二十七室目 新たな発見
「ヴァア嗚呼ぁァアアーッッ!!」
八鳳はそう叫び声を上げるや否や、周りの瓦礫同士が次々とぶつかり合い、竜巻のように様々なものが飛び交い、地獄のような凄まじい状況へと変わっていったのでした。夏丸はすぐに背中へと空生、倭久、幸慈、琴杜音さん、舞乃空ちゃんを乗せ、その場を離れたのでした。
桜々さんは、必死に声を上げ、
「やめなさいッッ! 八鳳さんッ!! 能力を止めてッッ」
桜々さんの言葉は、呆然と涙を流しながら立つ八鳳の耳には届いていないのでした。地獄と化していたイベント会場を冷静に見渡しながら、私は、
「止めなければ……、みんなが危ないですねぇ……」
「時士さんッ、駄目よッッ!! 今はッ……」
「妹の不始末は兄である私の責任です。何としても止めなければ……」
「でもッッ……」
そう言い、私を止めようと反対する桜々さんを私の胸に引き寄せて強く抱きしめ、
「時士さんッ……」
「桜々、ずっと愛しています。子どもたちの事はよろしく頼みますね……」
その言葉を最後に桜々さんのいる場をすぐに離れたのでした。
「行かないでッッ……」
走り去る私の後ろから、桜々さんの悲痛な声が聞こえ、後ろ髪を引かれる断腸の思いでありましたが……、私はイベント会場を酷く荒らしている制御が効かない……妹の八鳳の方へと向かって行ったのでございました。
細かな瓦礫屑が当たる中でも何とか八鳳の近くに辿り着き、
「八鳳ッ! やめろ、八鳳ッッ!!」
声が全く届いていない様でした。近付こうにも八鳳の周りも瓦礫同士のぶつかり合いが激しく、躊躇していた時、
「トッキィーん!」
「ムギッ! そっちは大丈夫なのかッッ!?」
「あたくしが倒して、コウが捕まえてくれているわーん! まぁ田嶋も戦闘能力はピカイチだけど、あたくしには敵わないわよ。あの暴れ回っていた八鳳と七鳳にあたくしたちは手こずっていたんですから……」
「そうだったのですか……」
「妹の暴走は、トッキーの深い優しい愛で受け止めてあげなさいな!」
「でも……どうしたら……」
「昔話でもしてやったら?」
「昔話……?」
「あの子たち……父と母の愛を知らずに、二人で一生懸命に手を取り合って生きてきたと思うのよ。あなたたち三人がどれほど待ち望んでいたのかを……話してあげてみたら?」
「そう……ですね……」
そうして私は麦乃介にアドバイスを貰い、ゆっくりと静かに八鳳の方へと意を決して進むのでした。何が飛んできても動じる事はなく、振り払いながらも頭や腕、背中にはたくさんの瓦礫が当たり、出血もしていましたが、不思議と痛さは感じないのでありました。もう会えないと思っていた私の大事な妹たち。意識を飛ばし、トリップしていた八鳳に向かって、私は、
「八鳳、聞こえてるかい? お前たちが生まれる前の事を話してあげましょうね……」
反応はありませんでしたが、私は続けたのでございます。
「お前たちが母さんのお腹にいた時、それまで私は一人っ子でしたので、好き放題しててね。……でも、ある時から体調が悪く、ずっと寝ている母さんがいて、辛そうに見えてね。最初は悪阻なんて分からなかったから、体調の悪い母さんに自分ができる事はないのかとひどく心配して落ち込んだりしていました。私がお腹にいる時はさらに悪阻が酷く、入院した事もあったと父さんは言ってましたから、お前たちは親孝行な子たちだったんですよ。殆ど食べられず寝込む母さんにレモン炭酸水を持って行ったり、皿洗いをしたり、洗濯物を代わりに干したりと……できる事を考えながら、とにかく一生懸命過ごしました。お腹に赤ちゃんがいると聞いたのは、お前たちが七ヶ月目の時でした。母は細身だったから、双子でもそんなにお腹は目立ってなかったんですよ。でも今にして思えば、父さんはいつも母さんのお腹に向かって話し掛けていました……」
