インターミッション 父の話とルナの使命
夏丸目線でお読み下さい(^^)
お前、またッ!? この前、来たばかりじゃないか! あー……ゆっくり相手をしてやりたいんだが、今から時士と話があってな。日課の掃除がもうすぐ終わるから、玄関前で帰って来るのを待ってんだけど。えっ? 一緒にいるって? まぁ見つからないようにいるだけなら大丈夫だが……。おっ、時士が帰ってきたな。
「時士!」
「おや、夏丸。おはようございます。玄関前でどうしたんですか?」
「おはよう。……あのさッ、少し話を聞きたい事があるんだが……」
「……宜しいですよ。ですが、その件はルナさんも同席した方が詳しく分かって良いかと思いますので、二人で和室にどうぞ。私は手を洗ってから、すぐに行きますので」
「なっ!? ……なんで分かったんだ?」
「彼女も見かけてましたからね、あの時。その話かと……」
「そう……だったのか……。分かった、呼んでくる……」
「それと、そこで見ていらっしゃる貴方さまも。どうぞご一緒にお入り下さい。分かっておりますから、遠慮なくどうぞ」
「お、おぉ……」
さすが時士、侮れん!! 時士がああ言ってるから、お前も一緒に入るぞ。ルナを呼んで来るから待ってろな!
そうして俺はルナを呼び、和室へと行った。入ると、時士は座っていて、俺たちは用意されていた座布団へと座った。すると、
「さて、……話とはロイさんの事ですよね?」
「ああ。……父さんと会ったとか。何故一緒に逃げず、俺を時士に託したのか、教えて欲しいんだ……」
「そうですね。まずあの仕置き騒動からの説明が要りますね。仕置き騒動を起こす前、あの組織から桜々さんへの協力の依頼を受けておりました。動物たちが忠実な下僕となるよう暗示を掛けさせる為、桜々さんの能力を欲していたのです。勿論、それはすぐにお断りを申し上げたのですが、それに対して不満を持ったようでして、押上家への執拗な嫌がらせが始まったのです」
それを聞いてルナは苦虫を潰したような顔をして、
「あの組織がいかにもやりそうな事だわ……」
「まぁ考え無しの組織でもありしたからね。手口も稚拙でしたし、最初は適当に払っていたのですが、ある時、小学校に上がったばかりのユキが人気のない所で拐われましてね……」
「「ええッッ!?」」
「すぐにお電話も頂きましたので、お迎えにあがったんですよ。激怒した押上家メンバーを引き連れて……」
「そ、それは……馬鹿な事をやっちまったなぁ……」
「でしょう?! 特に、コウが激オコしておりましたよ。それで、あの仕置き騒動となったのです。組織の人間たちに仕置きをしながら、施設も破壊していったのですが、壊しまわる中で、私はロイさんが捕まっていた部屋へと辿り着いたのです。その時のロイさんはびしょ濡れの姿で……近くにあった小さなプールの中へ何度も沈められていたようでした。再び水に沈められそうになっていた所へ私が助け出したという訳です。言うことを聞かせる為、そうした虐待的な躾を頻繁に行なっていたようで……。ですから、夏丸が水を苦手とするのは、もしかしたら、その躾を受けた事が……」
「ええ……夏丸もされていたらしいわ……」
「えっ!? おぼ、覚えてないけど……俺……」
すると時士は、
「幼かったから本能的に記憶から抹消したのでしょう。ですが、その恐怖は潜在的に体が覚えている。夏丸は……本来は水を怖くは思わないはずなのです。ロイさんはベンガルという血統を持ったアメリカ出身の方のようでしたので」
「そんなの……それはどこで知ったんだよ……」
「ああ、写真付きの資料が置いてありましたからね。持って来ていますよ、あの組織から! あとでお見せしましょうね」
「あ、ああ……」
「殆どのベンガルという猫種は水を苦手としません。ミックスの夏丸といっても、色濃くベンガルの血が出ていますので、本来は水を苦手とはしないはずです。ですから、現在も尚、水を苦手とするのはそうしたトラウマが残っているからなのでしょう」
