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十八室目 鐵湖大郎くん 親子の救い

 本日もまた朝から土砂降りの酷い雨でございます。

 ヴァルハラから頂いた気分の良くない情報を頼りに父親の元へ向かいました。会ってくれはしたのですが……、やはり、もう別家庭を持っているので、養育費はきちんと払っているのだから関わりたくはないとの事でございました。


 ヴァルハラの情報には父親が別の女性と恋に落ち、強制的にお母さんと湖大郎くんを追い出した……と書かれていました。少しモラハラ気味の神経質なお方だったようでして、特に湖大郎くんに関する勉強や躾には厳しく接しておられたようでございました。人様のご迷惑にならないよう湖大郎くんがしっかりし過ぎているのは、その影響なのかもしれません。お母さんもそのように長年コントロールをされており、まだその影響が抜けない部分があるのでしょう。さて……、どうしたものか。


 心の霧が晴れぬまま、傘を差しながらトボトボと歩いていますと、前方より


「あッ!! ちょっとあんたッッ! オッサンッッ!!」


 なんと目の前には湖大郎くんのお母さんが現れたのでございました。髪を振り乱し、先日よりも酷い容姿をしていたので、一瞬、誰なのか分かりませんでしたが、


「湖大郎がッ! 湖大郎がどこに行ったか、あんた知らないッッ!?」


「えっ……」


「突然、家から居なくなったのよッ! あんな状態でどこかに行けるはずもないのに……。一体、どこに行ったのよぉ……。布団で寝かせていたのに、居なくなったのッッ」


「……湖大郎くんは体調が悪くてお休みしていると幸慈から聞いておりましたので、体調が良くなったから出掛けたのでは?」


「そんな訳ないじゃないッッ!! あんな顔が腫れた酷い状態ッ……んッ……」


「顔が腫れた?」


「な、何でもないわよッ! 知らないなら、もう用はないからいいわッッ」


 すぐに去ろうとしたお母さんの腕を私は咄嗟に掴み、


「待って下さいッッ! 顔が腫れたとはどういう事ですかッ!? 聞き流す事は出来ませんよッッ!!」


「あ、あんたには関係ないじゃないッッ。手を離しなさいよッ! 叫ぶわよ!?」


 お母さんは傘を手放して、私の手を掴み、解こうとしましたが、


「叫んで頂いても一向に構いませんよ、こちらは。顔が腫れているという息子さんの事をお話しますので、きっと然るべき対応をしてくれる方々がいらっしゃって下さる事でしょう……」


「あんたッッ……」


「貴女が湖大郎くんの顔が腫れ上がるまで殴ったんですかッッ!?」


「私がそんな事をする訳ないじゃないッッ!!」


「ですが、先日も湖大郎くんの頬が腫れた姿も見かけていますが?」


「あれはッッ! ……私が怒っていたら、家にいた彼が無言ではつり出して……止めようとしたけど、あんたの息子たちが騒ぎ出したから、そっちを止めるようにして……。それから彼は出て行ったから、すぐに冷やしてあげていたんだけど……」


「左様でしたか……。まぁ何とでも言い訳は出来ますからね。さて、そんな人と私と……いらっしゃって下さるかもしれない方々はどちらを信用なさるでしょうかね?」


「……何が望みよッッ!! 金? 高級なブランドのもの? それとも私に何かさせる訳ッッ!?」


「そんなもの、全部いりませんよ。……どうしてそのようにご自分を軽く扱われるのですか……」


「……そうしなきゃ生きていけないからよッ……」


「いいえ! そうしなくても生きて行けますッ。安易な道を選ぼうとしているのは貴女ご自身です。キツくても湖大郎くんをそんなに思うなら、貴女が踏ん張らなければならないんじゃないんですかッッ!?」


「踏ん張ってきたわよッッ! ずっと踏ん張ってきたッッ……私がッ……何をしたって言うのッ。結婚してからも相手の機嫌を損ねないように、毎日一生懸命に過ごしてきた。なのに、いきなり出て行けって言われて、備え蓄えのない状態で追い出されて、あっちは新しい奥さんと楽しく過ごしているのに、私たちはその日の食事もままならない日々を過ごしてッ……誰かに縋りたくなるのは仕方ない事じゃないッッ!!」


「だからと言って、湖大郎くんを傷付けていい理由にはならないッッ!! どうしてそんな人に縋るのですかッ」


「……じゃあ、誰に縋れるのよ……。私なんかもう歳食ったオバサン……あの子も言ってたじゃない。生活感出まくりのオバサンって……。そんな私を大事にしてくれる人なら、誰でもいい……。……私だって必要とされたいッ! 疲れたのよッッ……」


「……縋るだけの女性は良いように利用されるだけで、自分の足で立たなければ、本当に必要とはされません。それは誰しも同じこと。……それにもう、貴女ご自身……気付いていらっしゃるのではありませんか?」


「……」


 私は腕を離し、傘を拾い、差してあげながら、


「……少なくとも湖大郎くんは、とっても必要とされていますよ、貴女の事を。……それだけでは満たされませんか?」


 フルフルと無言で頭を振る姿を見て、私は先日の湖大郎くんの姿と重なり、親子ですね……と微笑ましく思っていたら、フッと頭の中に映像が流れてきたのでございました。それは二人が泣きながら抱き合う姿でございました。これは……と思い、


