十四室目 竜神時士 別れと出会い
リビングソファーにて話し合いをおこなう事となり、重苦しい雰囲気の中、口火を切ったのは桜々さんでございました。
「なんで黙っていたの……?」
「……検査して、気付いた時にはもう手の施しようがなかったんじゃ……。桜々にゃ、苦労ばっかり掛けたからな。静かに逝こうと思ってたんじゃが……」
「そんなの無理に決まってるじゃないッッ! 転移があるんだから痛みがあるんじゃない? ……我慢してたの?」
「んにゃ、まだ痛みはないけどなぁ……」
「……嘘ばっかり。今も痛いんでしょ? すぐに痛み止めを飲んで……。横になれるようにお布団の用意してくるね……」
「桜々には敵わんなぁー。誤魔化せんし……困ったわい、ハハハハハ」
笑う真之さんに背を向け、準備の為、部屋へと向かう桜々さんでございました。すかさず私は、
「笑い事じゃないですよ、真之さん……。どうしてすぐに言ってくれなかったんですか。そんなに頼りにならないですか、俺らは……」
「そうじゃねぇよ……。任せられるお前がいる。そして桜々には余計な悲しい思いをさせたくなかった……。母親を早くに亡くしとるんだ……またそんな思いをさせてしまうのが辛かった……。だから言えなかったんだ……」
「……真之さん……。……んッ?! 今ッ、聞き逃しそうになりましたけど、……えっ、……聞き間違い……いやでも俺に任せられるってどういう……??」
「あーあー……とうとう言っちまったッ、クソッッ!!」
「ク、クソって……。え、それは認めて……」
「癪だがなッ」
「あ、ありがとうございますッッ!!」
「結婚して、お前たちがこのYADOCALIを継いでいってくれるなら……もう何も思い残す事はねぇよ。頼むぞ、時士……」
「け、結婚ッッ!? いえ、や、ハイッ!! 必ず桜々さんを幸せに……」
「ちげーよ! お前も幸せになるんだッッ。天涯孤独になっちまったお前に、普通の家庭の温かさを与えてやる事は出来なかったが、これからはお前と桜々が作り上げていくんだ。もう一人じゃなくなって、家族になるんだ……。だから、二人とも幸せにならなきゃいけない。……それに桜々は知っての通り、掃除や片付けが苦手だからな。得意な時士が助けてやってくれ。その代わり桜々にはこのまま食事を任せて、二人で分担しながらボチボチやっていきゃいいさ……」
「……はい。ッ……でも俺は! 押上家に引き取って頂いて、そしてたくさんの勉強と経験をさせて頂きました。とても感謝しています……。天涯孤独になっても、ひとりぼっちじゃなかった……。常にお二人が寄り添って下さっていて、今までも幸せに過ごせていました。ありがとうございました……」
「……そうか。……お前がこの家に来てくれて、元気になってくれたから、……俺も嬉しかったよ。娘しかいなかったからな……」
「それに真之さんッ!!」
「お、おぅ!? なんだよッ」
「これからも真之さんはいなきゃいけませんからね! すぐに病気が進行する訳ではないんです。時間はまだあるんです! 痛みと向き合い緩和させながら、少しでも長く……一緒に三人で幸せに過ごしていきましょう! ね、お父さんッ!!」
「……コイツッ! ……ハナタレ泣き虫坊主だった癖に……生意気に……なりおってッッ……」
そうして、私は初めて……真之さんの涙を見たのでございました。嬉し泣きと、どうしようもならない定めに対する涙が入り混じっているように思えました……。
それから仰天するエピソードがもう一つございまして、私たちは交際をすっ飛ばし、結婚をする事となったのでございました。
「交際なんぞせんでも、もう分かっとるじゃろーが! 心残りが出来たんじゃッッ!! 死ぬ前に桜々の花嫁姿を見させろッッ」
