インターミッション 倭久の浮気疑惑と墓参り
夏丸目線でお読み下さい(^^)
よぉ! この前ぶりだな! 首に袋をぶら下げて何処に行くのかって? 俺は今から倭久と墓参りなんだよ。この前、話をしたミー母さんだよ。あの酷い施設環境の中でミー母さんは俺を救って癒してくれていたのにお礼を言えないままだったから……。せめて墓参りだけでもと思って、桜々に御供物を入れて貰って、倭久にお願いをしてこれから連れて行って貰う予定なんだ。倭久はジムでの掃除を終えて行くという事で、ジム前で待っているんだ。あ、倭久が来たな。見つからないように、お前は隠れておけよ?
「悪いな、倭久!」
「おお……大丈夫だぞー……」
「……どうした? なんかあったのか?」
「えっ、なんで?」
「……なんか、元気なさそうな感じだからよ。また時士にやられたのか?」
「いやー……ちょっと……。……初の、夫婦喧嘩をしてしまいまして……」
「夫婦喧嘩!? 珍しいな! して、何が原因だ!?」
「お前、イキイキと嬉しそうに聞くなよ……」
「あ、悪ぃ、悪ぃ! 珍しくてよ」
「確かになぁ……。原因は何なんだろう……」
「はぁっ!? 原因なく喧嘩したのか?」
「いや、そうじゃなくて……分からないんだ。どうしてそう思ったのか……」
「ん? どういう事だ?」
「俺に……浮気されていると思っているらしい……」
「おぁ!? 倭久が? 浮気!? ……ほぅ、やるなッッ!」
「してねーしッッ!!」
「じゃあ、空生はまた何でそんな突拍子もない事を……」
「寝言でさ……女性の名前を繰り返し呼んでいたって……」
「あぁん!? それだけで?」
「とりあえず言われたのはそれだけで……。冷たく言われて、そんで、そこから口を聞いて貰えなくなった……」
「なーにしてんだよ、ったく! 隠すなら……」
「何も隠してねーし、浮気なんてのもしてねーってッッ!」
「じゃあ、なんて名前を呼んだんだよ?」
「それが教えてくれねぇーんだよッ! 『そんな名前、口に出したくないッッ!!』って最後は怒っててさ……。俺、嫌われたのかなぁー……」
「あー……名前を聞かなきゃ分っかんねぇよなぁ……」
「身に覚えがないのに、何でこうなっちゃったんだろう!? ねぇ、夏丸! 俺はどうしたらいい? やましい事すらないのにどうしたらいいの? そんな時、世間の人はどうやって仲直りの話を切り出すのかなぁ?!」
「知らねぇーしッ! 真っ向勝負で切り出すしかねぇだろが」
「それが避けられてて、口を聞いて貰えないんだよぉぅ……」
「相当、怒らせたって事か……。参ったなぁ、アイツ怒ったら、スルースキルが発動すっからなぁ」
「ウッ……ウッ……ソラァー……」
「だぁッ! しみったれた顔して泣くな!! 情けねぇッッ」
「だってぇー……」
「とりあえずコウに相談してみたらどうなんだ?」
「……そうするしかないかなぁ。なるべく弟の力を借りて解決はしたくなくてさぁ」
「なら、俺の力も借りようとすんなよッ」
「夏丸は別だよ。なんか妙に大人っぽいというか、おっさん臭さがあるというか……」
「ザケんなよッ! 俺はまだ三歳だッッ!!」
「でもよ、人間として数えると三十歳手前くらいだろ? 俺よか年上じゃねーか」
「やかましいわ! 大嫌いな人間の心理なんざ、俺は知らねーよ。ましてや、女性の心理なんてのも全くだ」
「夏丸は誰か良い猫はいないわけ?」
「そんなもんはいらん!」
「なんでだよー! 好きな人がいるってのは幸せだぞ?」
「……今のお前の状況からは、何にも響かねぇわ」
「酷っ!」
「んじゃあ、行くかー!」
行きながら永遠に空生との仲直り作戦の話を聞いてやり、落ち込む倭久を励ましながらミー母さんの墓に辿り着いた。そこはおかゆの家近くにある緑地公園の一角で、猫集会の場所よりも更に奥に入った見晴らしの良い場所にあった。手作り感満載の土盛りの小さなお墓だったけど、墓の周りには綺麗な小さな花が色とりどりに咲いていた。御供えとして、俺は少量のカリカリと小さな瓶に入れて貰ったミルクを持って来ていたから、そこへ置いたのだった。お参りをして、俺は、
