十室目 天沢五郎様 子リスと真相
本日は穏やかな風が吹く心地の良い朝でございます。
日課の掃除をしようと外へ出ると、背の低い可愛らしい女性がマンション前に立ち尽くしていたのでございました。会釈だけして、掃除をしながら暫く見ていますと、立ち尽くしていたかと思うと、突然ウロウロと同じ場所を回りだし、一階ジムの前を行ったり来たりと、非常に挙動不審な動きをしているのでございました。子リスのような動きでございますね。
私はいつまでも見て見ぬフリは出来ぬと思い、声を掛けてみたのでございました。
「あの……先ほどから、落ち着かないご様子ですが、こちらのマンションに御用でも?」
「いや、あのッ……知り合いの方がこちらに引っ越したと聞いたもので……」
「そうなのですか。私はこのマンションの管理人をしております。お呼びしましょうか? お名前をお伺いしても?」
「あ、ありがとうございます! あの、天沢……」
「えッッ!?」
「えっ?!」
「あッッ! 申し訳ございません……。あの、天沢五郎様でしょうか?」
「え? あ、はい! 私の会社の先輩の方で、私は後輩の間宮葉子と申します。天沢さんが体調を崩してお休みをされていて……。お邪魔になるかと思ったんですけど、心配で……。行こうかどうしようかと迷いながらも、どこから入ったらいいのかも分からなくて……」
「左様でしたか。いえ、落ち着かれない様子で動き回られていましたから……」
「か、彼女さんがいたら、変に思われてご迷惑になるかなとか、朝早くに来たもんで寝ているかもしれないとか、いろいろ考えちゃってて……」
「そのように天沢様の事を考えられて……お優しい方なのですね。確かに……まだお休みかもしれませんので、来られた事を私がお伝えしておきましょう。そして、連絡をしてもらうように……」
「あ、いえ、大丈夫ですッッ!! 少しずつ元気になられていると風の噂で聞いたもので、出社前に少しでも顔を見れるかなーなんて、勢いで来ただけですからッ。あの、天沢さんの負担にはなりたくないので、黙って貰ってても良いですか?」
間宮さんは頬をほんのり桃色に染め、少し不安そうにされていたのでございました。ですので、私はその不安が何かを察し、
「……分かりました。では宜しければ、またお休みの日にでもいらして下さいね。よく、お昼過ぎからジムの方で少しずつ体を動かしておられるようですから。それから、彼女さんはいらっしゃらないご様子でしたよ? 私と私の家族が療養中はお世話をしていたのですが、女性の陰すら見ておりませんよ?」
私はパチッとウィンクをして、お伝えしたのでございました。すると、間宮さんはリトマス試験紙のように、下から徐々に顔を真っ赤にされていかれ、
「やッ!? わ、私は!! ッッ……。……いえッ、あの、ありがとうございます。すごくッ、重要な情報を下さいましてッッ……」
「フフッ……どう致しまして。心配と不安に思う様子が手に取るように分かりましたので、余計なおせっかいでしたが。……間宮さんのその愛らしさと優しさで、きっと天沢様は癒される事と思いますよ」
「いにゃッ!?」
ンフッッ! いにゃって……ククッ。恋する乙女は赤く美しく、光り輝いておられますね。口から出た動揺する言葉ですらも、可愛らしく漏れ出るという……ンフフッ。すかさず間宮さんは変な声が出た事を掻き消すように、
「癒されるなんて、そんなッ! ……逆に私が癒されて、救われたんです。私のミスで困った状況になった時に残業していて……恥ずかしいのですが、泣きながらこなしていたら、温かいホットレモンとクッキーを差し入れてくれて、終わるまで手伝ってくれたんです……。寄り添って最後まで付き合ってくれたのは、天沢さんだけでした……」
「左様でしたか……」
「それまでの私は……、会社をいつ辞めようかとばかり考えていたんですが、そんな先輩がいてくれる所を辞めるなんて、すごく勿体無いんじゃないかって思い直して……。今まで続けてこられたのは天沢さんのお陰なんです」
「……では是非とも、お元気になりかけている天沢様のご様子を見に、会いにいらしてあげて下さいね。今度は天沢様の心が救われて、喜ばれる事と思いますよ」
「はい、ありがとうございます! お休みの日に是非、伺わせて頂きます!! 長々とお喋りしてすみませんでした。では、私はこれで。会社にいってきますッ」
「はい、どうぞお気を付けて。いってらっしゃいませ」
そうして間宮さんは気持ちを切り替え、光り輝いたまま颯爽と歩いて行かれたのでございました。
