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二十室目 ヴァルハラ 皇さんとムギ

 本日は少し薄暗い曇り空でございます。

 はぁー……。私もまたここには来たくありませんでしたねぇ……。私は先日の鐵さん親子の元旦那様の情報を頂いたお礼を持って、ヴァルハラを訪れたのでございました。表向きは薬品や化粧品の研究を行っている製薬会社でして、無駄にただ広い敷地の五カ所に建物がありまして、その一番奥が今回伺わなければならない場所であります……。厳重なセキュリティーを張っている為、徒歩での移動となり、正直、移動が面倒くさいんですが……。

 

 一番奥の建物の屋上には常に飛行船が停まっており、そこが施設長の部屋として使われているのです。何故に飛行船なのかよく分かりませんが、……あの施設長の事ですから、ご自分の趣味なのでございましょう……。はぁー……会いたくないッ。


 トボトボと暫く歩いていますと、

 

「あっ、押上さーん!」

 

 遠くから私を呼ぶ声が聞こえ、ビクッと体が強張り、顔を上げますと、そこにはボインボインと揺れる二つのたわわな果実を揺らしまくり、走ってくる方がいらっしゃいました。私の元へ息を切らせながら辿り着かれましたので、私はまず、

 

「あ、先日は急ぎ取り継いで頂きまして、ありがとうございました。本日も……」

 

「はい、施設長の予定に入れておりますよ! 先ほどからまだなのかと、催促をされましてお迎えに上がらせて頂きましたぁー! あー久しぶりに走ったぁー!! じゃ、行きましょうかぁ」

 

 この黒髪をたなびかせたスタイル抜群お色気全開の可愛らしいお嬢さんは、皇七巴(すめらぎなのは)さん三十歳。施設長の秘書の方となりまして、……皆さん、騙されてはなりませんよッ!! 愛らしい容姿とは真逆のドSっぷりで、会社内を闊歩しておられる強者の方なのでございます。施設長よりもこの方に失礼がない様にしなければならないと、私はいつも緊張するのでございます。多分……幸雅もヴァルハラに苦手意識を感じているのは同じ理由かと思われます。共に歩きながら、私は、

 

「先日は本当にありがとうございました。お陰で無事に解決へと導く事が出来まして感謝申し上げます」

 

「いえいえー! 私は連絡を繋いだだけで、何もしていませんからぁ。ところで、元旦那様には仕置きをされたんですかぁ?」

 

「いえ、元奥様はそれを望んではいらっしゃらなかっ……」

 

「ブツくらい、もいでやりゃあ良かったのに……チッ!」

 

「んグゥ……」

 

「あら、失礼! つい口から本音が……オホホホ」

 

「あ、いえ……」

 

 下の方が痛く感じられます……。もぐって……。すかさず私は話題を変えようと、

 

「け、血液採取された後の研究は進まれているのですか?」

 

「そうですねぇ……ボンクラばっかりで困っているんですよぉ。遺伝子配列もうまく解読できないもんだから、〝悟りの間〟に突っ込んでやったんですよぉー。そしたら失神してしまって使えなくてぇ、もー弱っちくて本当に世話のかかる奴らでしたぁ」

 

「さ、悟りの間……ですか」

 

 〝悟りの間〟とは、地下にある一つの訓練場でありまして、己を無理矢理に極限状態へと陥らせ、感性や思考を引き出す所とされております。製薬会社になんの必要性があるのかと思うのですが、研究を盗まれないようにする為なのだとか何とか……。本当のところは分かりませんが……分かりたくもありませんッ。パンドラの箱は絶対に開けてはならぬのですッ!

 

「さ、左様でしたか。それは……また皇さんも大変な日々をお過ごしになられていらっしゃるのですね……ハハハ」

 

「そうなのぉー! だから、コウ君の協力が必要なんですけどぉー」

 

「そ、それは無理かとぉー……。コウも学校が忙しくてなかなか……」

 

「……チッ! あ、着きましたねぇ、どうぞぉー」

 

「あ、ありがとうございます……では……」

 

 そうしてやっと怖い皇さんと別れられたと思ったのも束の間、今度は、

 

「いらっしゃぁーいん! 遅いじゃなぁい! いつまであたくしを待たせるつもりなのぉ。もートッキーったら、意地悪なんだからぁーん」

 

 この厳つい体をした短髪で筋骨隆々の男性は、宮東麦乃介(くとうむぎのすけ)四十五歳。私と桜々さんの中学からの同級生で大親友でございます。

 

「ムギ! その暑苦しい歓迎はやめなさいッ。こちらがムズムズします」

 

「やぁーん! 相変わらず冷たいヤツぅー。もう桜々ったら、こんなヤツの何が良かったのかしら」

 

「桜々さんは私の全てが良いと仰って下さいますからね! 何もかもが良いのですッ」

 

「あー、はいはい。惚気はいらないわよッ! 全くぅ。んで、今日は?」

 

「ああ、先日のお礼に! お陰で元旦那様を難なく探す事が出来ましたし、元奥様の方のご両親にも正確な情報をお伝えする事も出来ました。頂いた情報のお陰です。ありがとう、ムギ」

 

 そうして私はお礼の品であったレアコインを渡したのでございました。彼はレアコインコレクターであり、また骨董品やアンティーク物も好きでして、変わった物を収集する趣味を持っております。長い付き合いですから、ムギの喜ぶ物は把握済みであります。

 

「どう致しましてぇ。やぁーん、これ欲しかったやつぅ! ありがとうね、トッキー!! で? ヤツに仕置きはしたの?」

 