「……なぁ。ミー母さんはあの騒動後に施設から逃げ出して、外の世界に出て……その後はどうしていたんだろう……」
「ここら辺で子育てをしてたって言ってたなぁ」
「子育て!? ミー母さん、お腹に……」
「おお、確か妊娠が分かったくらいに、あの騒動に巻き込まれたんだって。でもちょうど良かったって言ってたよ。あの施設ではもう子を産むのも子育てもしたくないって思ってたらしいから……」
「そうなんか……」
「それにミー母さんにはいつも娘さんがいたからな。何とかやっていたらしいぞ」
「はッ!? 娘ッッ!?」
「多分、そこら辺にまだ……」
すると茂みの中から綺麗な金色とグリーンのオッドアイを持った毛艶の良い凛とした黒猫が現れ、
「倭久! また来ていたの?」
「あ、ルナ!」
ルナと呼ばれたその猫を見て、俺はビリビリっとした電流が一瞬、体に流れたような気がした。目を離せない綺麗な毛艶とミー母さんの優しい声と同じ素敵な声をしていて、時が止まったように思えた。固まっていた俺を見て、彼女はにっこりと笑い、
「チビ助ね! 久しぶりじゃない」
「チビ……助……?」
「フフッ……小さかったから忘れちゃったかしら」
すると倭久が、
「ルナ。今は夏丸って言うんだ! 彼を救ってくれた押上さんの家で付けてもらった名前なんだ」
「まぁ! 素敵な名前じゃない。良かったわね、チビ助……あっ、じゃなかった夏丸!」
「えっ。俺の小さい頃を……知ってる……?」
「ええ勿論! 唯一、ロイさんにそっくりの息子さんだったもの。覚えているわよ」
「ロイ?」
「やっぱりまだ小さかったから覚えてないわよね……。貴方のお父様の名前よ。あの施設で一番賢くて偉い方だったのよ? 施設関係者たちも一目置いた素晴らしい方だったの。彼のお陰で私たちは自由に動けていたからね」
「動ける? ……あそこで?」
「ええ……あなたは幼かったから知らないかもしれないけど、能力を持った猫たちの待遇は恵まれていたの。他の猫は実験で命を落としたり、能力が付かなかった、もしくは付いていない猫は酷い環境に放り込まれていたけど……あそこじゃ仕方ないもの。ロイさんは人語を喋る事と雷を自在に操る能力も持たれていたから、私たちの救世主のような方だったのよ?」
「そう……だったんだ。俺は自分は捨て猫だから酷い実験をされているのだとばかり……」
「……みんな同じように、実験されたわ……。私は人語と浮遊の半能力くらいしか持てなかったけど、母は人語と治癒する半能力があったわ……」
「半……能力?」
「威力が半減した能力と言ったら良いのかしら……。正統な能力者であれば、すぐに治癒できる威力があるのだけど、私たちは実験で持たされた能力だから、強い能力発現には至らなかったのよ……。人語はその付加能力として猫には必ず現れていたからね。他の動物では必ず付加能力がついた訳ではなかったらしいけど。だからね、半減した能力だから一度では治らなくて、傷だらけの夏丸を何度も母が舐めに行っていたわ。そこも覚えていないかな……」
「お……覚える! そこは覚えてるよ!」
「そうなの?! 嬉しいわ……。母はね、ロイさんの息子さんを死なせる訳にはいかないって、とにかく必死になって何度も治癒に行っていたのよ、あの頃……」
「俺を……」
「……夏丸のお母様も兄弟も……その前に亡くなってしまっていたから……」
「えっ……」
「母が必死に治癒していたんだけど……やっぱり半能力じゃ限界があって……」
「俺だけ……助かったのか?」
「でも夏丸も瀕死の状態だったのよ……」
すかさず倭久が、
「その時に助け出されたって訳か!」
「そうなの! 本当に良かったわ。母もあの人間になら任せても大丈夫だとロイさんが言っているから、私たちも今すぐ脱出をしましょうって言って……」
「父さんが時士に?」
「ええ。……きっと託されたのだと思うわ」
「……」
「夏丸? どうかした?」
「……父さんは何故、母さんや俺の兄弟たちが実験されると分かっていたのに……人間たちを事前に止めてくれなかったんだろう……。それだけ偉い猫だったのなら……」
「ロイさんは反乱を起こそうとしていたの。これ以上の実験を止めさせる為に……。仲間の為を考えて、ちゃんと計画を立てていたのに……」
