十九室目 鐵湖大郎くん 食い違う事実と因果応報
本日は晴朗なり! お母さんの鐵能理子さん、そして湖大郎くんのご退去の日でございます。
あれからお付き合いされていた男性の方とは無事に縁を切る事が出来ました。アパートは元々男性のお住まいであり、鐵さん親子は家賃や光熱費の折半で住まわせて貰っていたそうでございます。身なりを整えた能理子さんは見違えるようにお綺麗となられたのでした。そのお綺麗になった能理子さんにかなりの未練があったようでございまして、能理子さんの周りを付き纏い、連れて帰ろうと働き出した所にまで来ていたのです。相談を受けた桜々さんが幸雅にお願いをしまして、少しばかり……仕置きの消去を行ってくれたのでございました。お陰で能理子さんと湖大郎くんの事はすっかり忘れてしまい、二度と姿を現す事はありませんでした。
その後、私の方は能理子さんのご両親にまず連絡を致しました。喧嘩別れをされているとの事でしたので、ご両親にYADOCALIへと来て頂いて、私が間に入り、仲を取り持ったのでございました。能理子さん親子が住まわれている部屋へとご案内し、玄関を入りまして、能理子さんにお会いになるや否や、
バシーンッッ!!
能理子さんの頬をはつられ、そして、ご両親は私へと向き直して膝を折られ、
「この度は能理子と孫の湖大郎が大変ご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありませんでしたッッ」
そう言って、土下座をされたのでございました。私は慌てて起こそうとしましたがビクともせず、そのまま、
「このような立派な住まいに、そして様々な手助けをして頂きましてありがとうございましたッッ。押上さんのお陰で娘も孫もッ……雨風を凌げ、きちんとした暮らしが出来……まして……ッッ」
言葉が詰まられ、泣かれていらっしゃるようでございました。続けてお父様は、
「……能理子が連絡をくれれば対応出来たものの、離婚するのひと言だけでその後は何の連絡もよこさずッ……」
はつられた頬を押さえながら能理子さんは、
「仕方ないじゃないッッ! 携帯も取り上げられて連絡する手段もなかったし、それにッお前が我慢が出来ないからだと離婚に至った経緯も聞かずに、一方的に怒り出したのはそっちじゃないッッ!!」
「当たり前だろうがッッ! こちらから連絡を取りたくともとれず、公衆電話からまた掛けるくらいは出来ただろうにお前はッ!」
「……経緯も聞かない人たちになんで私がそこまでしなきゃいけないのッ! 少ない手持ちでいきなり追い出されて、住む所も食事だって湖大郎の為を考えて、そっちを優先して何が悪いのよッッ」
「はっ? ……それは……どういう事だ? 進太朗くんは勝手に出て行って、家のお金も全部持っていったと……」
「何なの、それッ! そんな訳ッ、ないじゃないッッ!! 私はこれまで一度だって家に入るお金を扱えた事はないのよッ。これまでは黙って貯めていたお金を使って過ごしていたのにッ……どうして……」
ご両親と能理子さんとの話に行き違いがあり、それが元旦那様が関与しているように感じた私は、
「ちょっと待って下さい……。それはどういう事ですか? 元旦那様からご両親に連絡があったんですか?」
するとお父様は、
「あ、はい。能理子から連絡を貰う前に、元旦那の進太朗くんから『能理子が男を作って、男の家の方へ湖大郎を連れて出て行った。家の全財産を持ち出してしまって、大変な迷惑を被ったのだから慰謝料を代わりに払って下さい』と……。ですので、私は慌てて二百万円ほど用意して、払いに行ったんですが……」
「なっ……何よ……それ。 わ、……私はッ……ウッ……ウッ」
泣き崩れる能理子さんに湖大郎くんが駆け寄り、怒りに満ちた声で、
「じいちゃんッッ!! 母さんと僕はいきなり外へ追い出されて、安くて泊まれる所を転々としたんだッ! いきなり追い出されて……困ったけど、でも、これでお母さんが殴られる事もなくなったからホッとしたのにッ、なんでッ、じいちゃんがまた母さんを殴るんだよッッ!!」
唖然としたご両親でございました。全くの別のお話を聞かされていたようでございました。そこには巧みな罠を張った人物が……いたようでございますね……。
「母さんは……自分が食べなくても、僕にはずっとご飯をくれていたんだ。その日に働けばお金を貰えるっていうお仕事も頑張ってしてくれてた母さんにッ、手をッあげるなぁああーッッ」
悲痛な声が玄関先に響いたのでございました。呆然としていたご両親でございましたが、能理子さんのお母様の方が、
「能理子……本当に……あなた追い出されて……」
「ん……」
「な、殴られて……いたの……?」
「……ずっとね。言えなかった……情けなくて……。最初は私の要領が悪いからと思って我慢してたんだけど、湖大郎が小学校に上がってからは湖大郎にも……手を上げるようになって。……必死に庇っていたけど……」
すかさず湖大郎くんが、
「母さんはずっと自分を盾にして、僕が叩かれないようにしてくれていたんだッッ! だから離れられてホッとしてたのにッ、今度はじいちゃんがッッ」
ギッとお父様を見たのでございました。お父様はその眼差しに狼狽えられ、
「こ、湖大郎……」
「たとえ僕に優しいじいちゃんとばあちゃんでもッ、母さんにこれ以上手を上げるなら許さないからなッッ!!」
そう言ってご両親を睨み付けたのでございました。すかさず私はその悪い状況に、まずは事の経緯を話さねばと思い、
