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故郷に帰ってみた④

「終わったよ」


 ホワイトウルフをすべて倒し終えたメイスイはそう言うと、やっと背中から降ろしてくれた。


「大丈夫ですか!?」


 メイスイの背中から降りたリリアが馬車に駆け寄りながら言う。


「すみません、ありがとうございます。私は大丈夫です」


 御者の人が言う。幸い彼にけがはないようであった。

 ガチャリと馬車の扉が開く音がする。

その方を向くと、馬車の中から40代くらいのふくよかな男性が出てきていた。


「すみません、旅のお方!娘を助けて頂けないでしょうか!」


慌てた様子で男性が言う。

それを聞き、リリアは急いで馬車へと行く。

中に入ると、そこには自分と同じくらいの年齢の女の子が倒れていた。その頭からは血が流れ出ている。


「馬車が急に止まったときに頭をぶつけてしまいまして。あいにく今は回復薬の手持ちがないので、もしお持ちでしたら分けて頂けませんか」


 男性が縋るように言う。

 残念ながら自分も回復薬の手持ちはない。しかし、回復魔法を使うことはできる。

 リリアは掌を女の子に向けると回復の呪文を唱える。


「ヒール」


 魔法をかけ終わり、布で傷口を拭う。傷は完全にふさがっており血はもう流れ出ていなかった。

 その後、御者に協力してもらってまだ気を失ったままの女の子を安静な体勢で寝かしてもらう。

 これで取り敢えず大丈夫だろう。


「旅人様、本当にありがとうございます!」


 治療を終え馬車を下りると、男性が頭を下げながらお礼を言ってきた。


「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」


「なんて謙虚な方だ。あ、申し遅れました。わたくしジョルジュ・ワインダーと申します」


「私はリリアといいます。こっちは仲間のメイスイです」


 渡された名刺を受け取り、リリアも自己紹介をする。

 名詞を見るとそこにはワインダー商会・商会長と書かれていた。かなりのお偉いさまのようだ。


「そちらのメイスイさんもありがとうございます」


「これくらいどうってことないよ」


 ジョルジュがメイスイにもお礼を言う。

 今まで大きな姿のメイスイに初めてあった人はみんな驚いていたのに、全くそんな様子はない。さらに、しゃべったとき少し驚いたようだが瞬時に元の顔に戻っていた。

さすが商会長だけあって冷静を保つことに長けている。


「うーん」


といった声がして振り返ると女の子が起き上がっていた。


「ユリ、大丈夫かい?」


「大丈夫ですわ、お父様…」


「ああ、本当に良かった」


 ジョルジュがユリと呼ぶ女の子を抱きしめる。

 ちゃんと会話ができているようだからきっと心配するような他の怪我もないだろう。


「そうだユリ。こちらのリリアさんとメイスイさんが私たちを助けてくれたんだ。さあ自己紹介をしなさい」


 ジョルジュの手を借りながらユリはゆっくりと馬車を下り、リリアの前に来る。

 馬車から出たときにメイスイを見て驚いたようであったが、瞬時に状況を悟り平静を取り戻していた。

さすが商会長の娘である。まだ若いながらもその素質は引き継いでいるようだ。


「わたくしはワインダー商会長のむすめ、ユリ・ワインダーと申しますわ。リリアさん、メイスイさん、助けて頂きありがとうございます」


 スカートの両側を優しくつまんで軽く持ち上げながらユリが自己紹介をする。

 貴族にも負けず劣らずの洗練された仕草だ。

 あまり商会については知らないが、ワインダー商会というのは思ったよりも大きい商会なのかもしれない。


「そういえば、護衛はどうしたのですか?」


 リリアがジョルジュに尋ねる。

 ある程度大きい商会ならば護衛をつけているのが普通である。しかし、見渡してもそれらしい人はいない。いるのはジョルジュにユリ、御者の3人だけだ。


「護衛は連れてきていないのです」


 ジョルジュが答える。


「私たちはこの先のソクルを通ってクラケスまで行く予定なのです。この道は今までも何回か通っており、魔物は全く出たことはなかったので護衛を連れてきていなかったのですが…不運というものは起こるものですな」


「それは本当に災難でしたね」


「でも、リリアさんとメイスイさんが通りかかってくれたことは幸運でした。本当にありがとうございました」


 またお礼を言われる。

 聖女を辞めたのにお礼を言われる日々だけは続いているようだ。

 でも、それだけ他の人の役に立てているという事だろう。そう考えると何となく嬉しい。


「そういえば、リリアさんもソクルに行かれるのですか?」


 ユリが聞いてくる。


「はい、そのつもりです」


「では、お礼もかねてぜひわたくし達の馬車に乗っていってくださいな」


「それはいい。リリアさん、ぜひどうぞ」


 二人がぜひ乗っていってくださいと迫ってくる。

 お礼を求めて助けたわけではないのでなんとなく気が引ける。でも、せっかくの好意なのだ。これは素直に受け取るべきだろう。

 そう考えたリリアは、


「では、ぜひお願いします」


 と返答した。

 ユリは嬉しそうな顔をして、こちらへどうぞ、と馬車の中に案内してくれる。

 リリアはそれに従い馬車の中に入った。

 外観もそうであったが、中はそれほどきらびやかではない。どちらかというと洗練された美しさといった感じだ。


「メイスイさんはさすがにお乗りになれないので、歩いてついて来ていただくことになりますが、すみません」


外ではジョルジュがメイスイに謝っていた。

ちゃんとメイスイにまで配慮してくれる当たり、偉ぶらない善人さが感じ取れる。


「大丈夫だよ。僕もそっち乗るから」


「でも大きさが…」


 そう言うジョルジュの前でメイスイは宙返りをすると小さくなった。


「これなら僕も乗れるでしょ」


 そう言ってメイスイが馬車の中に乗り込んでくる。


「きゃあ、なんてかわいらしいのかしら」


 ユリが悲鳴を上げた。

突然の悲鳴にメイスイはその場に立ち止まる。

リリアがユリの方を見ると、その視線は小さいメイスイを捉えており、目が輝いている。


「メイスイさんは魔法をお使いになるのですね。…抱き上げてもよろしいでしょうか?」


ユリのその要望にメイスイが、ええ~、という顔をする。

どうやら抱かれるのが嫌なようだ。リリアが抱くのでさえ―今はさせてくれるとはいえども―最初は渋っていたのだ。


「僕は高貴な妖狐なんだよ。だから君になんか――」


「ぜひ抱いてあげてください」


 メイスイの言葉を遮りリリアが言った。


「ありがとうございます!メイスイさん、失礼しますね」


 ユリが嬉しそうな顔をし抱き上げる。

 抱きかかえられたメイスイは恨むような目をこちらに向けてくる。

 でも仕方ないだろう。だって、モフモフのすばらしさはみんなで分かち合わなければならないものなのだから。

 それにさっき下ろしてと言っても下ろしてくれなかった仕返しである。あれは結構怖かった。

 とはいえ、あとでメイスイには何かお詫びをしてあげよう。

 リリアがそんなことを考えていると、御者台から声がかかる。


「それでは皆様方、出発いたしますのでお気を付けくださいね」


 ガタン、と大きく揺れ馬車が動き出す。

 4人と一匹を乗せた馬車はソクルの町へと向けて出発したのであった。

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