十一室目 天沢五郎様 事実の把握と暴かれた悪事
事の詳細を話し終え、假谷さんと間宮さん、そして私で天沢様のお部屋へと向かったのでございました。
インターホンを鳴らすと、以前とは違うハリのある声色の天沢様が出られたのでございました。
「管理人の押上でございます。少しお話をしたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「あ、はい! 今、開けに行きます!!」
そうして、元気に勢いよく玄関ドアを開けられた天沢様は驚いて固まってしまったのでございました。すかさず假谷さんが、
「よ、よォ! 元気か?」
すると青ざめた顔に急変した天沢様が土下座となり、
「も、申し訳ありませんッッ! イベントも台無しにしてしまい、加えて自分の体調管理がままならず、病休を頂いてしまって、会社に大変なご迷惑をかけてッッ……」
スッとかがみ込んだ假谷さんは、
「謝らなくていいんだ! 謝るべきは俺の方なんだ!! 済まなかった……気付いてやれなくて……」
「えっ……」
「お前に対する周りの嫌がらせや仕事の邪魔、そして有りもしない噂が流れていたなんて……全く知らなかったんだ。……いや、知らなかったでは済まされない。苦しみ追い込まれるような事になってしまって……本当に申し訳なかったッッ」
「えっ……えっ……」
「それにイベントにしても、台無しになんかなっていない! 俺が代用品を届けて、なんとかなったんだよ!!」
「いや、でも……梶山補佐が……」
「それも申し訳なかった……。アイツが言っていた事は全て違う! アイツの方こそッ、有りもしない話を捏ち上げていた張本人なんだッッ」
「か、梶山補佐が!? ……なんで……いや、まさか!! だってすごく親身になって、会社では唯一、俺の事を心配をしてくれていた人なのにッッ! 休んでいても、ずっと連絡をくれていて、一昨日だって……」
「私がッ! 私が周りから聞いた話は違う事でしたよ……」
天沢様の動揺を見兼ねた間宮さんが口を挟んだのでございました。
「間宮……が?」
「はい! 梶山補佐は陰で『ここだけの話なんだけど……』と言いながら噂を回していたんです……。ですから、私も接点があまりないので、最初は詳しく知らなかったんですが……。天沢さんは貯金が貯まったから豪華なマンションに引っ越し、病気休暇を使って存分に遊んでいるんだと。それが昨日、会社で回っていた天沢さんの噂でしたッ」
「そんなッ……」
「私はすごく悔しかったですッ! 天沢さんはそんな人じゃないのにッッ。イ、イベントだって……ウッ、台無しになんかなってないのに……ウッウッ、酷い事をッ……」
これまでの事の詳細も聞いていた為、憤りのあまり間宮さんの涙は止まらないようでございました。見兼ねた私は、
「天沢様……中でお話をされませんか?」
「あ……そうですね。すみません、どうぞ……」
そう言って、中へと通してもらい、椅子に座り、改めて話をしたのでした。それから数時間、誤解していた話の擦り合わせや梶山から聞いていた話、そして假谷さんへの誤解、イベントの成功など天沢様の表情は本当に穏やかとなっていったのでした。
そして、梶山にどう接触を試み、話をしようかという事になった時に、禍々しい空気をまとった間宮さんが恐ろしい顔で、『私に任せて欲しい……』そう言うので、男三人はコクコクと頷きながら無言の返事を返し、任せる事となったのでした。穏やかそうな女性が怒ると……本当に怖いですねッッ! 初めて経験しました……。
そうして話を終え、お暇をしようとなった時に、私は、
「そういえば! 間宮さんはまだ天沢様にお礼をしてないんじゃないですか?」
「えっ!? 私ですか? 何の……」
「ホラ、残業していた時に手伝って貰ったって言ってたじゃないですか」