「中に入って、リビングで落ち着いてお話を致しませんか? 先ほどからお話を聞いていますと、私にはどうも両者に行き違う何かがあるように感じるのです。……湖大郎くん。お祖父様とお祖母様はね、君たちが受けたものとは違うお話を聞かれて誤解されて怒っていたのです。ですから、お二人とも湖大郎くんたちと同じ被害を受けた方だと私は思うのですよ。きっと、もう手を上げられる事はありません……。ですから、怒りを鎮めて、みんなでちゃんとお話をしませんか?」
「……ほんとに? 母さんを……叩かない?」
「ええ、本当です」
「……分かった」
そうして、怒りを解いてくれた湖大郎くんでした。リビングに入って、それぞれがソファーへと座り、すぐに私は持ってきていたヴァルハラから頂いた資料と併せて、ご両親にお話をしたのでございました。離婚に関する財産分与に慰謝料、そして住む所もなく、着の身着のまま二人で追い出されていたなど、やはりご両親は存じ上げなかったようでございました。能理子さんも怒られた事で意地になり、連絡はしたくなかったと……。
当時の能理子さんは旦那様の女性の陰に薄々気がついており、証拠となるものはUSBに保管していたものの、携帯は取り上げられ、裁判費用などもなかったため、泣く泣く泣き寝入りをされたようでございました。元旦那様のいる自宅へ生活費だけは出して貰うよう再三お願いに行ったそうなのですが、新しい奥様に少しだけのお金を叩きつけられ、足蹴にされながら追い払われたとの事でした。
話の全容を全て把握されたお父様は烈火の如くお怒りになり、費用は持つからと証拠のUSBを元に財産分与や慰謝料などの請求、そして払った二百万円の慰謝料返還の裁判を起こす事となったのでございました。
そこからは怒涛の日々でございまして、離婚後ギリギリ三年以内であった事で請求も認められ、二百万円の返還も出来たのだそうです。また養育費も元旦那様が勝手に決められた額でして、月に二万円程度の振り込みが二ヶ月だけだったそうです。それも養育費増額調停を申し立て、正式な金額を受け取る事が出来るようになったとの事でございました。そもそも元旦那様の突然で強引な離婚劇が招いた事で、能理子さんにも湖大郎くんにも何の落ち度もありませんでしたから、当然の結果でございますね。
そうして大変な道のりと苦難の日々を乗り越えられ、ご両親との話し合いの末、ご実家に戻られる事が決まり、本日、ご退去となったのでございました。
元旦那様への仕置きはどうしてやろうか……と、見送りに出ていた押上家一同は腕を鳴らしながら待機しておりましたが、別れ際の能理子さんに尋ねますと、
「もう……良いんです。財産分与も慰謝料も養育費の増額も……ちゃんと応じてくれましたから……。それにきっと返るはずです……。自分の今までしてきた事は必ず自分に返ってくる。押上の皆さんに力を借りたら、押上の皆さんの手が汚れてしまうだけで、そっちの方が私にとっては嫌なんです。皆さんの手をあんな汚い奴のせいで汚したくないんです。皆さんの手は救われた人の希望ですから……これ以上の事は大丈夫です……。終わった事ですし、そんなふうに思って頂けただけで、私は幸せだなって嬉しく……ありがとうございます」
「左様ですか……。少し……キツい仕置きをと思っておりましたから」
「フフッ、ありがとうございます。……それと、……以前はオッサンなんて言って、すみませんでした。あの頃は、ちょっとスレてしまて……」
「あ、いやいや……。全然気にしていませんよぉー。アハハハハー……」
「押上さんは立派に子育てをされていて……ここに越して来てからも凄いなぁと尊敬する事ばかりでした。それに泥と雨でずぶ濡れになった湖大郎にも優しい救いの手を差し伸べて下さって、あの時は本当にありがとうございました……」
「……あの日ですね、お風呂を上がった後、湖大郎くんは真っ先にお礼を私に述べてくれました。しっかりしたお子さんだなって……。それは能理子さんの教えでございますよね。能理子さんも立派に子育てをされていますよ……」
「そんな……私なんか……」
すると桜々さんが、
「能理子さん、自信を持ちなさい! 湖大郎くんが良い子なのは能理子さんの温かな育みがあったからこそなのよ。貴女の温かな救いの手がなければ、湖大郎くんはこんなに良い子には育たなかったわ。これからもお互いに、子育て頑張りましょうね!」
「桜々さん……。はいっ、桜々さんの言葉を胸に頑張ります! 本当に……ありがとうございました」
そうして能理子さんと桜々さんはギュッとハグを交わしたのでございました。すると、その後方でも別れを惜しむもう二人がおりました。
「ユキィ……もう泣くなよぉー」
「だって……せっかく……治って遊べるって思ってたのに。転校しちゃうなんて……」
「ごめんな。そしてありがとうな、ユキ! 俺……学校で虐められたりしてた時に、ユキはいつも優しく声掛けてくれて……嬉しかった。怪我も傷も……ユキが治してくれたお陰で早く元気になれて……向こう行っても絶対に忘れないから。また遊びに来るからサッカーやろうなッッ!! だからッ……泣くな……よッ……」
「コタぁー……。うん、うんッ……僕、僕も忘れないッ……」
そうして、二人で泣きながら抱き合い、別れを惜しんだのでございました。ご両親の車に乗って、窓を開けて差し出した手を最後まで離さず、発進するその時までギュッとお互いに握っていたのでございました。
長閑な晴れ間が流す涙を乾かし、新たな幸せへと導いてくれるよう願うのでございました。
お読み頂き、ありがとうございます!