「……そうか」
「話を戻しますが、仕置き騒動の最中、私はロイさんを救い出しましたが、ダメージをかなり受けていたにも関わらず、すぐに私の手から離れ、仲間の動物たちを逃げさせなければと各檻の開錠に向かったのです。殆どが何らかの理由で命を落としていたようでしたので、動物たちの数もそれほど多くはありませんでしたが、一匹一匹にこの建物から逃げ出すよう声を掛け回っておりました」
「そんな事を……」
すると、
「状況を察した母さんもロイさんの指示に従って助け出す手伝いをしていたのよ」
ルナは嬉しそうな顔をして教えてくれた。それに微笑んでいた時士は、
「私はそこでルナさんを初めてお見かけしたんです。同じく私もロイさんと一緒に各檻を周りながら促しておりましたところ、瀕死の夏丸を見つけたのですよ。その姿を見て、ロイさんは愕然としておりました。実験をされていたとは知らなかったようでしたから。それで私へと向き直り、『この子をどうか助けて欲しい』と必死にお願いをされたのです。……夏丸を絶対に助けたい、その思いは痛い程伝わってきました……」
それを聞いてルナは、
「母さんはその後に、ロイさんから時士さんに任せていたら大丈夫と聞いたのですね……」
「左様です。壊し回っていた建物は徐々に崩れきていましたから、一緒に脱出をと言ったのですが、まだやり残した事があるからと。先に夏丸を助け出し、治療を行なって欲しいとロイさんは言われ、『諾』と返事した私に夏丸を託し、何処かへと急ぎ走り去って行かれたのです。ちょうどそこへ桜々さんとコウがユキを助け出して来ましたので、空生と倭久に連絡をつけ、私たちはその場から一旦、引き上げたのです」
「やり残した事って……」
「夏丸のお母様を探していらっしゃったようです……」
驚いたルナは、
「ノアさんを!? ……でもッッ」
「ええ、彼女はすでに亡くなっていたのです。私は夏丸を桜々さんに預けお願いしてから、建物内へと再度戻りましたので、その状況に遭遇しております……」
思わず俺は、
「じゃあ、その後に一緒に戻ればッッ……」
「マリシャスと対峙してもいたのです……」
「マリシャス?」
するとルナは怒りを露わにした。
「マリシャスッッ……アイツ!!」
「ルナ、マリシャスって誰なんだ? 何故父さんと対峙を……」
「マリシャスは反乱の手助けするフリをして、ロイさんを陥れ裏切った張本人よッ!」
「ええっ!? 手助けするフリって……」
「それまではロイさんの右腕として動いていて、常にロイさんと行動を共にしていたわ……。優秀であるロイさんの側で動いていれば自分も敬われるようになるからと。でもそうした下心に、嫉妬心も同時に出来ていったみたいで、ロイさんが邪魔になったのよ。人間たちにロイさんが捕まってからの彼は仲間を慮るどころか、足蹴にしながら傍若無人に振る舞っていたわ。人間たちにノアさんや夏丸たちの実験を進言したのもヤツなのよッッ」
「そんなヤツに父さんは……」
すると時士は、
「いいえ! マリシャスに倒された訳ではないのです。激闘の末、ロイさんはマリシャスを倒しました。そして倒されていたマリシャスの上に瓦礫が崩れてきて下敷きになり、戦いは幕を下ろしたのです……」
「なら……なら……」
「マリシャスに落ちて来た瓦礫をキッカケに建物が凄まじい勢いで崩れ始め、私はロイさんとノアさんのいる所へと近付けず必死に呼び掛けましたが……。『彼女を一人にしてここへは置いていけない』と、……そう仰られ、やむ無く私は建物の外へと避難したのです……」
「母さんを……」
「『俺の子を頼む』それが彼の最後に聞いた言葉でした……」
「……」
「建物の崩れも収まり、私はその後またすぐにロイさんとノアさんを探しに戻ったのですが、……変わり果てた姿のマリシャスを見つけただけで、二人を探し出す事は出来ませんでした……。騒ぎを聞きつけた警察や消防、それに人も多く集まり始めましたので、迎えに来た空生と共にその場を後にしたのです」