「あっ!! そうでした、あの時は……」
「天沢様とこの後、お礼を兼ねて、気晴らしにお食事にでも行かれてみてはどうでしょうか?」
すると、またここで空気の読めない假谷さんは、
「あっ、良いですねぇー! 俺もッ……」
何を見ていたんだッ、お前はッッ!! と怒鳴りそうになった私でしたが、抑えまして、
「假谷さんとはこの後、夏丸についての食事相談をしたいのと、お遊びにお付き合い頂くのはどうかなと……」
「是非ッッ! では、二人ともまたな!! ホラホラ、押上さん、いきましょう、いきましょう! 夏丸くんのご相談、乗りますヨォー!」
間髪入れずに返事をし、サッサと掌を返し、私の背中をグイグイと押しながら、部屋を後にしようとしたのでございました。私は呆れながらも、間宮さんと目が合い、ウィンクを返したのでございました。すると、気付いて深々と頭を下げ、
「押上さん! ありがとうございましたッ」
假谷さんに背中を押されながらも、嬉しそうな声が響いてきて、私は顔が綻ぶのでございました。
自宅へ戻った私は、假谷さんにまずお説教と、周りを見るよう懇々と言い聞かせたのでありました。そうして、漸く気付いて、……まぁ殆ど私が誘導しながら考えさせたのですが……。二人の距離が近づくように応援しましょう、任せて下さいッ! なんて言い出したのでした。いや、寧ろ話さず、何もしなかった方が良かったんじゃないかと思ったりもしたのですが……、まぁ良いでしょう。これで、奥様の愛すべき行動を見抜けるようになってくれたらいいのですが……時間は掛かりそうでありますね。
そうして幸せな気持ちを胸に、それぞれの夜は過ぎていったのでございました。
翌朝、掃除をしていますと、間宮さんが天沢様をお迎えになり、一緒に出社されて行ったのでございました。
その数日後、假谷さんから驚きのLEIN報告が届いたのでございました。端的に申しますと、梶山は左遷され、地方へと飛ばされたのでございました。天沢様だけでなく、天沢様がお休みの間、違う人を標的に変え、同じような陥れる事を行っていたそうでした。証拠も残らぬようしていたらしいのですが、……抜けがあったのでしょう。動かぬ改ざんの証拠を突き付けられ、社長自らがお出ましとなり、営業部の全員が揃う中で、一般社員に降格のち左遷を言い渡されたのだとの事でした……。それでも梶山は、
「俺は悪くないッ! そもそも俺より出来の悪い假谷が部長なのがおかしいんだッ! 俺は会社の為に良かれと思ってしていただけだッッ!!」
と、訳の分からない言い訳をぬかしたそうでございます。それが、さらに社長の怒りを買ってしまい、
「お前の改ざんした事は犯罪に該当するッ。懲戒解雇にされても文句は言えないんだぞッ!! 幹部会議では懲戒解雇しろという意見も出たんだ!! だが、今までの功績を認める形で降格・左遷とした甘い処分にも関わらず、感謝こそすれどもそれも無く、喚き散らして醜態を晒すなッッ」
と一喝され、黙ってしまったそうでございます。
そうして彼が左遷されてからは、部署内はガラッと雰囲気が変わり、噂話や陰口、足の引っ張り合いなどはなくなり、穏やかな空間に変わっていったのだそうです。
また假谷さんも部下の管理不行き届きと会社に損害を与えたという事で、半年の減給を言い渡されたのでありました。痛い教訓ではありますが、これで少しは気付いてくれるのではないかと思うのです。人生はいつまで経っても学ぶ事ばかり……假谷さんが周りに目を向けて関わっていくようになってくれれば、假谷さんご自身もご家庭内での事も変化が表れるのではないかと、そう期待に思うのでございました。
私はその報告を家族全員が揃う夕食時の食卓で話をしたのでした。幸雅も喜びながら、
「五郎さん、本当に良かったね! 分析も役に立って良かったよー」