「いたのに?」
「裏切った者がいたのよ。事を起こす前に人間たちに密告した者が……。それで、ロイさんは捕えられてしまっていたの。その後すぐに貴方たちの実験が行われたのよ……。だから、どうにも出来なかったの……」
「そう……だったのか。でも時士に会っていたのなら、父さんはどうして……一緒に逃げなかったんだろうか……」
「……ごめんなさい。そこは分からないわ」
「……そうか……」
すると倭久は、
「何か……事情があったんじゃないか?」
「えっ……」
「行かなかった理由だよ。一緒に逃げていれば助かっていたのに、それを捨ててまで残りたかった理由……。時士さんに今度、聞いてみたらどうだ? 今のお前なら、腹を据えてきちんと聞けるんじゃないのか?」
「……そうだな。……それはそうと、その時のミーヤさんは身重の体だったとか……大丈夫だったのか?」
「ああ、その時は父も健在だったし、母は強かったからね! 縛られる事なく自由に……幸せに暮らしていたわ。でも……」
「でも?」
「……うん。結局ね、兄弟たちは無事に生まれたんだけど、父の居ない隙を狙ってカラスや車に……。初めて外の世界に出た私たちはその危険性を……知らなかったから……」
「そうだったのか……」
「でもね、その後にまた生まれて来てくれた子たちもいたの! 無事に育っていったのは一匹だけだったけど、母に似た白猫の男の子で元気いっぱいの子がいたのよ!」
「「白猫……?」」
「でも……母は出産後しばらくして病気に罹ってしまっていたみたいで……。徐々に具合の悪くなる母の代わりに私が子守りをしていたんだけど……。目を話した隙にその子も居なくなってしまって……探しても探しても結局見つからないままだった……」
俺は旦那さんが不在のような感じが気になり、
「……お父さんは? その時は一緒じゃなかったのか?」
「父は……その子が生まれる前に私たちを庇って車に……」
その話を聞いて驚いた倭久は、
「そうだったのかッッ!? てっきり俺が会いに行ってる時は出掛けているものとばかり……ごめん、知らなくて。居なくなってしまった子がいたなんてのも聞いてなかったから……」
「ううん……倭久にもね、探して貰うようにお願いをしたらと私も言ったんだけど、彼には彼のする事があるのだからこれ以上の負担は掛けたくないって、母さんが」
「ミーヤさん……」
「……母が病気で亡くなってしまったのも、そうした不幸が重なって心労もあったんだと思うの……」
「ルナ……」
しんみりとなった雰囲気に俺は元気付けようと、
「じゃあ、その兄弟探しをしようや! ルナ姉さん」
「プッ! やっだ、チビ助……じゃなかった夏丸! ルナでいいわよ、ルナで。それにしても頼り甲斐のある言葉を言うようになるまで立派に育ったわね!? 本当に安心したわ! 倭久には少し話を聞いてたけど、貴方の事も……とても心配してたから……」
「お、俺のッッ!?」
カァーっと何かが熱くなるように感じたけど、それが俺には何か分からなくて、とりあえず誤魔化す為に、
「俺は元気にやってるから、だ、大丈夫だッッ! まぁいろいろと大変な家ではあるが、良い人間ばかりだからさ」
「そうなの?!」
「今度、ルナも来たら良いよ。俺のニャロン、食べさせてやるわ」
「ニャロン?」
「知らないか? 最高に美味いオヤツなんだ。ルナにも食べさせてやりたいよ」
「フフッ……ありがとう! 楽しみにしているわ」
「おう! じゃあ……俺らは帰るわ」
「ええ! またね」
そうして公園を後にした俺たちだった。自宅が近付くにつれ、足取りが段々と重くなって考え込んでいる倭久と同じく、俺も少し考え込んでいた。白猫……男の子……。あの近くでいるにはいるけれど……まさかなぁ。今度、時間を合わせて一緒に連れて行ってみるか。それにしても綺麗な黒猫だったなぁ……。
様々な事を考えながら二人で無言のまま、帰宅の途へ着いたのだった。
あ、帰るのか? 考え事してて、あんまり構ってやれなくてごめんなぁ。俺ももう暫く考えたいことがあるから、またな! シーヤ!
お読み頂き、ありがとうございます!