黙り込む俺にルナが、
「夏丸……大丈夫?」
「……うん。……あのさ、母さんてどんな人だった?」
すると時士は、
「資料でしか私は知り得ませんが、ボンベイという猫種で性格の欄には穏やかで賢く活発な一面があると……」
すかさずルナも、
「あのね、私と同じ黒猫でも漆黒の艶やかな毛並みをしていてね、オレンジのような金色の不思議な瞳をした綺麗な方だったの。すごくすごく素敵な方だったのよ! 立ち居振る舞いは花が舞うように、そして走る姿は疾風の如く軽やかで、それにとても優しくて穏やかで……愛情……深くてッ……ウッ……ウウッ……」
「ルナ……」
「……ウッ、……ごめんなさい……。私の憧れの方でもあって、彼女には本当に良くして貰ったの……。まるで私の本当のお姉さんのようにも接してくれたりしていて……。母さんに怒られる私を庇ってくれたり、愚痴や悩みを聞いてくれたりしていたわ……」
「そうだったのか……」
すると意を決したようにルナが、
「時士さん、夏丸、お願いがあります。一ヶ月、私に外出の許可を下さい」
「「ええっ!?」」
突然の申し出に驚いた俺は、
「な、何かこの家に不満があるのか? それなら時士に相談……」
「そんな事ある訳ないじゃない! ここはとても居心地が良くて、良い人たちばかりの最高の家よッ」
「じゃあッ……」
「母との……私の母との約束があるんです! お願いしますッ」
俺も時士も顔を見合わせた。すると時士が、
「今でなければならないのですね?」
「はい……。母との約束も……今がその果たす時だと思いますから……」
「分かりました、夏丸もよろしいですか?」
「俺は……」
引き止める権利は俺にはまだない。ただ、約束が気になり、
「ミー母さんの墓前で、俺はルナを守ると……」
独り言のように呟いた。すると驚いたルナが、
「まぁ、夏丸! そんな約束を母としてくれていたの!?」
そう言われて、時士の前でもあったから急に恥ずかしくなり、慌てたけれど、
「ああ、それが……あの公園を離れ、連れて出る条件として、ミー母さんに伝えていたから……」
「……ありがとう、夏丸! それは帰ってきてから存分にお願いするわ!! この機会を逃したら、私はもう……行けなくなる気がするの……」
そう言って黙り込んだルナを見て時士が、
「事を起こすタイミングというものを間違えさせてはなりません。ルナさんを大切に思うのなら、背中を押して差し上げなさい、夏丸。それが真の漢というものです……自分の思いだけで相手を捕らえていては身勝手というものですよ?」
「……」
「お願い……夏丸。今でなければ、この後となったら、私……もう無理だと思うの。だから……」
「うぅーッ……分かった、行ってこいッ! その代わり、俺のリュックとGPニェス付き首輪はつけて行けッッ」
「ええっ!? そんないっぱいは無理よ……」
「全部軽いから大丈夫だッ!! 俺のリュックには警報噴射装置が付いていて、危ない猫が襲い掛かってきたら防げるし、GPニェス付き首輪をつけていれば、どこにいても空生に頼めば行けるから! だから、それだけは頼むッッ」
すると含み笑うように時士は、
「ククッ……過保護でございますねぇ、夏丸は」
「うっせー! 何とでも言いやがれッ。心配なんだよ、し・ん・ぱ・いッッ!!」
「ブハッ! クックックックッ……」
腹を抱えて笑う時士に爪を立てたくなったのだが、ルナは、
「うん、……分かった。理解してくれてありがとうね。……一ヶ月以内にちゃんと終わらせてくるから……待っててね!」
「おう! 気ぃつけろな」
そうして晴れて青く澄み渡った日にルナは出発をした。一ヶ月後に無事に帰ってくるよう俺は祈る事しか出来なかったが、彼女の後ろ姿は使命感に溢れた逞しい姿をしていた。
お? 泣いてなんかねぇぞ!? み、見るなやッ! お前もそろそろ家に帰れッ。じゃあ、またな! シーヤ!!
お読み頂き、ありがとうございます!