「分析がなければ、素早くここまでは辿り着けなかった事でしょう。本当に助かりました」
「どう致しまして。……それにしても本当に猫好きだよね、假谷さん! この前、父さんから説教されてショボーンってしてたのに、夏丸が気を利かせて、すり寄って行った時の変わり身の早さ……そして、連続猫パンチッ! ククッ、今でも笑いが込み上げるよ。假谷さんの頭、ボサボサになってたし」
「笑ってんじゃねーよ、コウ! 手加減してやっただけでもありがたいと思えってんだ!! 覆い被さってきやがって、攻撃されたのかと思うじゃねぇーかッッ」
「確かにね。あの勢いと……クッ、猫甘言葉は最強の攻撃だよね。しかも最後に夏丸、ツメを少し出してたでしょ……プッ」
「思いっきりツメ出してやりゃ良かった、クソッ!」
「まぁまぁ悪い人じゃないんだから、許してあげなよ」
「猫ごとだと思いやがって……ったく!」
微笑ましいやり取りを聞きながら私は、
「夏丸には今回大変な苦労を掛けましたが、最初の情報を貰わなければ違和感を持つ事もなく、迷走したままだったでしょう。侵入作戦もおかゆ君の情報もなければ、正しい道へと進めなかった……お陰で假谷さんという方の誤解が解けたのですから、本当に良かったです。よく頑張ってくれました。ですので、今日のご飯はスペシャルメニューの……」
「わーかってるよ! マグロとカツオ仕立ての〝金のフォーク〟だろ?」
「さすが、夏丸! 分かっていましたか……」
「食べた瞬間、美味さで毛が逆立ってきたからな! ありがとうな」
「こちらこそ! いつもありがとうございます、夏丸。……それから、ソラちゃんもありがとうね。間宮さんに声を掛けて、連れて来てくれて」
「あの人……ウロチョロしてて挙動不審だったし、小さいのにすごく目立ってたから……」
「確かに! リスが彼方此方に動くさまに似ていますからね。挙動不審ですよね」
「五郎くんも良かったよね……。優しく頼りになるパートナーに出会えたようで。今は間宮さんもジムの会員になって、二人で仲良くトレーニングしてるんだよ」
「そうなのですか! ……優しいお二人ですからね。お互いの心の拠り所になるでしょう……。……そうだ、ソラちゃんッ! 天沢様のような男性がいいと思いませんか? 優しく寄り添ってくれるような!!」
「いや、私は……」
すると間髪入れずに倭久が、
「お任せ下さいッ!! ソラにずっと寄り添って、俺の温かさで包み込みますからッッ」
「小僧にゃ聞いてねぇよッ!! お前にゃ温かさもクソもないんじゃッッ!!」
「いや、こう、ギュッと守っ……」
「ゴルァッ!! 手ッ! 手ェエッッ! 触ろうとすんじゃねぇええーッ!! おーまーえー……約束を破ってみろォ……。その手、捻り潰してくれるわァアアッッ!!」
「トッキィーッッ!!」
「ご馳走様ぁー!」
桜々さんの怒号と同時に席を早々に立った空生。すかさず私は、
「あ、ソラちゃん……どこ行くの? 食後のフルーツがまだありますよ! ……あの、ソラちゃん……」
またもや、私の呼び掛けを無視して、スタスタと自分たちの部屋へと去って行ったのでございました。倭久もすぐさまご馳走様をして、席を立ち、追いかけて行ったのでした。すかさず幸雅が、
「あーあー……。ソラ姉、怒って行っちゃったよー……。父さーん、いい加減にしなよぉ……?」
「う、ゔーん……」
幸雅に諭され、私は渋く頷くのでございました。
話をしている間、幸慈は黙ったまま、何かを考えるように静かに食事をしていたのでありました。その様子が少し気になるところではありましたが、押上家の騒がしくも穏やかな夜は過ぎていったのでございました。
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