という……何と言いますか、今までとは真逆の強引な手に出てこられた為でございました。驚いた私たちではありましたが、その提案が嬉しくもあり、私も以前から考えていた押上家の婿養子として入る事を伝えたのでございました。すると、真之さんは驚いた顔をされ、竜神の名が途絶えてしまうと狼狽えていましたが、名が無くなっても伝え遺すものが無くなるわけではない旨を懇々と説得し、真之さんは嬉し涙を流され、受け入れて貰えたのでございました。
そこからは慌ただしい日々でございまして、急いで式場や日程を決め、三人と牧師さん、撮影して頂く方のみのこじんまりとした式を挙げたのでございました。この時の桜々さんは本当に超絶ッ綺麗でございました。三人での記念写真以外にも撮影の方が準備や待ち時間の自然体の姿をたくさん撮って下さっており、それらがリビングに飾られる写真となったのでございました。その中でも教会内のステンドグラスをバックにしたもので、三人に自然光が差し込み笑顔の弾ける素敵な写真が最高の一枚でございました。
また新婚旅行は、私の提案で真之さんと一緒に近場ではありましたが、体に良いと言われる万々温泉に行ったのでございました。真之さんも旅行中は痛みも酷くなく、楽しく過ごされていたように思いました。
そしてなんと! 結婚式から一ヶ月後には空生を授かる事もできまして、その時の真之さんと私の喜びようは表すことの出来ないほどのフィーバーぶりでございました。
それに伴って真之さんの容体は少し持ち直したように思われ、……少々口煩くなり、安静に安静を、重い物は持つんじゃないやら、体を冷やすなやら、しつこく言ってくる真之さんに桜々さんは辟易するとウンザリした顔で私に訴えてきたのでした。心配して下さる方がいるというのは幸せな事なのですよとの話をして、桜々さんも何とか納得して落ち着いたのでございました。まぁその後も、ベビーベッドやベビーカー、子ども服やらおんぶ紐にお包みなど、真之さんが体力維持の散歩だと称してドンドンと考えなく買ってきて、部屋がベビーグッズで溢れ返ってしまい……桜々さんの雷が落ちたのは言うまでもありません。仕方ない事だと私は思っていたのですが、なぜ真之さんの暴走を止めなかったのだと私もお叱りを頂いたのでございました。剛腕の能力者の暴走を止められる人は一人しかいないと思うのですが……。それも今にして思えば、幸せのひとコマでございますね。
そうこうしているうちに桜々さんのお腹は順調に問題なく大きくなっていくのでございました。しかし、その姿を愛おしそうに眺めていた真之さんの容体は、少しずつ……悪化の一途を辿ってもいました。歩く事も少し辛そうにする様子はありましたが、自力で何とかしようとしていたので、私たちは黙って見守っておりました。
それから十月十日を待たずして、桜々さんに少し早い兆しが現れたのでありました。
その日は空の青さが眩しい朝でございました……。四十時間の陣痛の乗り越え、元気良く柔らかな産声をあげながら、誕生してくれたのでございました。母子共に無事で真之さんと私はホッとした次第でございます。
入室が許され、分娩室へ入り、私はまず真之さんに生まれたばかりの我が子を抱いて貰ったのでございました。愛おしそうに顔をじっくりと眺めながら、
「母さんと桜々の顔じゃなぁ……。綺麗な漆黒の髪は幼い頃の時士によぅ似とるわい……。桜々……ご苦労様じゃったな……お疲れさん……」
そう言いながら、静かに涙を流されたのでございました。それから個室へと移動し、私も抱かせて貰ったり、写真を撮ったりして、幸せな時間を過ごしたのでございました。名前も事前に真之さんに付けて貰うようお願いをしていまして、アレコレとたくさん考えて下さっていました。しかし事前に考えたものからではなく、看護師さんが開けてくれた窓の外を眺められながら
「この子は……空生じゃ……」
そうポツリと呟かれたのでございました。今日の空模様のように爽やかで明るく光り輝く道を生きて行けるようにとの願いを込めて、〝空生〟と真之さんが考え、名付けてくれたのでございました。
