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ニ室目 羽柴小葉様 猛犬セバスチャン二号来たる!

―― ……この子だけ……でも……助……け……――

 それは途切れながらも必死に助けを求める声でございました……。予知した映像には腕と脚に酷い痣が複数あり、女性と判別できない程に顔は腫れ上がり、口や鼻、耳からも血が流れて出ておりました。側に横たわる傷だらけの小さな男の子も意識を失うまで殴られ、(うずくま)ったままでございました。女性の心からの救済と惨い悲惨な光景が私の元へと届き、桜々さん、空生、倭久に協力して貰い、YADOCALIへと運び込み、五ヶ月が経とうとしておりました……。


◆◆◆◆◆


 本日は晴天なり。私は毎日の日課であるマンション前の掃除をしております。気持ちの良い朝の陽射しを浴びながらの掃除は心が清らかとなり、清々しい一日を迎える事が出来るからでございます。そのような気持ちで掃除をしていますと、


「あ、管理人さーん、おはようございまーす!」


「おはようごじゃいまーちゅッ」


「はい、お二人ともおはようございます。羽柴様はこれからご出勤ですか? いつもよりお早いようですが……」


「そうなんです。午前中に緊急の作業が入っちゃったので、先に保育園へ寄って、早めに行かないといけなくて!」


「左様ですか。お二人ともお気を付けて、いってらっしゃいませ。……あっ……と、本日はこちらの方向から行かれた方がよろしいかと思います」


「え、でも、そっちだと遠回りに……」


「あちらの方向には、どうやらまた(・・)猛犬が待ち構えているようですので、そこで時間を取られ、ヤル気に満ちた羽柴様のご気分を損ねても良くありませんし、急がば回れ……でございます」


「ッッ!!」


「……ご理解、頂けて何よりです。本日も筒がなく良い一日となりますように……」


「ありがとうございます!! いってきます! 蓮織(れお)、今日は冒険してこっちの道から行ってみようか?」


「あいッ! ぼうけん行くでしゅッ!!」


 この愛らしいお顔の女性は、羽柴小葉(はしばこのは)さん三十三歳。元気いっぱいの小さい男の子の方は羽柴蓮織(れお)くん三歳。五ヶ月前、我がマンション最上階へと越して来た住人の方になります。

 姓が変わられたのは、ほんの数日前のこと。まだまだ何やら、待ち構えているようでございます。ですが、以前よりもかなりお元気になられたご様子で、安堵している次第でございます。


「ニャアーん!」


「おや、夏丸……」


「追い払ってくる……」


「よろしくお願い致します。どうやら猛犬へと育っているようですので、どうかお気を付けて……」


「フッ……楽しみだ……」


 このように夏丸が私の能力を理解してくれ、警戒パトロールを自ら行ってくれていますので、助かっております。こちらとしてもYADOCALIに近付いて来て欲しくない方がいらっしゃいますので、本当に有り難い限りです。

 

 さて、本日の掃除も終えた事ですし、朝食を食べに戻りましょう。一階のジム前の廊下を入ったところに、前から私を呼ぶ不快な声が聞こえました。耳障りなッッ。


「あ、お父さん! おはようございますッ。今朝は……」


「……お前にお父さん呼びを許した覚えはないッッ!!」


 すると倭久に隠れていた後から姿を現し、恐ろしい覇気を放って、


「……ウザッ」


 な、なんと空生も居たのですかッ。私とした事が、しまったッッ!!


「ソ、ソラちゃん? い、今、なななんて……」


「ウ、ウザるような暑さですねって、言いかけたんだよな。なッ、なッ、そうだよな、ソラ!」


「小僧には聞いてねぇッッ!」


「ハ、ハイッ! すみませんッッ」


 動揺する私の横を通り、去って行こうとする空生に近付きながら、私は必死に呼び掛けました。


「あ、ソラちゃん! 待って!! どこに行くの? ねぇ、あの……ソラちゃん? 待って……」


 すると空生からギロッと睨まれてしまい、私が近付く事を全力で拒否する顔を示したのでございました。恐ろしさに止まってしまった私を捨て置き、空生はそのままジムの受付室へと入って行ったのでした。倭久も慌てて追い掛けて行ってしまい……一人ぼっちとなりました。寂しいではないかッッ!!


 私は滝のように流れ出そうな涙を堪え、自宅へと向かう為、踵を返し、トボトボと歩いてエレベーターの方へ向かうのでした。

 