「……父……さん……」
八鳳がその言葉に僅かに反応したのでした。
「ええ、父さんです。いつもお腹にいるお前たちに向かって『私たちの元へ……来てくれてありがとう。元気に育つんだよ』……そう、言ってお腹に手を当てていましたよ……」
「元気に……育つことを……」
「そうです、お前たちの成長をとても楽しみにしていて、父さんも母さんも私も生まれてくるのを心待ちにしていたんですよ……。グルーサムの襲撃に遭い、私を庇った為、二人は亡くなってしまいましたが……父と母に助けられ、生かされた命を私は大事に生きたいと思っています。……一緒に、この兄と共に生きていきませんか、八鳳……。……会えて、本当に……嬉しいよッ……」
「兄……さん……」
涙ながらに伝えた私の言葉が届いたようで、少し威力が弱まったと思ったのも束の間、
「……怒りと……憎しみの解き方が分からない……。私はどうしたらいい……? ……許せない、許せないのッ! 私たちを騙し、兄さんと敵対させようとしたGKがァアーッッ!!」
「待てッ! 八鳳ッ!! そこにはコウもッッ……」
私の静止を聞かず、田嶋を目掛け走り出し、周りにあった瓦礫の塊を捕縛されていた田嶋と幸雅に向けて放ったのでございました。
ガンッガンッガガガガァアーンッッ!!
凄まじい轟音を上げ、シールドへとぶつかったのでございました。そこには夏丸の背中から降りた琴杜音さんが捕縛された田嶋と幸雅の前にいたのでした。
「あっぶなーッッ!! 俺を巻き込むなよォー。田嶋だけを狙えよぉー……」
不満を口にする幸雅でしたが、琴杜音さんは八鳳に向かって、
「違うッ! この人じゃないッッ」
すかさず八鳳は、
「何が違うッッ!! 七鳳と私を騙して、母もッ……」
「八重さん……お母様を助けたのは、紛れも無いこの人なのよッッ」
「な、何を……」
「この人と、亡くなった田嶋の奥様が貴女のお母様と貴女たちをお救いになったのよ!」
「う、嘘だッッ! そんな事、一言も……」
「本当よ! 瀕死のお母様の面倒を見たのも……生まれたばかりの貴女たちを自分の妹のようにお世話していたのもこの人なのッッ!! 本当の黒幕はこの人のお父様なのよッッ」
すかさず桜々さんは、
「なんで琴杜音が内部の詳しい情報を知っているのよッッ! 琴杜音は追い出されたってッ……」
「……元の職場では奥様の幹部として動いていたからよ」
「幹部……」
「だから、この子たちの存在も知っていたわ! 能力者でありながらも田嶋家とは関係のない子どもたちだとも!! その後、過去の事も裏の活動も知って……田嶋のお父様に抗議の声を上げたわッッ。同じ能力者たちが踏み躙られ、貶められる事には……我慢ならなかったからッッ」
初めて聞いたその話に驚いた田嶋は、
「こっちゃん。そういう……事だったのか……」
「だから、お父様は寿一から私を離すように仕向けたのよッッ!! 貴方のお母様も私もどうする事も出来なかった……。お腹に舞乃空がいると分かっても伝える術さえも……」
「……えっ……こっちゃん。それは……」
「……あの……夏丸くんの背中に乗っているのが……貴方の娘、舞乃空よ……」
「……あの……子が……」
夏丸の背中に乗る舞乃空ちゃんを驚いた顔をして見つめるのでございました。琴杜音さんは八鳳に向き直し、
「八鳳さん、憤る気持ちは私もよく分かるわ。落ち着いて真実を聞いて欲しい……でもまずはッ、空生ちゃんの止血をきちんとさせてちょうだいッ! 貴女の姪を助けたいのよッッ」
その言葉に桜々さんは我に返り、
「空生ッ、空生は無事なのッッ!?」
「出血は多いけれど、今は何とか止まって保っているわ……。でも危険な状態に変わりはないの……。急ぎ、病院に……」
すると幸慈が悲痛な叫び声を上げ、
「ソラちゃぁああんッッ!!」
