜々さんが走って追いかけて来たのでした。すかさず私は、


「どうしたんですか、桜々さんッ! 何かありましたか?」


「ハァハァ……、私も一緒に行くわ!」


「えっ?! ……それは……」


「私も側にいるわ! コウは一生懸命に考えて、前へ進んでいるのに、能力者を持つ母として、そして先輩能力者として、後退するような助言や後ろ向きな思いに悩んで、進もうとしている我が子の足枷になるような態度を……取るべきではなかったわ。……ごめんなさい、コウ……」


「母さん……」


「何かあっても任せなさい! 自分の考えた通りに思いっきりやりなさい!! 父さんも母さんも側についているわ」


「ありがとう、……母さん。……あのさ、消去の方を試そうと思っているんだ」


「それはどうして? 前の記憶に戻す方が……」


「確実性のある方を選んだんだ。活性化した全てを消してバグらせる事の方が脳も落ち着くんじゃないかって……」


「……そうなのね! 分かったわ。もしも……もしも、全てを忘れるような事があったとしても、貴方は私の大事な息子に変わりはないの! だから、私が忘れないわ!! ずっと側にいて守るから、最善を尽くして試みなさい。健闘を祈るわ」


「……うん、すごく……心強くなった。精一杯、頑張るよ……」

 

 そうして二人は、何年振りかのハグをそっと交わしたのでございました。幼い頃の幸雅は感情表現が豊かで、空生と喧嘩しては負け、よく泣いている子でした。今でこそ冷静に振る舞い、弱さを見せないよう澄まし顔の幸雅ですが、……この時ばかりは不安の方が強かったのでしょう。桜々さんの言葉に熱いものが込み上げてきたようでございました。母と子の絆の強さと温かさを私も感じ……ウゥッ……申し訳ございません。……昔を思い出し、涙が止まりませんッ! 成長した我が子、それに滅多にない母と子の素敵な光景……号泣させて頂きますぅうう!! 桜々さんんんー、幸雅ぁあー! 私も混ざりたいぃぃー!!


 失礼ッ! コホン……そうして私も含め、三人とも気持ちの落ち着きを取り戻し、再び目的地へと出発したのでありました。すると夏丸が、


「ところで、どうやって接触するんだ? おかゆにお願いしても、猫の通り口じゃ人間は入らんだろ?」


「流石にそれは無理ですねぇ。ですから、帰宅前の假谷さんを待ち伏せしようかと思っております」


「おー……んじゃ、あの近くにデッカい緑地公園があるから、そこにするか? 俺が誘い込もうか?」


「ついてきますかね?」


「假谷は猫好きだからな。それもたぶん重度の……」


「えっ? 何故にそのような事を……」


「……言ってなかったが、家の中に潜んでいた時、おかゆと一緒に寝てしまってな……。今朝、見つかっちまったから帰って来たんだ」


「なッ!? そうだったのですかッッ!?」


「『ちみは何処から来たのかにゃぁー。おかゆのおニャ友でちゅかぁー』って強面の顔がヘニョヘニョになって、喋り掛けながら触ろうとしてきたから、シャーして逃げたんだよ」


「「「!!」」」


 夏丸は余程の事がない限り〝シャー〟所謂、威嚇をしない飄々とした猫ですので、桜々さん、幸雅と一緒に驚いたのでございました。そして、爆笑したのは言うまでもありません。


「アハハハハ! 夏丸、シャーしたの?! 珍しいなぁ」


「だってよー、コウ! 強面の顔がダレた顔をして、猫甘(ねこあま)言葉を使いながら迫って来てみろッ! 身の危険と判断して、怒って逃げるのは当然だろうがッッ」


「ンフフッ……確かに、……それはッ……アッハッハッハ!」


「シャーって……フフッ。夏丸ったら……ンフ、アハハッ」


 桜々さんも私も笑いを止める事が暫く出来なかったのでございました。


「笑い過ぎたッ! ……まぁ、そんなヤツだから誘いには乗るだろうよ」


「ンフッ……そうですね。では、頼みます。私たちは……」


「おかゆが言うには、緑地公園内に猫集会ってのに使う場所があるんだと。公園入り口から東方向の奥に茂みがある。その茂みをまた奥へと少し進んだら、開けた小さな広場があるから、そこにしよう。滅多に人も寄り付かない所らしいから……」


