十六室目 鐵湖大郎くん オッサン呼ばわりと空生の挑発
暫くして、倭久と幸慈が帰って来たのですが、二人とも浮かない顔をして、倭久の手には渡したはずの服と下着が握られていました。すかさず私は、
「ユキ、何か……あったのですか?」
「コタのお母さんが……怒って……」
「えっ!? ユキが怒られたのですか!?」
「ううん……コタが……」
「ええっ!? なんでまた……」
すると落ち込む幸慈を見兼ねた倭久が、
「『あれほど人に迷惑を掛けるなって言ってたのにッ、何をしてくれてんのよッッ』って湖大郎くんが一方的に怒られてしまって……。俺もすぐに仲裁に入って説明をしたんですが、『余計な事をするな! 施しもいらないんだよッ』って……。その場で湖大郎くんを裸にさせて、服も下着も突き返されてしまいました……。すみません、俺がいながらうまく伝える事が出来なくて……」
「違うよッッ! 倭久兄ちゃんはいっぱい説明してくれてたんだッ!! でもッッ……」
「湖大郎くんのお母さんが話を聞いてくれなかったのですね?」
「……うん。その後、玄関のドアを閉めてしまって、帰ろうとしたら……ウッ、……ウッ……コタァー……」
「ど、どうしたんですかッ!? ユキッ? ……泣いてちゃ分からな……」
すかさず倭久が、
「湖大郎くんの何度も謝る声とお母さんの怒鳴り声と……体を叩く音が聞こえてきて……」
「そのままにして帰って来たんですかッッ!?」
「いえ……もう一度、チャイムを鳴らして、ドアを叩きながら、必死に声を掛けたんですが……、『近所迷惑になるからやめてッ! 警察を呼ぶわよッッ』って言われてしまって……。ユキもいたから、とりあえず帰ってからと思いまして……」
「そうでしたか……。倭久、ユキの事を考えてくれてありがとう。済まなかったね」
「いえ……」
落ち込む倭久と心配して泣く幸慈に、
「大丈夫ですよ、父さんが今から謝りに行って来ます! 幸い雨も上がりましたし……」
「父さん。私が送るわよ」
なんと空生が申し出てくれたのでございました。
「……ソラ。……ありがとう、助かります」
そうして湖大郎くんの洗濯した服と下着、さらにお詫びの品を用意して、空生の瞬間移動の能力をお願いしたのでありました。能力者同士には効かない能力でございますが、空生に寄り添っていれば一緒に移動できるのでございます。何故か……それはまだ未解明なのですが、空生の能力に私たちもあやかる事が出来ているのは確かでございました。そうして、素早く湖大郎くんの家近くへと移動したのでした。
ピンポーン♪
「……はい」
「初めまして、押上幸慈の父です。先程は息子たちが失礼致しました。ご迷惑をお掛けしたお詫びに……」
するとドタバタと怒ったような足音を立てながら、玄関ドアを勢いよく開けたのでございました。そこに現れたお母さんは見た目が若く綺麗そうな方でしたが、少し疲れているような顔をした様子で出てこられたのでした。そして開口一番、
「なに余計な事をしてくれてんのよッッ! 人の子に施しするようなことをッ!! 勝手に蔑んで服や下着を渡さないでよ! 馬鹿にしてんのッ!?」
「いえ、とんでもありません! 湖大郎くんが泥と雨でずぶ濡れの酷い状態でしたので、私が声を掛けまして……」
「誰がそんな事を頼んだのよッッ! 保護者のあたしがッッ、頼んでもないのに勝手な事してんじゃないわよッ。湖大郎も湖大郎よッ! あれほど人に迷惑を掛けるなって言ってたのにッッ」
「いえ! 湖大郎くんは言ってくれました。ですが、うちが迷惑とは思っていませんでしたから、その旨を伝えて……」
「だったら、余計な手出しはしないでよ、オッサンッッ!」
「オ……オッサン……」
その言葉がグサーッ……と刺さりました。それを受けて黙って聞いていた空生が、
「余計な事とはいえ、助けて貰ったのなら、保護者としてまず先にお礼を言うべきなのでは?」
淡々と話をするのでした。すると、
「ふーん……で、あんたは何なのよ?」
「幸慈の姉です」
「はぁー? アッハッハ! どんだけオッサンなの、あんた。金髪頭の癖にこんなデッカい娘がいるなんてね」
「父はオッサンですが、オバサンに言われる筋合いはないですね」
「はァアア!? あたしのどこがオバサンなのよッッ」
「私からすればオバサンですね。目の下のクマにお肌もボロボロ! お疲れの顔をしていますよ? 生活感出まくりのオバサンじゃないですか」
「あんたねぇええーッ! 失礼じゃないッッ!!」
すると私たちの後ろから、
「なんだぁー? 人ん家の前で何を騒いでるんだぁー? おっ! 美人じゃんッ。姉ちゃん、何しに来たんだ? 上がってくか??」
「ちょっとッ! ナオ君ッッ!!」
「あぁん? ギャンギャンギャンギャン、うるっせーなー。外まで聞こえてんぞ、オ・バ・サ・ン!」