それから二日後。假谷さんからLEINが届き、仕事が休みの日に会って話がしたいとの事でした。詳しくは書かれておりませんでしたが、何か分かったのでございましょう……。内容が内容だけに外で話をするのもと思い、今度の待ち合わせは我が家の一室へ来てもらう事となりました。
日曜日となり、我が家に假谷さんがいらしたのでした。とりあえず夏丸には居て貰うようお願いをし、癒しの提供も取り入れたのでございました。夏丸は心得た様に掛け軸前の床の間に丸まって寝て居てくれたのでした。しかし、部屋に入っても夏丸に目を向けるどころか、視線を下げたまま、静かに座布団へと座られるのでした。假谷さんのヤツれた様子を見るからに、心労がキツかったのだろうと推察致しました。桜々さんがお茶を出してくれて部屋を出た後、すぐさま假谷さんは、
「教えて……下さって、……ありがとうございました。全ての謎が解けまして……。……天沢が体調を崩した原因も、俺の噂を流していたのも……。元を辿ると、……全て梶山へと辿り着きました……」
「左様でしたか……」
「私はッ……最低最悪な上司でしたッッ。気付きもせず、梶山の言葉だけを鵜呑みにして、調べようともせずッッ……」
「……梶山さんとはお話に?」
「いえ……まだ……」
「では、その話は假谷さんが仰っていた女性の方が?」
「はい……間宮が詳しく調べたり、他の人にさり気なく話を聞いてくれたりしました……」
「まッ!? 間宮ッ!?」
「えッッ!? また、お知り合いですかッ!?」
「いや、二日前にですね、マンション前に来られた子リスの様に慌ただしく動く小さな女性がいてですね……」
「あ、それは間宮ですね。あいつ、困って動いてる時は忙しないんですよ」
「さ、左様ですか。いや、まさか……」
「二日前という事は、まだ話をする前ですね……。あいつ、何をしに来てたんだろう……」
「まぁ、それはともかく! では、その間宮さんという方が全てを調べて、假谷さんはお知りになったわけですね?」
「はい……。全く知りませんでした。婚約破棄の時も、俺、心苦しくて、謝ったんですけど……」
「それが却って、相手のプライドを刺激したのでしょうね……」
「許して……くれていると思っていました……。その後も普通に接してくれましたし、部長に昇格した時も彼だけがお祝いをしてくれたんです……。ですが、今までの噂の真相を聞けば聞くほど、恨みが強くてッ……」
「だからといって、人を陥れたり、有りもしない噂を回したり、仕事の邪魔をするなど以ての外です。会社にとってみましたら、かなり迷惑な事をしているのです」
「そうですよね。私はもう良いのですが、天沢の事は何とかしてやりたいんです……」
「……いいえ! お二人とも何も悪くはないのです。責任は取って頂きましょうッ」
「えっ……どうやって……」
コンコン!
「お父さん、空生です。失礼します」
ノックをして、襖を開け、部屋に空生が入って来たのでした。
「はい、何でしょう?」
「あの、ジムの前を挙動不審に彷徨いていた小柄な女性に声を掛けましたら、管理人さんと知り合いだから取り継いで欲しいと……」
「小柄な女性?」
「間宮葉子さんと仰るそうです。五郎くんと会社が同じなのだとか……」
「まっ、間宮がッッ?!」
假谷さんがかなり驚かれたのでした。すかさず私は、
「来てくれたのですね……良かった! 彼女が居てくれるのなら、安心です。この部屋へお通し下さい」
「分かりました。では、お連れ致します……」
空生が退室した後、驚いていた假谷さんは、
「間宮はなんで来たんですか?! 彼女にも来るように言っていたんですか?!」
「いえ、連絡先も知りませんし、偶然でございます。……きっと、何かの巡り合わせなのでしょう。……ご縁とは、本当に不思議なものです」
「あ、はぁ……。……縁?」
「假谷さん」
「はい」
「全力で応援をしてあげて下さいね」
「お、応援ッ!?」
「はい! 応援でございます。二人が假谷さんの心強い部下となってくれるはずですから」
「心強い部下? ……よく、分かりませんが、押上さんが仰るのなら応援します……が、何を?」
「静かに聞いて、見ていらっしゃれば分かるかと……。観察をされてみて下さいませ。フフッ」
「観察!? 応援するのに、観察って……」
「絶対に分かります……意味が!」
「わ、分かりましたッッ」
暫くすると、緊張した面持ちの間宮さんが現れ、假谷さんを見るなり驚いたのは言うまでもなく、二人が揃ったところで私が間宮さんにも事の詳細をお話し、三人で部屋を出て、最上階を目指したのでございました。
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