「分かりました……。では、そこで落ち合いましょう」


 そうして、夏丸に假谷さんを誘い込むようお願いをし、私たちは緑地公園へ着いて、少し通りにくい茂みを抜け、猫集会に使われているという広場に着いて待つのでした。暫く待っていると、遠くの方から、


「ニャンちゃぁああん! 今朝の、おかゆのおニャ友でしょうー? 何処に行くのかニャー? そっちは奥に入っちゃって危険だニャー。こっちおいでぇー。ニャール、持ってるよー! おいでぇええー。ニャンちゃぁああん」


 これは確かに……ンフッ、夏丸が危険と判断するはずですね。すると、茂みからゲンナリとした顔の夏丸が現れたのでございました。笑いそうになりましたが、


「コウ……来ます。よろしくね」


「承知……」


 そうして、すぐさま私は夏丸を抱え上げましたところ、強面がダレた顔になった假谷さんが目の前に現れたのでございました。


「んおぅッッ! ビックリしたぁー!! あ、すみません、人がいると思わなくて……」


「いえいえ! あの……捕獲してくれようとしていたんですか?」


「えっ……聞こえ……いや、あの、……ハイ……」


「ありがとうございます! 実はこの子、うちの子でして。四日前くらいに突然、脱走していなくなってしまいまして、すごく探していたんです。ここら辺で見たと教えてもらいまして、家族で探しに来ていたんですよー」


「あ、お宅の子だったんですか! いや、今朝ですね、うちの家の中に入っていたものですから……」


「そうだったのですか?! それは大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした!」


「いえいえー。多分、うちのおかゆ……あ、うちも猫、雄の猫を飼っていましてね。おかゆが招き入れたんだと思います。蓮花の猫ベットで一緒に仲良く寝ていたので、お友だちになったんだと思います。でも良かった! 飼い主さんの所に戻れて。今朝は俺が突然話しかけたから驚かしたみたいで、怒って逃げてしまって。どうなったのかと心配だったから安心しました」


「それはご心配まで掛けてしまい、本当に申し訳ございませんでした。あのお名前をお聞きしても?」


「あ、假谷虎ノ介と言います!」


「私は押上時士と申します。假谷様、重ね重ね、本当にありがとうございました。そして申し訳ありませんでした……」


「そんな、申し訳ないだなんて……。偶々さっき、仕事の帰り道にこの子が道路を横切って、公園に入るのを見かけたもので、必死に追い掛けて行って。ドンドン奥に進んで行くもんだから危ないし、人もいないだろうと思って声を掛け……あ、いや、驚いてしまって。こちらこそ失礼しましたッ」


「とんでもございません! こちらの方が大変お世話になりましてありがとうございました。今夜はもう遅いですから、後日改めてお礼に伺わせて頂きたいのですが……」


「いえ、そんな! 俺もおかゆと一緒にいたなんて、今朝まで気付いてなかったですから」


「ですが、多分……おかゆ君がご飯やお水を分けてくれていたのだと思います。おかゆ君にもお礼と、またこの子をおかゆ君に会わせてあげたいので、いかがでしょうか?」


「そ、そうですか?! いや、実は私もおかゆのおニャ……お友だちがまた来てくれたら嬉しいなぁなんて思っていたんです。あ、でもお礼は本当に気を遣われないで下さい。大した事はしていませんし、来て頂けるだけで嬉しいですから!」


「ありがとうございます。では、明後日などご都合は……」


「あー……、じゃあ!」


 そう言って、假谷さんと私は連絡先のLEIN(レイン)交換をしたのでございました。公園入り口まで一緒に話をしながら出て行き、假谷さんはお別れに夏丸を一撫でしていいかと言われ、ホクホクとした様子で嬉しそうに暫く撫でまわし、公園を後にしたのでございました。