空生は大量の血を口から吐き出したのでございました。
「桜々ッ、マズイわッッ!! もしかしたら肺がッッ……夏丸くん、空生ちゃんをこっちに降ろしてッッ」
すぐさま夏丸は琴杜音さんの元に空生を降ろしたのでございました。
「ああッ、また出血がッッ!! 患部を押さえるから、タオルか何かをッ! 急いでッッ!!」
テキパキと指示を出し、出血する患部を押さえながら、
「桜々ッ! こっちを押さえててッッ!! 右胸の傷が……」
「分かったわッッ」
「お母さんッ、僕も一緒に押さえるッッ」
そう言って、幸慈も共にタオルで患部を押さえたのでございました。しかし、止めどなく流れ出る血に幸慈が、
「お願ぁあいッ……止まって……止まれェエエ!! ソラちゃんッ……ダメッ! ダメだよッ! 目を、目を開けてよッッ……ソラちゃんッッ!!」
目を瞑っていく空生に、幸慈は悲痛な声を上げながら泣くのでした。倭久も夏丸から力なく降りてきて、なす術ない状況に皆が打ちひしがれ涙するのでございました。私も父と母の亡くなる光景がフラッシュバックし、それと同時に呼吸も早く、吐き気が込み上げてくるのでした。目頭も熱く、胸に重い悲しみと苦しみが込み上げてきていた……その時、
「……大丈夫」
そう空生がハッキリと答えたのでした。すぐに桜々さんが反応し、
「空生ッ、分かる? 大丈夫って……何が大丈夫なのッッ!? 空生ッッ!? い、一体どういう……」
「ッ……ふぅー。……多分、……出血が止まって傷も塞がったみたい……」
「「「ハイッ!?」」」
桜々さんも琴杜音さんも私も同時に驚いたのでした。
「一体、な、何が……。空生ちゃんは……治癒の能力者なの?」
琴杜音さんは驚きながら、私たちにそう問いかけ、
「いえ、空生はッ……」
私は空生の能力は瞬間移動だと言おうとして、フッと思い当たる人物を思い出し、バッと幸慈の方を見たのでございました。
「ユキッ! もしかして……お前がッッ!?」
「えっ!? 僕ッ??」
「そうとしか……。喋れる状態でもなかった空生の……出血も止まって、傷が塞がったと……」
「ええっ!? だって、だって、能力者同士には効かないってッ!! 僕ッ……」
「……物体に能力を移行させて、使う事は可能よ……」
静かに答えたのは八鳳でございました。
「だから、私も兄さんに、七鳳は空生ちゃんに攻撃が出来たんだもの……。意味、分かる?」
「ううん……。ちょっと、難しい……」
「能力者である者に直接的な接触で能力を使う事が出来ないってだけなの。例えば、怖い例を言うとね、私が相手能力者の体に触って、念力を使って体内の内臓を操って、壊してグチャグチャにするなんて事は出来ないの」
「うぇええ……」
幸慈は気持ち悪そうに声を出したのでした。
「能力者の体の外にある物体に移行した能力は、相手能力者にも効くのよ。私が念力を瓦礫に移行させて使って、兄さんを攻撃したようにね」
すかさず私は、
「それは……。それをどこで知って……」
「GKよ。組織はその事を把握していたわ」
「ではッ、幸慈のヒーリング治癒は何を媒介して…………タオルかッッ!!」
「多分ね……。幸慈くんの能力がヒーリング治癒ならば、能力を無意識的に……いえ、違うわね。幸慈くんの治って欲しいという強い願いと能力が連動してタオルに移行し、空生ちゃんの傷を癒したんだと思うわ……」
「ユキッッ! ユキィイイー!! ありがとうッ……ありがとうッ、空生を、治してくれてッッ……」
私は幸慈を抱きしめ上げ、喜びと感謝を伝えながら涙を流したのでございました。桜々さんと倭久は号泣し声が出せずにいて、周りにいた人たちも安堵に胸を撫で下ろし、私と幸慈だけが燥ぎながら喜んでいたのでございました。
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