 二階へと着くと、


「トッキー、お疲れ様ぁ! 毎朝、ご苦労様です!! ウフッ、ありがとうね」


 嗚呼、なんと素敵なお出迎えッッ! ウフッって桜々さんンンーッ!! 涙が溢れ出そうになっていた心も一気に癒され、


「いえいえ、桜々さんには毎日美味しいご飯を作って頂いていますからね。私も少しばかりですが、働かなければなりません」


「アハハ! 美味しいって言ってくれてありがとうね! じゃあ、コウとユキを起こして朝ご飯を食べましょうか!」


「ソラたちは?」


「先に食べちゃったわ。何でも新しいマシーンが搬入されるみたいだから、掃除をするんだって」


「あ、それで下にいたのですね……」


「もしかして、その顔……またヤリ合ったの?!」


「えっ!? な、何がですか!?」


「隠しても無駄よ? どうせ、倭久に何か言って、またソラを怒らせたんでしょう?」


「お、怒らせていませんよ! ただ、ちょっと、その……戯れただけなのに……」


「ハイハイ。どうせまた『お父さんなんて呼ぶなッッ』とか、何とか言ったんでしょう? 学びなさいよー、ソラの機嫌を損ねるんだからー」


「……だって……」


「ソラも結婚して、別家庭を持った立派な成人女性なのよ? 少しは認めてあげたらどうなのよ?」


「まだ早いッッ!!」


「はぁー、頑固一徹ね! そのうち本当に嫌気が差して、この家を出て行くかもしれないわねー」


「エェッ!? それはダメですッッ。あってはならぬ事です! もし、そうなったら……アワワワワ……」


「なら、もう少しトッキーが歩み寄りを見せてあげないと。……認められないってシンドイじゃない。分かるでしょ?」


「…………ハイ」


「トッキーのペースでいいけどさ……、少し真剣に考えてみてあげてね」


「分かりました……。ご忠告、肝に銘じます」


「ん! じゃあ、コウとユキを起こしてくるわねぇー」


 そうして、幸雅は機嫌悪そうに起きて来ましたが、幸慈は元気いっぱいに起きて参りました。四人で朝食を取っていますと、


「去ったぞ……」


「お帰りなさい、夏丸。ご苦労様です」


「アレは……セバスチャン二号だったゾ」


 セバスチャンとは……確かご近所の飼い犬でして、よく吠える癖に小心者の……。犬種は確かブルドック……。私は思い当たる顔を思い出し、飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになりました。


「ゴフッ! ゴホ、ゴホッッ!! ……ンフフッ……セバスチャン二号ですか……」


「ドスドスと走って逃げていったな……」


「アハハハ! なるほど!! 午前中はそっち(・・・)が来ましたか。予定通り、午後のパトロールは会社近くをお願いしますね。YADOCALI周辺では必要がなさそうですから。少し離れますが、よろしいですか?」


「……YADOCALI周辺は大丈夫なのか?」


「大丈夫です。断片的で詳しく予知が出来ませんでしたからね。午後のお人は会社近くで待ち伏せをされるはずですから……」


「承知した……」


 聞いていた幸慈が、


「夏丸……凄いなぁ。お父さんの役に立ってて……」


「何をーッ! ユキだって、お役に立ってるんだぞ! このッ、このォー、今日も可愛い顔をしてぇー!!」


「お父さん、やめてッ! それに可愛いって言わないでッッ!! 僕、もう十歳だよ。半分、大人になったんだよッ」


「僕ってぇー。半分、大人っになったってぇー!! 桜々さん、聞きましたか?! なんって可愛いんだッ! 怒る顔も桜々さんそっくりで可愛らしいぃぃー! ユキ! そんなに慌てて大人にならなくていいんだよ。ユキにはユキのペースがあるんだから! 何ならこのままでもお父さんは大歓迎だゾッッ」


「何でだヨォ、もー! お父さん、嫌いッ。僕は早く能力が欲しいのにッ」


 膨れっ面になった幸慈と埒の明かない状況に呆れた桜々さんが、


「全く、もう……。ユキ? ユキはお父さんの役に立ちたいから能力が早く欲しいの?」


「……うん。だって、ソラちゃんだって、コウ君だって凄いのに……。家族で僕だけ……」


 すると黙って聞いていた幸雅が、


「ユキ。そんな事を考えるより、すべき事があるんじゃないのか? 早く欲しいからと言って、能力は簡単に発現するものじゃないし、発現した時にすぐ扱える程、容易いものでもない。日頃のトレーニングこそが大事だといつも言っているだろ……」


「だって、コウ君ッ! ……何の能力かも分からないのに……。何でトレーニングが必要なのかなって、僕……」


「鍛えて、その時に備えるんだよ。俺の話を聞かせてやったろ? 同じバカな轍を踏むんじゃないッ!」


「……」


 幸雅の厳しい言葉に、黙って泣いてしまいそうな幸慈を見兼ねて桜々さんが、


「ユキ……コウはね、怒ってるんじゃないのよ? 能力の発現に固執し過ぎて、ユキにとって大切なやるべき事を見失って、やっていない事を注意しているんじゃないかしら? 昨日のトレーニング……もしかして、やらなかった?」


「なんで……分かるの……?」


「分かるわよ、家族だもの」


「……夏丸が……言ったの?」


「ううん、違うわ。夏丸はそんな事を言ったりしないのは、ユキが一番よく分かっているじゃない。誰もその事について話なんかしていないわ。そもそも、トレーニングをするもしないも自由だし、強制ではないから……。自分の足りないものが分かった時に取り組む方が効果的だもの。だから誰も何も言わない。けれど、コウはそのトレーニングが一番重要だと感じて取り組んでいるから、それを伝えたかっただけなのよ。分かるわね、ユキ?」


「……うん。……コウ君、ごめんなさい……」


「ほら、コウも……ね?」


 桜々さんに諭された幸雅は、不服そうな顔をしながらも溜息を吐いて、


「……はぁ、……ユキ。早く大人になりたいんなら考えろ。自分に足りないものは何なのか、最善の道は何なのかを……」


「うん……」


 いやはや、素晴らしい兄弟愛だと思いませんかッ! 私が言わずとも見て下さいッ。この連携をッッ。うちの家族ッ、最っ高ォオオッッ! え? 私は必要ないじゃないかですって!? 失敬なっ! 大黒柱というのは、普段はドーンとしてればイイんですッッ!!


 ただ、幸慈は思い詰めているところが見受けられますからね。注意が必要ですね。さて、ブルドック二号……もとい、セバスチャン二号がお出ましになったという事は、私たちもそろそろお出掛けが必要となりますねぇ。全く……しつこく諦めの悪い奴は嫌われると言うのに、困ったこったいであります。


 今夜は素早く仕置きの時間が終われば良いのですがね……。どんなモンスターが待ち構えているのかと思うと、今から腕が鳴るというものでございます。

読んで頂き、ありがとうございます!

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