「ナ、ナオ君ッ……」
「プッ……」
挑発するように空生は笑うのでした。そして、
「失礼しました、湖大郎くんのお母さん。では、こちらは洗濯した湖大郎くんのお洋服と下着になります。まだ乾き切ってないので、干してあげ……」
バッと乱暴に空生の持っていた服と下着の入った袋を取り上げ、怒りで肩が震えておりましたので、まともに話が出来ないと判断して、側に居た男性の方に私は、
「こちらが勝手にした事で、湖大郎くんのお母様に大変ご不快な思いをさせてしまったようで、ご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございませんでした。お詫びの品ですが、お受け取り頂けましたら……」
「あー……なるほどね。これはどうも! こちらもすみませんでしたねぇ。この通り、ギャンギャンうるさい母親ですから、迷惑を掛けました。気にせんで下さい。オイッ! 湖大郎ッッ」
「は、はいっ……」
恐る恐る湖大郎くんが部屋の奥から出て来たのでした。すると、頬には赤く腫れ上がった痕がついていたのでした。
「まーたお前は壁に顔をぶつけてー。こいつ、おっちょこちょいだから、あっちこっちにぶつかるんですよッ。なッッ?」
「は、はいっ……」
「オラッ、ちゃんとお前が礼を言え! 世話になったんだろうがッッ」
「あ、ありがとうございました……」
「オシッ! んじゃあー、そう言う事で! 金髪の眼鏡のお父ちゃんも美人なお姉ちゃんもまたねぇー」
そうして軽いノリで玄関内へと入って行き、ドアを閉められたのでございました。すると、中で男女の言い争うような声は聞こえましたが、湖大郎くんの声も叩かれる音もしなかった為、私たちはその場を後にしたのでございました。
家に帰り着き、自宅へと戻ると心配していた桜々さん、倭久、話を聞いたのであろう幸雅、それに幸慈がすぐに駆けつけて来たのでございました。すると、空生は我慢していた言葉を吐き出すように、
「なんっっなのッ! あのオバサンッッ」
すかさず私は、
「ソラ……なんで挑発したんですか……」
「だってッ! お礼を言うどころか、こっちを悪く言うなんて馬鹿げてるじゃないッッ」
「だからと言って相手の容姿の揚げ足を取って同じ事を返せば、相手と同じ土俵に上がるだけで無駄な争いなんですッ! その後に起こるかもしれない最悪な事を……お前は想像が出来なかったのですかッッ!!」
「ッ!! ……出来て……いませんでした……。申し訳ありません……」
「お前はまだ若い……だから、その憤る気持ちはよく分かります。ですが、言っていい事と悪い事の区別はきちんとつけ、相手の挑発に乗る事のないよう話をしなければならない。その後に待ち受けているかもしれない最悪な状況も考え、冷静にそして先を見通して話をする……それが常識のある大人がする事です」
「……はい。……以後、気を付けます……」
「父さんの事を……悪く言われて悔しかったんですよね。その優しい気持ちは嬉しいです。それと能力を貸してくれてありがとうね。これからは……よく考えて行動しなさいね……」
「……はい」
すると久しぶりに私から怒られている空生の姿を見て、心配になった幸慈は、
「ソラちゃん……大丈夫?」
「ユキ……、……ごめんね。湖大郎くんのお母さんに嫌な事を言ってしまったの……。ユキのお友だちのお母さんなのに……ごめんね……」
「ソラちゃん……。……大丈夫、大丈夫だよッ! 僕が明日、コタにも謝っておくから!! コタはとっても優しいから大丈夫だよ。だからソラちゃん、そんな悲しい顔をしないで? ね?」
「ん……。ありがとう、ユキ。不甲斐ないお姉ちゃんで本当にごめんね。湖大郎くんによろしく伝えてね」
「うんッ! 任せて、ソラちゃん!!」
そうして食卓へと座り、桜々さんの美味しい夕食を頂きながら、事の詳細を話したのでありました。幸慈が言うには本当のお父さんとは離れて暮らしているから、会った人はお父さんではないとのこと。そして、合同体育の授業があった時に偶々着替えをしているところを見かけた事があり、Tシャツの下や分からないところ、それに服に隠れた腕などに青アザや赤いアザ、傷などが無数にあり、それは昔からだったが最近は酷い状態で見えやすいところにもあったとのこと。子どもは見ていないようで見ているものでございます。きっと、これまでも手を上げられた事があったのでございましょう……。何故か蓮織くんを思い出してしまいます……。
とにかく、幸慈にもう一度湖大郎くんと接触をしてみるようお願いをして、その夜の話は終わったのですが、次の日から湖大郎くんが学校へ来る事はなくなってしまったのでございました……。
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