「いえ、望まれていませんでしたから……」

 

「あらぁ、そうなのぉ? 羽ばたきまくってる悪い蝶の羽はもいでやらないとぉ。それにくっさい臭いを放つ花にもさぁー」

 

「自分のした事は自分に返ってくる……そう言われてね」

 

「ふぅーん……まぁその通りみたいだけどね」

 

「えっ?」

 

「あの元旦那、もう離婚したわよ?」

 

「ええっー!?」

 

「多分、財産がなくなったから捨てられたんでしょ、女に。優雅に暮らせると思ってたのに、裁判費用を払わされて、そんでもって養育費の増額でしょ? そりゃ逃げていくわよ、あの女なら」

 

「そう……だったんですか……」

 

「あの家庭に入り込んだ女はね、後妻業を生業としているのよ。今はもう、金目のある爺様を相手にしているみたいだけどね」

 

「え……でもなんで鐵さんの旦那さんを……。歳だって……」

 

「スナックで偶々出逢ったらしいわね。元旦那の方が入れ込んでたみたいだから……」

 

「あ、そういう……」

 

「家庭で偉そうにふんぞり返っていく男ほど、女性を見る目がなくなっていくのよ……。馬鹿みたいに騙されちゃってさ」

 

「自分に返る……ですねぇ」

 

「それはそうと! ……トッキー、何やらきな臭い事が起こり始めているみたいよぉ。気を付けなさいね……」

 

「え……それは何ですか……?」

 

「今から……嫌な事を思い出させてしまうけど、ごめんなさいね……。以前、幼い頃の貴方が無理矢理連れて行かれそうになった組織……グルーサム、……覚えている?」

 

「お……ぼえていますが……」

 

「そこがね、新しくネファリアスという名称に変えて、活動を始めたわ」

 

「そんな……あそこは後に真之さんが壊滅させたって……。違う系列の組織ではないのですか?」

 

「残党までは無理よ……。グルーサムのトップ精鋭部隊の中にいたヤツがね、ネファリアスの幹部として名前が載っていたのよ……珍しい名前だったからよく覚えているわ。黒幕は潰れていなかったのか、はたまた新しい主導者が出来たのか……。そこまでは詳しくは分からなかったけれど、新しい組織として立ち上がったみたいよ」

 

「そんなッ……」

 

「新しい組織長としては女の名前が上がっていたわ。……それも竜神っていうのよ……」

 

「はっ!?」

 

「能力者協会に削除されたはずの名前というのが、あたくしにはどうしても引っ掛かってね……。相変わらず他の組織とは情報共有しない単独活動してるから、他の組織も詳しくは知らなさそうで、まだ水面下のみで動いてるようよ……」

 

「まさか……母さんが生きて……」

 

「……それは分からないわ。歳までは調べられなかったし、どんな人物なのかも……。ただ、気を付けなさい! 水面下でとはいえ、結構、悪質な事をおっ始めてるらしいから……」

 

「どんな……事を……」

 

「能力者を組織に引き込み黙らせるか、再起不能にさせて抹殺してしまうか、そのどちらかの強硬手段で着々と力を付けてきているみたいなの……」

 

「惨い事をッ……」

 

「貴方たち家族の事は絶対に把握済みでしょうから、警戒を怠らないようにね……」

 

「……分かりました」

 

「んじゃあ、今回のお礼はほっぺにチューで良いわよぉーん! ここよ! ここ、ここッッ!!」

 

「誰がするかッッ!! 自分の口を指差すなッ、ほっぺじゃねぇじゃねーかッッ! ったく……」

 

「ケチぃー……減るもんじゃないのにぃー」

 

「減るんですよ、私のHP(ヒットポイント)がッッ!! まぁでも、今回の情報もかなり助かりました。桜々さんにも伝えます……お礼はまたな、ムギ……」

 

「仕方ないわねぇ。そこら辺が落ち着いたら、桜々にも久しぶりに会いたいし、まぁいいわ。じゃあ、桜々の作ったディナーで手を打とうかしら。よろしく伝えてねん!」

 

「了解、それも伝えますね……」


 そうして私はドッと疲れたヴァルハラを後にしたのでございました。帰りすがら、母が生きているかもしれない事、どうしたらネファリアスに接触が出来るのか、はたまた家族を危険に晒す事になるため接触はしない方が良いのか……などを考えながら歩いていました。

 するとフッと人の気配を感じ、顔を上げると、少し離れた前方に私よりも若い女性の方がひとり立っていたのでした。その姿を見て驚き、私は思わず……、

 

「かあ……さん……」

 

 その言葉が出たのでございました。ですが、在りし日の母の姿と重なったその女性は雰囲気こそ似ていましたが、当時の母よりも若く漆黒の髪をしていて、すぐに違うと気が付き、

 

「……何者ですか」

 

 私はすぐに警戒態勢へと構えました。すると、

 

「私? ……私……私はッ……」

 

 そう言い、苦痛に顔を歪ませ、涙を流されるのでございました。泣かれる女性が最後に見た母の顔と重なり、懐かしさと恋しさが込み上げ、引き寄せられるよう近付こうとすると、突然、上にあった看板が落ちてきたのでございました。私は軋み音に反応していた為、すぐさま対応でき当たらずに済みましたが、女性のいた方を見ると忽然と姿が消えていたのでございました。辺りを見回してもその女性は見当たらず、白昼夢を見たのかと思う出来事でありました。

 それが戦いの始まりであるゴングが鳴ったのだと、その時の私は知る由もありませんでした。

お読み頂き、ありがとうございます!

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