桜々さんも私もとても気に入り、次の日の朝早く私は出生届を提出しに出掛けたのでございました。……あの時、役所に一緒に連れていってあげれば良かったと、それだけが悔やまれる事でございます。真之さんに書いて貰っていた用紙を役所に提出するだけだからと、無理をさせないように寝ている間にコッソリと出掛けたのでございました。しかし私が役所に行っている間に、真之さんは痛みを堪えながら起き上がり、自分でタクシーを呼び、覚束無い足取りで桜々さんのお母様のお墓へと報告に、一人で出掛けてしまったのでございました。
役所から帰ってきた私は、布団から居なくなった真之さんを慌てて探しに出掛けました。出産の疲れが癒されていない桜々さんに心配をかけさせる訳にもいかず、近所などを私は探し回っていましたが、雨も降り出し、埒が開かないと判断して、警察に捜索願いを出したのでございました。そうして探し回っているところに、暫くして見つかったかもとの連絡が警察から携帯に掛かってきたのでございました。教えて頂いた病院に駆け付けると、雨に濡れて変わり果てた真之さんの姿がそこに横たわっており、私はただ呆然と立つ事しか出来ませんでした。頭をガンガンと殴られているような最中、警察の方が説明を……と言われ、別室にて説明を受けたのでございました。検死の結果を受けて、警察の方が言うにはお墓参りをされた後に急性心筋梗塞を発症されてしまったようで、お墓に寄り添うように亡くなられていたとの事でございました。そうして……真之さんは命の灯火を一人静かに消されたのでございました。
桜々さんに連絡をするか迷いましたが、伝えない訳にはいかないと思い直し、桜々さんが入院している病院へ連絡をし、桜々さんだけ来て貰ったのでございました。出産の疲れがあるだろうからと、車椅子を用意して貰っていたのですが、しっかりとした足取りで、その姿は凛としていて冷静でありました。動揺する事なく、真之さんとも対面し、
「たくさん……雨に打たれて寒かったでしょうに……。最後は……母様のお側が良かったのね……」
そう言いながら、雨に濡れた髪をいつまでもハンカチで拭いてあげていたのでございました。その姿に私は涙を止める事が出来ず、泣きながら立ち尽くしていますと、
「時士さん……自分を責めないで下さいね。お父さんね……私に会いに来てくれたの……」
「えっ……」
「多分、亡くなられたと分かった後なんでしょうね。時士さんから連絡を貰う少し前にね、お父さんが突然病室へ来たの。そして、『勝手に出掛けて悪かった、気にしないで欲しい。今度は心強い時士がお前の側にいてくれるんだ。桜々、悲しんで泣くなよ……儂はポクッと逝けたからそんなに苦しゅうなかったんじゃ、気にするな! 母は強し! 空生を頼んだぞ。……じゃあ母さんが迎えに来てくれたから、もう行くわな……』って。そう言うだけ言って消えて逝かれたの。しかも、笑顔で! ……最初は夢かと思ったわ……」
「ハハッ……真之さん……らしいですね……」
「そうなのよッッ! 随分と好き放題に言ってくれちゃって、最後には満面の……笑顔でッ……ウッ……ウウッ……」
そう文句を言いながら泣き崩れる桜々さんを抱き寄せ、二人で暫く涙を流したのでございました。最後まで私たちを慮って下さり、感謝でしかありませんでした。
体調の戻らない桜々さんにこれ以上の無理をさせる訳にはいかないと真之さんを安置所にて暫く預かって頂き、その他の申請や相続の手続きなど私がおこなえるものは済ませ、桜々さんと空生の退院を待ち、荼毘に伏したのでございました。その日は澄み渡る空の青さが穏やかでありました。上から見守って下さっているのだと、そんな明るく穏やかな空模様の元、私たち三人は新たな生活を始めたのでございました。
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