 假谷さんの姿が見えなくなると、


「……ヴグッ! ……グハッッ……」


「コウッッ!!」


 その直後、幸雅は苦痛に歪んだ表情をし、頭を抱え込んで倒れたのでございました。やはり無理だったかッ。私は慌てて幸雅を起こそうと手を出し掛けた時、すぐさま桜々さんが幸雅の横にかがみ込み、


「コウ! しっかりなさいッッ!! 聞こえてる?! 大丈夫よ。貴方なら出来るわ! コウにしか出来ない事なのよッ!! しっかり意識を保ちなさい! コウッッ!!」


 すると桜々さんの必死な励ましが届いたのか、苦痛に歪んだその表情はスルスルと解けるように穏やかな顔へと変わり、強張っていた腕を下ろし、仰向けに横たわったのでした。脂汗は残ったままでしたが、コウはゆっくりと目を開け、


「コウ……?」


 桜々さんが呼ぶと、


「母さん……」


 そうハッキリと応えたのでございました。良かったですッッ。安堵した桜々さんは涙を流し、声にならない様でございました。すぐさま私も横にかがみ、


「分かるかい、コウ?」


「分か……る……。けど、……まだ……ッ、クラクラ……する……」


「無理はいけません! ……ど、どうしたら……触ってはいけませんね! えっと、動かしてはいけないから……えっと……」


 少しの間、私がアタフタしていると、


「ッ……はぁー……落ち着いてきたぁ……。……正直、……焦ったぁー……」


「な、何がですかッッ!?」


「分析……公園入り口に着いた時、終わりかけていたんだよねぇー……。あの人、見た目はあんまり喋らなさそうな感じなのに、猫の事になるとイキイキして話が長いよね……。途中、おニャ友とか言い掛けてたし。まぁそれで調整しながら分析も時間を掛けて、詳しく出来ていたんだけどね。だけど別れ際に夏丸を一撫でじゃなくて、撫でまくり出したからさー……早く帰って欲しいのに、それが一番困ったよぉ……」


「確かに撫でまくっておりましたね……」


 すかさず夏丸も、

「俺もよく噛まずに我慢したと自分を褒めてやりてぇよ」


 合いの手を入れたのでございました……ククッ。あの人なら噛まれても喜びそうな感じですがね。すると夏丸の答えに幸雅も、


「アハハ! 噛んでくれてたら、早く終わってたかな? 余計に喜んで構って来そうな感じがするけど?!」


「それは鬱陶しいな……噛まなくて正解だな。我慢した俺、偉いわ……」


「プッ……かもね! まぁそんな嬉しそうに撫でまくってる中でさ、緩和しようにも出来なくて。頭の横に手を当ててヤらないとまだ不安だし、位置が正確に把握出来ないと嫌だし、かと言って手を当てたくともそんな状況じゃ難しくてさぁ……。少しずつ活性化も始まろうとしてたからマジで焦っていたんだよー」


 幸雅の状況を聞き、私は驚いたと同時に、


「そうだったのですかッッ!? いやはや、すみま……ん? コウ……そこを覚えているという事は……」


「活性化直前までの記憶は残ったまま、活性化した記憶のみを消去してバグらせる事が出来ましたッ!!」


「おおー、それは凄いッ!! やりましたね! でも、ごめんよ、コウ。私はまだ分析中かと思っていて……」


「アレだね……。次からは分析終わり前の合図を考えないといけないよね……。やっぱりさ、経験してみないと抜けているところとか改善しなきゃいけないところとか、……分からないもんだね。ま、結果オーライだけどね」


「そうですね……。本当によく……頑張ってくれました。それにコウの新しい技術が成功して本当に良かったです。おめでとう。……そして、ありがとう。コウ」


 そう言って手を差し伸べ、幸雅も握り返して起こし上げ、帰宅の途についたのでございました。

お読み頂き、ありがとうございます!

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