「……湖大郎くんは今……うちの家で保護をしています。いらっしゃいますか?」


「はっ!? あんた知って!? ……行くッ、行くわよッッ」


「では、ご一緒に参りましょう……」


 そうして私は雨でずぶ濡れのお母さんと一緒に自宅へと戻ったのでございました。ジム内にいた空生は驚き、慌てて外へ出て来て止めようとしたのですが、私は事情を話し、中へと招いたのでございました。自宅の玄関を入るとすぐに、


「湖大郎ッッ! 湖大郎ッッ!! どこに居るの? 湖大郎ッ」


 叫びながら探し回るのでございました。すると、部屋で寝ていた湖大郎くんにもお母さんの声が聞こえたのでしょう。まだ力の入らぬ弱々しい足取りで部屋から出て来て、


「お母さんッッ……!!」


 そう言って、二人で再会の涙を流しながら、抱き合ったのでございました。


「お母さんッ、ごめんなさいッッ! 僕ッ……」


「湖大郎ッ……母さんこそ、ごめん……ごめんね……。酷い事をされていたのに、ずっと助けなくてッ……。冷たい母親だよね……本当に……ごめん……」


「お母さん、泣かないで! 男の子だから僕は大丈夫なんだよッ」


「ううん……男の子も女の子も関係ない……。手を上げられて痛かったよね……。苦しかったよね……。本当に、本当にごめんね。あの日も置き去りにして……。怒らせてしまっていたから、逆らえなかった……」


「……お父さんの時は、お母さんは殴られながも僕を庇ってくれてたから……だから、あの時と逆に、今度は僕がお母さんを守る番だったんだよ! お母さんが殴られなくて良かった……。僕は大丈夫! だってユキが助けてくれたんだ」


「えっ……あ、あれ……そういえば顔がッ……。それに……腕や体も綺麗に……。なんでッ……」


「ユキがね、一生懸命に願いながら看病してくれたの! だから治ったんだよッッ!!」


「そんな……。だって……すぐには……」


 不思議そうに湖大郎くんの体を調べるお母さんに私は、


「湖大郎くんのお母さん……。私たちは能力者一家なんです」


「能……力者……?」


「……はい。私たちは様々な能力を持っています。その中で幸慈はヒーリング治癒の能力を持っています。その力が湖大郎くんを癒し、治したんです……」


「そんな……い、いきなり非現実的な事を言われても……。頭が……追い付かない……」


「そうでございますよね。ですので、徐々に慣れていって貰えたらと思います。そして、ご提案なのですが、あの暴力男の元へ戻るのは頂けませんので、本日よりうちのYADOCALIでお住まいになられませんか?」


「え……。……でも、こんな高級マンションになんて……多分、家賃が払えない……」


「勿論、タダで……とは言えませんが、あのアパートと同じくらいで構いません」


「はぁッッ!? ……この、マンション……立地だって高級住宅街に入ってるのに……そんな家賃で住める訳が……」


「はい。ですから、契約は一年のみです。その間に新しく住まわれる所や生活に必要な物を揃えるようになさって下さい」


「え……そんな、だって……。……良いん……ですか?」


「湖大郎くんはまだ元気に動けません。あのアパートに帰るのは以ての外ですし、かと言って、これからすぐに住める所なんて……ございませんでしょう? ……甘えられる所があるのでしたら、素直に甘えて……希望する生活を夢見て、自分の足で立って、湖大郎くんとの幸せな生活を新たに始められる準備をされませんか?」


「あ、ありがとうございますッ……、ありがとうございますッッ……」


 お母さんは泣きながら土下座をされ、必死に頭を下げられていたので、側で話を黙って聞いていた桜々さんが慌ててお母さんの肩を掴み、


「私たちはそのお手伝いが出来るのなら、喜んでお手伝いします。ただそれだけですから、どうか頭は上げて下さい。子を持った母同士、助け合えなきゃ! ねっ?」


「……ウッ……ウッ……い、今まで誰もそんなふうに言ってくれませんでした……。私の両親も……離婚をすごく怒っていて……お前が情け無いからだと言われて、実家にも帰らせて貰えなかったんです……。だからッ……二人で……」


「そうだったの……。よく頑張られましたね。お母さんは湖大郎くんを抱えながら大変だったでしょうに……必死によく頑張ったわね! 偉いわ!! 貴女ならきっと自分の足で立てるッ。これからは私に困った事があれば言って! 相談に乗るわよッッ」


「……ウッ、ウッ……は、母に……母に……そう言って……欲しかった……」


「……うん……うん……」


 

 そう言って、桜々さんとお母さんは泣きながら抱き合ったのでございました。お母さんも八方塞がりの辛い状態にあったのだと、この時初めて知ったのでございました。救済者察知の能力は危険な状態のものを察知するようになっております。その状態になる前に救えて、私も安堵したのでございました。

お読み頂き、ありがとうございます!

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